オリンピアンズ・ストーリー
この企画は、日本代表としてオリンピックに参加したオリンピアンに、得意分野のお話をご執筆いただくページです。
第1回はアーチェリーの山本博選手。長い現役経験から得た「遠征の心得」についてのストーリーをお届けします。なお山本選手からのお話はこの後2回登場しますのでお楽しみに!
- 遠征の心得その1 「移動の心得」 -
出発前の準備
競技の遠征で国際線の飛行機に初めて乗ったのは高校3年生の時でした。これを皮切りに現在まで150回ぐらいは海外遠征に行っていると思います。 今でも覚えているのが19歳でイタリア遠征に行った時のこと。その頃はロシア上空を飛べなくて、南回りという路線がありました。日本を出発して香港、シンガポール、インドなどを経由し、エジプトからイタリアに入る。もちろん空港に寄るだけですが、目的地に到着するまで20数時間はかかりました。それが今ではヨーロッパやアメリカへ12時間以内に到着できるのだから、楽になったなというのが僕の気持ちです。
さて、私たちが飛行機に乗る上で一番の課題は、なんといっても荷造りです。飛行機の場合、預けられる荷物の無料許容量は、どの航空会社もエコノミークラスで20キロ以内です。ところが私たちはアーチェリーの道具だけで18キロにもなってしまうのです。荷造りの軽量化には頭を悩ませますが、かといってケースをソフトケースにすることはしません。海外の空港ではソフトケースだとナイフで切られ、中身を出される危険がありますから重量は気になってもハードタイプがいいですね。
出発空港にて
国際線に乗る時に気をつけて欲しいのは荷物を受け取る場所はどこなのかということです。これは私が海外遠征にたびたび行くようになってからの失敗なんですが、成田のカウンターで「荷物はスルーで」とお願いしたので、最終目的地で荷物をピックアップするのかと思っていたら、アメリカ方面は途中の乗り換え空港でいったん荷物を自分でピックアップして乗せなおさなきゃいけなかったんですね。まったくそんなことを知らずにいたら、アナウンスで呼び出され、荷物が置き去りになっていることを知りました。そういうことは成田空港でチェックインの時に聞いておくべきことだったんですね。カッコつけて“スルーで”なんて言ったから、空港の職員も何も言わなかったんでしょうね。少しでも心配なことがある時は恥ずかしがらず、トランジットの時荷物はどうなるのか、入国手続きはどの空港で受けるのかなど、きちんと聞いたほうがいいでしょう。
飛行機内での過ごし方
機内でいかに快適に過ごすかについてお話しましょう。
私たちは遠征の場合チームのブレザーを着て移動するのですが、飛行機に乗るとまずトレーニングウエアに着替え、ゆったりと過ごせるようにします。また航空会社によって機内温度の設定が異なり、特にヨーロッパ系の航空会社は低めに設定してある場合が多いので、なるべく温度調整できるようにウエアをいくつか用意しておいたほうがよいでしょう。 多くの競技団体の移動はエコノミークラスになると思いますが、ここで注意して欲しいのがエコノミークラス症候群です。予防のために、こまめに水分を取ることと、トイレに行ったついでに少し歩く。ジャンボジェットだったら一番後ろに少し広めのスペースがあるので、そこに行ってスクワットやストレッチをして体をほぐします。実際、昨年のアテネ大会のときは、ほかの選手もそこに集まっていましたからね。
機内は非常に乾燥しますから、水分を補給するとともに乾燥対策も忘れてはいけません。水のスプレーを顔に吹き掛けるのもいいし、濡れタオルやハンカチを口と鼻にあててもいいでしょう。私はトイレに行ったら、必ずのどのうがいと鼻をぬらすようにしています。特に若い選手は遠征前、ハードな練習をしてから飛行機に乗ることが多いかと思いますが、疲労している上に機内にはたくさんの人が乗っています。口や鼻の中が乾燥していると菌も繁殖しやすく、風邪をひきやすくなります。目的地到着後、大事な試合の時に発病し、ドーピングの問題もあって薬も飲めないという辛い例をたくさん見てきましたので、自分に対して十分な気配りをしてください。
飛行機には長い時間乗るのでなるべく楽しく過ごせる工夫をしたいところです。例えば読みたい本があっても、1週間後に遠征で飛行機に乗らなければいけないとしたら、その日のためにとっておいてみてはいかがでしょう。
スポーツ選手にとっては食事も大切な要素ですが、減量が必要な選手以外、機内食はまず問題ないと思います。ただし、食べ過ぎないこと。機内食は高カロリーなものが多く、飛行機に乗っている間は体を動かさないので、消化吸収も悪くなり、胃に負担をかけがちです。もし、食事の時間になっても食欲がなかったら無理して食べないこと。機内食のカロリーが気になるようでしたら、おにぎりなどを持参してもルール違反ではありません。
到着空港にて
飛行機のトラブルで多いのが預けた荷物が出てこないロストバゲージですね。私たちは試合用の器具を預けるわけですから、荷物が届かなかったら練習や試合に影響します。通常時差調整と荷物が届かなかったときのことを考えて、なるべく試合の4〜5日前に現地入りするようにしていますが、紛失という最悪のケースを考えて、荷物の追跡がしやすいように、なるべく同じ系列の航空会社を使うようにしています。
また荷物の紛失や到着遅延に備えて機内持ち込みの荷物には1日分の着替えと下着を必ず入れておきましょう。 飛行機に乗る上では言葉も大切だと思います。まだ最初のころは私も海外の航空会社の客室乗務員とのコミュニケーションがうまくとれず悩んだこともありました。でも話す内容って知れているんですよ。恥ずかしがらずに何でも客室乗務員に聞いて、納得できるまで聞き返す。そのうちブロークンイングリッシュでも何でも、体全体で伝えたいことを表現すればわかってくれるんだと思うようになりました。空港に着いたときもそう。うまくやろう、知ったかぶりをしないことが大事。トラブルを防ぐためにもわからないことは聞く。わかったふりをするのは最悪です。困ったら周りの人に体全部を使って助けを求めるぐらいのずうずうしさも時には必要でしょう。
1962年10月31日生まれ、42歳。中学校1年生でアーチェリー競技を始め、3年生で全日本アーチェリー選手権大会に出場。高校では全国高等学校総合体育大会で3年連続優勝。オリンピックでは1984年の第23回ロサンゼルス大会銅メダル、2004年の第28回アテネ大会で銀メダルを獲得。単一競技でのオリンピック5回出場は日本人最多記録。JOCアスリート専門委員。
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遠征の心得その1「移動の心得」
遠征の心得その2「ホテルでの心得」
遠征の心得その3「選手村での心得」