文・高野祐太
柔道は13日から16日までの4日間、男女16階級が行われ、前回ドーハ大会の4個を上回る7個の金メダルを獲得した。
13日には、杉本美香選手が女子78㎏超級で金メダルを獲得。男子100㎏級の穴井隆将選手は銀メダル、世界選手権無差別級で世界タイトルを獲得し、男子100㎏超級に出場を果たした上川大樹選手は銅メダル。また、女子78㎏級の緒方亜香里選手は決勝で一本負けを喫し、銀メダルだった。14日は、男子90㎏級の小野卓志選手と女子63㎏級の上野順恵選手が、ともに決勝で一本勝ち。男子81㎏級の高松正裕選手は銅メダル。15日は、女子52㎏級の中村美里選手、男子73㎏級の秋本啓之選手、女子57㎏級の松本薫選手が優勝を飾った。一方、男子66㎏級の森下純平選手は3位だった。最終の16日は、男子無差別級の高橋和彦選手が一本勝ちで金メダル。女子48㎏級の福見友子選手は呉樹根選手(中国)との決勝で延長にもつれ込み、微妙な旗判定で敗退。男子60㎏級の平岡拓晃選手は銀メダル、女子無差別級の田知本愛選手は銅メダルだった。
■杉本選手、相手に研究されるも2階級女王の意地見せる
杉本選手(共同)
杉本選手が世界選手権2階級女王の意地を見せた。女子78㎏超級決勝は、9月の世界選手権の再現となる秦茜選手(中国)との対戦。3カ月前の反省を踏まえて向かってくる相手がなかなか組ませてくれず、難しい戦いを強いられる。だが、塚田真希選手の引退表明を受けて名実ともに女子重量級のエースとなった杉本は、勝利への強い意志を持ち続けた。
「(世界選手権の勝利で)ライバルが研究して来るけど、短期間で技術の習得は難しい。だったら組み手で根負けしないように考えました。ここで勝たないと、世界選手権で優勝したこと(の意味)も半減すると思っていたので、絶対に勝ちたかったです」。両者決め手を欠いたが、消極的な相手に指導1つが与えられる。延長戦に入っても打開策は見出せなかったが、旗判定で勝利を納めた。
気迫できっちりと結果を残したが、「内容がかなり悪かった。もっと考えて、内容を良くしたい」と厳しく自己採点。このあたりは、ロンドンオリンピックを見据えるエースとしての自覚と責任感の芽生えでもある。園田隆二監督も「世界選手権では秦茜選手を投げており、簡単に組ませてくれないのは分かっていた。それでも相手をつかんで自分の技まで持って行けるかが今後の課題。勝ったことを自信につなげると同時に、自分に何が足りないかを常に考えていってほしい」と期待を掛けた。
■穴井選手「まだまだ弱い、まだまだやることがある」
穴井選手(左)(共同)
男子100㎏級の穴井選手は、念願の世界選手権優勝をものにした良い流れを生かし、アジアタイトルも獲っておきたかった。準決勝までの3試合はすべて一本勝ち。だが、落とし穴は「どんな形でも勝ちたかった」という黄橲太選手(韓国)との決勝に待っていた。
掛け逃げのような仕掛けをして来る相手を封じるため、穴井選手は意識的にすくい投げの体勢に。だが、そこを袖釣り込み腰で返され、一本を取られてしまった。上川選手と合わせ、初日に男子で金メダル2個のもくろみが外れてしまった篠原信一監督は「世界選手権後の気持ちの盛り上げさせ方が足りなかった」と反省した。だが、2年後のロンドンオリンピックを想定したこの国際総合大会で、得たものも多かった。「移動や選手村の生活も経験できた。ロンドンに向けて何が足りないのか勉強になった。まだまだ弱いということ。まだまだ強くなれるし、まだまだやれることがある」と、意欲をかき立てた。
■上野選手、顔面パンチに闘志をかき立てられ結果を出す
上野選手(上)(共同)
世界選手権2連覇の上野選手が、初の国際総合大会でアジアに敵なしを宣言する堂々の優勝だ。1回戦と次の準々決勝を一本勝ち。そして迎えた北朝鮮選手との準決勝、いきなり、相手が拳で顔面を打つという考えられない攻撃に出る。しかも5、6発。上野選手の左目はみるみるうちに腫れ上がり、目が開かないほどの状態に。この大会は得意の大外刈りを補う技のバリエーションを試す舞台でもあったが「それどころではなくなった」。
そんな不測の事態にも、闘志をかき立てかつ冷静に対処したあたりに、強くなっていく上野選手を印象づけた。結果は延長戦に入ってからの反則勝ち。「パンチされてイラッと来て、何が何でも勝ってやろうと思いました。でも反則とは思わず、これが相手の手だなと。そういうことをされても勝とうと思いました。本当は投げて勝ちたかったです」との言葉に充実ぶりをうかがわせた。
園田監督も「精神的にどうかというところがあったので、ロンドンに向けて神様が試練を与えてくれたのだと思う。世界選手権の準決勝でも首を痛めるなど、試練が多い中で結果を出している。少しずつでも強くなってくれれば」と評価。決勝は内股から崩れけさ固めへの合わせ技一本で、万全の勝利を収めた。
■中村選手、北京オリンピックの借りを返す金
中村選手(共同)
2年前の北京で受けた借りを広州で返す——。この大会で掲げた最大の目標を、中村選手は強くなった柔道で見事に果たした。宿敵アン・グムエ選手(北朝鮮)との準決勝。先に技ありを取られたが、間合いを取りながらの足技がさえ小内刈りで追い付く。延長戦に入ってからは投げ技も入れながら攻め立て、旗は3本全部が中村選手の青に上がった。中村選手は「負けたままでは終われないので、リベンジできてよかった」と胸をなで下ろした。
園田監督も戦いぶりを讃えた。「しっかり組んで、投げることも出来て勝てた。2年間の成長です。あのときは勝ち目がなかったが、今は五分五分になった。組み手からのパターンの幅が広がっている。最後は自分が勝つんだという気持ちが上回った」。
高校を卒業した年に臨んだ北京オリンピックでは、「何もさせてもらえずに」敗退。銅メダル獲得にも笑顔はなかった。現在、そのメダルは自宅のベッドの下に。ほとんど手に取ることはないが悔しさを忘れないための起爆剤だ。そんな思いが中村選手に強さを与えた。「2年間でずっと組み手を練習して来た。足りなかったパワーも筋トレを毎日やって鍛えている。今、自分の成長を感じています」。だが、この金はあくまで通過点に過ぎない。「この試合にも反省点はたくさんあるので改善したい。自分の組み手にできれば、投げられる心配もないし技も効いて来る」と話す中村選手には、2年後の金メダルへの道程がしっかりと見えているようだ。
■松本選手、金にも満足せず立ち技での一本を模索
松本選手(共同)
決勝を勝利で終えたのに、笑顔がなかった。初戦と続く準々決勝は一本勝ちしたが、準決勝と決勝は有効1つの優勢勝ち。「一本を取ってもおかしくない相手に、そうならなかった」(園田監督)。松本選手は「(9月の)世界選手権以降に克服しようと思っていた組み手ができていなくて、全然ダメでした。今のままだと(相手と)五分五分なので、いつ負けてもおかしくない。」今日の試合ほど勝ってもうれしくない試合はありませんでしたと厳しい表情で語った。
09年のロッテルダム世界選手権では、準々決勝で右手の甲を骨折。「それでもそれなりの戦い方があったのに、できなかった」とメダルに届かなかった自分の至らなさに悔し涙を流した。だが、その経験を肥やしにステップアップ。「視野が広がって、相手に対応することができるようになった。相手の技が見えて、こうしたらこう来るだろうなと先が読めるようになっています」。その成果は、9月の東京世界選手権の金メダルに結びついた。
だからこそ、今回の無念も新しい松本選手の柔道を生むはずだ。攻撃的な組み手で相手を追い込み、寝技で息の根を止める柔道で強さを発揮。だが、「1秒で終わるから」と、立ち技でも一本を取れるスタイルへの進化を模索する。園田監督は「寝技のコツを知っている。今の柔道はそのまま伸ばせばいいし、組み手のいろいろなバリエーションを覚えれば、立ち技が生きる場面は出て来る」と、飛躍に期待をかけた。