北京2008
見どころ
日本水泳界は今年、かつてない激震に見舞われた。4月15日から20日まで東京辰巳国際水泳場で行われた北京オリンピック代表選考会を兼ねた競泳の日本選手権で、31人が代表となった。その後、英スピード社の「高速水着」レーザー・レーサー(LR)着用問題が起き、選手やコーチ、水着メーカーにとどまらずに社会的に大きな関心を呼んだ。
代表選考に際し、日本水連は2005年から2007年までの年間世界ランキングを基に、1カ国2人ずつを選んで独自のランキングを作成し、メダル獲得レベルを「S」、決勝進出レベルを「I」、準決勝進出レベルを「II」とした派遣標準記録を設定。選考会の決勝で2位以上となり、IIを突破した選手を自動的に代表とする一発選考とした。標準記録「II」は国際水連が設定した2人エントリーの場合の標準記録より高く、選考会前の時点で自由形の男女計6種目が日本記録を上回る厳しい設定だった。選考会では、オリンピック2大会連続2冠獲得を目指す北島康介(日本コカ・コーラ)が男子200m平泳ぎで5年ぶりに日本新記録を出すなど活躍したが、日本新は計8と思ったほどタイムは伸びず、日本代表の鈴木陽二ヘッドコーチは「オリンピックは厳しい戦いとなる」と苦戦を予想した。代表は男子16、女子15と計31人でアテネオリンピックから11人増え、オリンピックでは1964年東京大会の39人に次ぐ2番目の多さとなった。初出場は23人に上った。
選考会終了後、4月末の第1次合宿で事件は起きた。選手がLRを練習でテストしたところ、タイムの伸びが著しかった。男子800mリレーのメンバー、松本尚人(フリースタイル)のものを借りて泳ぐと、サイズが合わない場合でもタイム大きく伸び、北島を指導する平井伯昌コーチは「水着が一番心配。メダルの数が確実に変わる」と危機感をあらわにした。
日本水連は、競泳日本代表への水着や物品の提供契約を結ぶアシックス、デサント、ミズノを「オフィシャルサプライヤー」(OS)とし、オリンピック代表選手はこの3社製品から水着を選ぶ規定だ。ミズノは昨年5月末でスピード社とのライセンス契約を終了し、日本国内の販売はゴールドウインが扱うことになり、日本代表はスピード水着を着られなくなっていた。日本水連は5月7日、OS 3社に対してLRに対抗できる水着を5月30日までに開発するよう要望することを決定。「日本選手はスピード水着を着られないためにオリンピックでメダルが取れないのか」などの声が高まった。
その後、日本水連は6月6日〜8日のジャパン・オープンなどでLRやOS 3社の改良品を試した結果、選手の希望を基に6月10日に水着問題の結論を出すことを決定。ジャパン・オープンでは、驚愕の結果が出た。初日、男子200mバタフライでミズノ所属の松田丈志が1分54秒42の日本新記録を出すと、100m平泳ぎで59秒44をマークした北島まで、LRを着た選手5人が日本新を出し、一般紙までが1面トップで扱うほどのニュースとなった。最終日の男子200m平泳ぎでは、LRを着た北島がライバルのブレンダン・ハンセン(米国)の記録を一気に0秒99も更新する2分7秒51の驚異的な世界新記録を出した。3日間で日本新が17生まれ、うちLRを着た選手が16をたたき出した。選手は鍛錬の時期で、調整せずに出た大会での記録ラッシュは極めて異例で、LR効果が明確となった。北島が「素晴らしい水着」と言うなど選手は絶賛。これを受けて、日本水連は10日、北京オリンピックではOS 3社製品に限らず、スピード製品を含めて水着の選択を選手の自由とすることを決めた。11日、ミズノと契約している北島は、オリンピックではLRを着用する意向を表明した。
初めて日本国内で世界新記録を出した北島は「日本は腐ってないよと言いたい。みんなが世界に近づいた一瞬を感じた」とオリンピックへの手応えを語った。北島や松田のほか、男子200m背泳ぎの入江陵介(近大)女子背泳ぎの中村礼子(東京SC)や伊藤華英(セントラルスポーツ)、同200mバタフライの中西悠子(枚方SS)らにメダル獲得の期待が懸かり、金3、銀1、銅4で計8個のメダルを獲得した前回に並ぶ成績を目指す。