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長野1998


採れたて長野通信

おめでとう、清水宏保選手。今日、16時30分から行われたスピードスケート男子500m2日目。日本のエース・清水宏保選手が、昨日自分が作ったオリンピックレコードを更新する35秒59のタイムをマークして、見事に金メダルを獲得しました。スピードスケートで日本選手の金メダルは史上初という快挙です。
また、軽井沢で行われているカーリングでは、日本男子チームが強豪スウェーデンに勝利。男子アイスホッケーでもベラルーシと「勝ちに等しい」(坂井主将)殊勲のドロー。大会4日目となり、いよいよ白熱してきた各競技会場で、日本選手たちが大活躍しています。さらに11日はいよいよ白馬のジャンプ会場でノーマルヒルが開催されます。誰が金メダルを取っても不思議じゃない日本ジャンプ陣。がんばってください。

現地直送!観戦レポート スピードスケート男子500m(エムウェーブ)

スタート直前にアクシデントが!
第4コーナー、バランスを失って転倒したノルウェーのグルンデ・ニョース選手がアウトコースを滑るオランダのエルベン・ベンネマルス選手に接触。エルベン選手はトップスピードのままフェンスに激突し、もんどりうって氷に叩きつけられました。立ち上がることができず、エルベン選手は腕をかかえたまま痛がります。
この日、16組目が滑っているときに起きたアクシデント。清水選手は最終組、20番目のスタートです。記録的には金メダルの可能性がとても高いとはいえ、一発勝負のオリンピックでは何が起こるかわからないという厳しい現実を目の当たりにしたからでしょう。清水選手の金メダル獲得の瞬間を見ようと集まった満員の観衆が、思わぬ出来事に静まり返ります。転倒したエルベン選手には大勢の係員が寄り添い、ものものしい雰囲気が場内を包み込んだのでした。

エルベン選手のもとに担架が駆けつけているそのとき、清水選手がリンクの中央に歩き出て、そのまま床に大の字で横たわりました。取材班はエムウエーブで観戦していてテレビの中継を見ていないので、そのシーンがテレビで映し出されたかどうかはわかりません。でも、4コーナーのアクシデントにざわつく会場の中で、リンクのど真ん中に「自分だけ」の空間を作り、天井を見上げていた清水選手の姿は、まさに現場でしか味わうことのできない「崇高」な緊張を感じたのでした。
あのとき、清水選手は天国のお父さんに最後の励ましを受けていたのかもしれません。

競技開始前から会場は大興奮!
午後3時、取材班がエムウエーブに到着したときには、もう場内の立ち見席はいっぱいでした。人気が高い男子500mは、取材用のプレスパスを持っていても、入場券がないと記者席に入れないので、立ち見席のチケットを手に入れての観戦です。
まだ競技開始まで1時間以上もあるというのに、スタンドのあちらこちらでは応援のブラスバンドが演奏したり、フェイスペインティングの仕上げに忙しい人たちがいたりして、すでに興奮は最高潮といった雰囲気。スケート会場での応援には小さいラッパのようなチアホーンが人気。取材班もこの日ばかりは仕事を忘れて清水選手の応援団となるためにチアホーンを買おうとしたのですが、売店はもう大混雑なのでした。

ウオーミングアップにも大歓声
試合開始まで30分を切りました。1日目の競技でトップに立った清水選手の金メダルへの期待感が会場中に満ちあふれています。4時からの「オープニングセレモニー」が終わった直後、清水選手がリンク上へ登場しました。ウォーミングアップなのでしょう。レース用のスーツの上にトレーナーとジャケットを着たままで、ゆっくりとコースを滑り出しました。
身長161cmと小柄な清水選手の姿は、スタンドから見ていてもはっきり区別ができます。氷の感触をたしかめるようにゆっくりと足を運ぶ清水選手に向かって、スタンドからは「清水がんばれー!」と最初の声援が飛びました。そしてその一声をきっかけに、大歓声が巻き起こったのでした。手を振って歓声に応えた清水選手。金メダルへの大きな自信を感じました。

意外に静かな競技開始
スケートの会場には、控え選手や役員の席があるフィールドを取り囲むようにコースがあります。3レーンに分かれたコースの一番内側は、スタートを控えた選手が思い思いに滑っているので、リンク上にはいつも選手が動いている状態です。
午後4時30分。いよいよ競技開始というときにも、取材班はうっかり練習している選手に気を取られていました。スタートを告げるピストルの音で我に返ってスタート地点に目を移すと、1組目のハンガリーとオランダの選手が何かにはじかれたように加速していくところでした。実はスピードスケート観戦は初体験の取材班。思いのほか「静かな」始まりなのでした。

さらに興味深かったのは、スタート前は練習レーンと2本の競技レーンの境界が漠然としていたのに、本気で走る選手の登場によって競技レーンだけが浮き上がってくるように感じられたことです。ありきたりの言い方ですが、まさに空気の壁を引き裂いてスピードの限界に挑戦する選手たちの滑り。目を見張るほど迫力満点なのでした。

期待を背負っているのは日本選手だけじゃない
立ち見席に陣取った取材班のすぐ後ろに、カナダの国旗を降って応援するカップルを発見。ワールドカップで好調なウォーザースプーンをはじめ、カナダ勢は日本選手にとって強力なライバルです。とても楽しそうに観戦していた二人に「ウォーザースプーンの応援ですか?」と下手な英語で話しかけてみると、男性が「はい、そうです」と日本語で答えてくれました。あれれ。

ショーン・バロウズ(名前は彼がカタカナで取材メモに書いてくれました)という名前のこの男性。カナダ出身ですが、今は新潟で英語の教師をしていて、奥さんのナターシャさんと観戦にやってきました。
この日、カナダ勢は絶好調。1日目はやや失敗したウォーザースプーン選手も、2日目は35秒80という好タイムをマークして合計タイムでトップに立ち、清水が登場する最終組を残して、1位から3位までをカナダ勢が独占していたのです。清水の前の組で滑ったケビン・オーバーランド選手がウォーザースプーンに次いで2位となったところで「カナダ勢がメダル独占するかも知れませんね」と(今度は日本語で)話しかけると、ショーンさんは「うーん、でも優勝は清水でしょ」と答えてくれたのでした。うれしいことを言ってくれるじゃありませんか。

好調だったのはカナダ勢だけではありません。8組目に登場したドイツのクリスチャン・ブロイアー選手は36秒41で自国のナショナルレコードを更新。さらに12組目に滑った同じドイツのミヒャエル・クンツェル選手が、36秒19をマークして、ドイツ新記録を塗り替えたのです。両者とも入賞には手が届きませんでしたが、オリンピックという大舞台で最高のパフォーマンスを発揮した二人の選手には、会場から大きな拍手が贈られていました。

がんばれ清水! 大歓声のスタート
19組目、韓国のキム・ユンマン選手と一緒に滑ったカナダのケビン・オーバーランド選手は36秒08。昨日は清水選手とわずか100分の2秒差で2位だったオーバーランド選手でしたが、合計タイムで同僚のウォーザースプーン選手に及ばずこの時点で2位。いくら清水選手が優位にあるとはいえ、ちょっとした狂いで逆転される可能性もあることを痛感したのは、取材班だけではなかったでしょう。電光掲示板の1位の場所に映し出されるウォーザースプーンの名が、やけに大きく見えるのでした。

さあ、次はいよいよ最後の20組目。清水選手のスタートです。会場のアナウンスは、先に英語、次いで日本語で選手が紹介されます。ここまでは日本語のアナウンスが流れてから選手への声援が飛んでいたのですが、清水選手に限っては最初に英語で名前が呼ばれた途端、ものすごい歓声が巻き起こりました。ゆっくりとスタートラインに向かう清水選手。取材班の位置から見える清水選手の後ろ姿。小さな体がまるで鋭利な刃物のように輝いていました。
選手がスタートの姿勢を取りピストルの音を待つ間。さっきまで大歓声が響きわたっていた会場を、ぴーんと張りつめた静寂が支配します。もう、練習レーンを動く選手の姿もありません。本当に、全世界がスタートの瞬間を待ってるのです。
号砲。しかし、うまくタイミングが合わず、スタートのやり直しを告げる笛の音が響きます。息をのんでいた観衆がもらした「ああ」というため息までが、ものすごく大きく聞こえました。

スタート2回目。再び会場が静寂に包まれた中、清水はすばらしいタイミングで飛び出しました。グオオオオ。表現しようのない大歓声がエムウェーブを飲み込みます。

感動のウイニングラン
レースの内容は、改めてレポートするまでもないでしょう。清水選手のスタートダッシュはすばらしく、最初の100mのタイムが9秒54。最高です。バックストレート、そして最後のコーナーへ。力強い清水選手の滑りを津波のような歓声が追いかけます。

4コーナーを回ったところで一緒に走ったカナダのパトリック・ブシャール選手にかなりの差をつけてリードしていたので、観衆はもう勝利を確信していたのでしょう。最後のストレートを滑る清水選手を、すでに勝者をたたえるかのような大歓声が包みました。
ゴールして、ちらりとタイムを確認した清水選手がガッツポーズ。駆け寄ったチームメイトと抱き合います。競技スーツの胸をゆるめて、ゆっくりと歓声に応えながらリンクを回る清水選手に、会場のあちこちで万歳が始まります。
ふと見ると、取材班の後ろで観戦していたカナダ人のショーンさんとナターシャさんも、けんめいに拍手をしてくれています。やったね、清水が金メダルですよ。ちょっと興奮気味に、英語で「He won the victory!」と言いながら親指でガッツポーズをしてみると、ショーンさんはにっこりと笑ってうなずきながら、英語でこう応えてくれたのでした。
「Great!」
その通り。大急ぎでメインプレスセンターに戻って原稿を書いている取材班には、清水選手をたたえようりして「Great!」に勝る言葉が見つかりません。 清水選手、本当におめでとう。そして、ありがとう!

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