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長野1998


採れたて長野通信

1月27日に東京で行われた結団式終了後のこと。私服に着替え、ホテルのロビーでお母さんを待つ里谷選手の姿がありました。時間がなくてゆっくりお話は聞けなかったのですが「がんばってください」という取材班の激励に、里谷選手は笑顔で応えてくれました。身長165cm。北海道東海大学の学生で21歳。とてもチャーミングな女性です。その里谷選手が、予選11位から大逆転の優勝劇を演じてくれました。本当におめでとうございます。予選13位で決勝に進んだ上村愛子選手も大健闘の7位入賞です。
そして史上最強といわれる日本ジャンプ陣。今日のノーマルヒルで、船木選手が見事に銀メダルを獲得しました。原田選手は5位。葛西選手が7位。斉藤選手が9位。出場した4人全員が1ケタ順位に名を連ねる強さを見せてくれました。
長野を舞台に、すばらしい思い出を作ってくれる日本選手たち。大会日程も順調に進んでいく中で、さらに実力を発揮してほしいものです。

現地直送!観戦レポート ジャンプ・ノーマルヒル(白馬)

気分は快晴。原田選手が絶好調!
待ちに待った日がやってきました。史上最強、世界最強といわれる日本ジャンプ陣が競技に登場するのです。この日は朝からすばらしい青空が広がっていました。大雪が降った前日、本番前最後の公式練習で失敗ジャンプを繰り出してしまった原田選手。報道陣を集めて「試合の日は快晴、無風と決め込んでますから大丈夫です」とコメントしていたのですが、まさに予言通りの天気に恵まれました。

ジャンプ競技を観戦に行くと、同じ選手のジャンプを最大3回見られます。トライアルという練習が1回、本番の1本目、そして決勝ラウンドです。トライアルラウンドは朝8時30分から行われました。ジャンプはテレビ観戦と生観戦の迫力が驚くほど違うスポーツです。今まで日本でのジャンプの本場は札幌の競技場だったので、この日はジャンプ初観戦という観客が多かったのでしょう。壁のように切り立ったジャンプ台から選手が飛び出してくるたびに、オオッという低音の歓声が起こります。
ジャンプ競技のスタートは、今シーズンのワールドカップランキング順に行われます。日本選手は葛西選手が50番目、斉藤選手が54番目。そして現在ランキング3位の原田選手は60番、ランキング1位を突っ走る船木選手は一番最後、62番のゼッケンでスタートするのです。トライアルを見守る観客から最初の大きな歓声があがったのは、50番目の葛西選手が登場したときでした。満員に埋まったスタンドで、日の丸の小旗が波打つように振られます。飛距離は89m。ここまでの選手は85mに届くのがやっとという感じだったので、当然トップの成績。葛西選手は手を振って歓声に応えます。

さらに、60番目に登場した原田選手がなんと95.5mという飛距離をマーク。62番目の船木選手が91.5mで、トライアルは両者がランク1位2位を占めたのです。
葛西選手が5位、斉藤選手が10位。この結果を見て、日本選手が並んで表彰台に立つ姿を想像したのは取材班だけではないでしょう。

原田選手が見事なジャンプで首位に!
実際にジャンプ競技場を生で見ると、心の底から「あのジャンプ台から飛び降りるなんて、それだけですごい」という気持ちになります。そして競技を観戦すると、飛距離のあまり出ないジャンプと、K点を越えるような大ジャンプで、あまりにも見た目のスケールが違うことに驚きます。
原田選手が開会式後のインタビューで「鳩になってみようと思います」なんて気の利いたジョークを飛ばしていましたが、いいジャンプをすると鳥になったような気分を味わえるというのは、少しもおおげさな表現ではないのだろうと感じます。

本番、1本目のジャンプ。原田選手がやってくれました。最長不倒、K点越えの91.5mでトップに立ちました。飛び終えて、満面の笑顔で歓声に応える原田選手。次に飛んだトーマ選手が84.5m。最後に飛んだ船木選手はやや伸びを欠いた87.5mのジャンプに終わり、原田選手がトップで折り返したのです。

2本目を待つ間も会場は大興奮!
1本目を終えて1位が原田選手。そのほかの日本選手は船木選手が4位、葛西選手が5位、斉藤選手が7位です。まさに期待通りの強さ。空は本当に気持ちよく晴れ渡り、さわやかなそよ風(ジャンプ台には向かい風)が吹く絶好のコンディション。会場に詰めかけた日本人の誰もが、もう原田選手の金メダルを信じているようです。
2本目の競技に備え、ランディングバーンを整備する係員たちの顔も、こころなしか楽しそうに見えました。「さあ、いよいよ歴史的瞬間だ」。観衆全員が、そんな気持ちで2本目のスタートを待ったのでした。

あああ、これは神様のいたずらか!
2本目の競技は、1本目の上位30人が出場し、下位の選手から順番に飛んでいきます。船木選手が登場したのは最後から4人目。満員のスタンドが歓声とともに大きく揺れました。飛距離は90.5m。2本の合計ポイントは233.5点。フィンランドのアホネン選手を合計ポイントで2点上回り、トップに立ちました。残すは3人。1人でも船木に及ばなければメダルが確定します。

船木選手の次に飛んだのはオーストリアのビドヘルツル選手です。飛距離は船木選手と同じ90.5mまで伸ばしてきました。ビドヘルツル選手は1本目88mを飛んで3位。ああ、抜かれてしまうかという不安を抱きながら観衆が電光掲示板を見守ります。でも合計ポイントは232.5点。船木選手に届きません。大歓声が起こります。船木選手のメダルはもう確定したのです。飛距離の合計では船木選手を上回ったビドヘルツル選手でしたが、世界一美しいといわれる船木選手のジャンプは、飛型点を多くかせいでわずかな差を守ったのでした。これで原田選手が「自分のジャンプ」をしてくれれば、日本が金銀のメダルを獲得できる可能性がありました。

次はフィンランドのソイニネン選手です。この選手がスタート位置についたとき、取材班の右頬にちょっと強めの風が当たるのが気になりました。風が変わり始めているのでしょうか。案の定、シグナルが青に変わるまで少し時間がありました。しかし、ソイニネン選手はそんな心配を吹き飛ばす見事なジャンプで89mを記録しました。ソイニネン選手が着地した瞬間、観衆から少し残念そうな「ウオオオ」という声があがりました。船木選手が逆転されたことを察知したからでしょう。でも、次の瞬間には、ソイニネン選手のすばらしいジャンプと力強いガッツポーズに大きな歓声が送られました。なんにせよ、これで原田選手が「ちゃんと飛んで」くれさえすれば原田選手が金メダル、船木選手が銅メダル。最高の成績です。

いよいよ最後のジャンパー、原田選手の番がやってきました。白馬の山を貫くような大歓声が起こります。観客席近くで原田選手のジャンプを見守っていた船木選手が、両手を振り上げるようにして観客の声援を促しています。そのとき、ランディングバーン近くにいた取材班は顔に風を感じないことが少し気になりました。やはり、何かが変わっています。妙に長く感じられる空白の時間があって、いよいよ原田選手がスタートします。

結果は、もうテレビなどの報道でご存じでしょう。原田選手はやっちゃいました。飛距離は84.5m。合計ポイント228.5点で5位に転落してしまったのです。「ああああああ」。原田選手が着地した位置を見て、観衆からやけに長いため息が渦巻くようにあふれます。あのリレハンメルオリンピックの団体戦、最後のジャンプで失敗したシーンが頭をよぎります。残念ながら、日本選手の金メダル獲得はなりませんでした。

原田選手の笑顔が印象的でした
着地した瞬間、原田選手はどんな気持ちだったのでしょう。報道陣の目の前で、フィンランドチームが金メダルを獲得したソイニネン選手を祝福しています。船木選手に及ばず、いったんはメダルをあきらめかけたビドヘルツル選手が「やったぜ」(本当は言葉がわからないので何と叫んでいたのかわかりませんが)というようなことを叫んで飛び上がります。オリンピックが秘めた「痛いドラマ」を味わった取材班なのでした。

それでもバーンを滑り降りてきた原田選手は、終始笑顔を崩しませんでした。手を挙げて歓声に応えたあとで、ヘルメットを取り、周囲のスタンドに何度もおじぎをしています。きっと「応援してくれたのに、金メダルが取れなくてすみません」という意味なのでしょう。悔しさに顔をゆがめていいはずなのに、観衆を気づかい、取り囲む報道陣の質問にもていねいに答えている原田選手の姿。観衆の誰も、原田を責めるような声を飛ばしたりはしません。むしろ「ラージヒルは期待してるぞぉ!」という声があちらこちらから聞こえていました。

原田選手にラージヒルへの意気込みを聞きました
取材する報道陣は、テレビカメラなど一部を除き競技エリアに入ることはできません。独自のコメントを取るには選手が引き上げていく通路に設置された柵の外側で待ちかまえ、通りかかる選手に話しかけることになるのです。オリンピックの大舞台。世界中からたくさんのマスコミが集まっているので、選手とすでに顔見知りでもない限り、振り向いてくれればラッキーで、答えてくれれば超ラッキーという感じ。
最後に紹介するのは、そんな大混乱状態の中で、原田選手がわれわれ取材班の「ラージヒルへの意欲を聞かせてください」という質問に答えてくれた言葉で す。
2本目は思ったより伸びなかった。残念です。ラージヒルですか。うん、今日はメダルに届かなかったけど、ラージヒルにつながるいいジャンプができましたから。期待してください!
最後の、期待してください! のところでは、取材班に向かって小さなガッツポーズのように指を突き出してキメてくれた原田選手。本当に期待してますよ!

ともあれ、船木選手は見事に銀メダル獲得。試合後のコメントでも「目標は金だったので」と言っていた船木選手。原田選手の失速に、表彰台でも「はじけるような笑顔」といった感じではなく「まだまだ」という闘志を秘めた表情だったように感じました。そうです。札幌のメダル独占は70m級(今のノーマルヒル)でしたから、今度はラージヒルで日の丸3本といきましょう。
がんばれ! 日本ジャンプ陣!

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