2010/11/24
福島千里が新しいレース展開で100m金、陸上競技の後半戦にも注目
文・折山淑美
22日夜の陸上競技女子100m決勝。スタートを切った福島千里選手の2歩目の動きが遅かった。いつものような爆発的な加速が影を潜めたようなスタート。2時間前の準決勝と同じように、早い飛び出しをしたグゼル・フビエワ選手(ウズベキスタン)と競り合う展開になり、終盤には僅かにリードされる苦しい状況に追い込まれた。
だが彼女は、そんな状況でも力むことはなかった。柔らかな走りを維持し、力が入ったフビエワ選手をゴール前で僅かに差し返す。微妙な差で勝ったかどうかわからなかった福島選手だが、スタンドからウィニングランのための日の丸が投げ込まれたのに気づくと、ホッとしたような笑みを浮かべた。
ゴールタイムは11秒33。フビエワ選手を僅か0秒01抑えて、日本女子100mで44年ぶりのアジア大会優勝を達成したのだ。「自分のレースをするだけだと思ってスタートラインに立ったけど、走っている時はもう必死でした。ゴールした瞬間は、勝ったのは自分じゃないかなと思ったから、優勝と知った時はすごく嬉しかったですね。自分の力を120%までは出せなかったと思うし、自分の走りも出来なかったと思うけど、そこはもう目をつぶって……。優勝できたのですごく嬉しいです」
昨年、同じ競技場で開催されたアジア選手権でも優勝し、ダントツともいえるエントリータイムを持っていた福島選手は、この大会では当然優勝候補の筆頭に上げられていた。競技初日だった21日の予選では、リラックスした走りでスンナリと11秒41を出し、期待も膨らんだ。だがこの日の準決勝では、いつものようなスタートからの加速が見られず、不安を感じさせていたのだ。
その裏には、広州入りする直前の練習で左足首を捻ってしまうというアクシデントが隠れていた。ケガをした直後は落ち込んでいたというが一日一日と立ち直り、レース前日の練習でいける状態だと判断。予選を走ってみて、勝負できることをやっと確認したような状況だった。そんな不安を抱えた上に、チーム初の金メダルを期待されるプレッシャーもあった。それが準決勝の、おとなし目のスタートになってしまった。さらに決勝でも、左足をかばうような意識が働いたためか、最初に左足を着く2歩目は動きが遅くなったのだろう。
そんな状況だったにもかかわらず、厳しいレースで競り勝った。さらにレース展開も、彼女が得意とする先行逃げきりではなく、外国人選手を相手に差し返して勝つという新しい勝ち方をしたことにも意味がある。「体調が8割という状態でも勝てたことに価値があると思います。それに終盤で先行されていたなら硬くなって当然なのに、そこでリラックスして走って差し返すという、新しいレース展開を出来たことも価値があるし、それが成長している証拠だと思います。100%の状態では走れなかったけど、本当に世界で戦えるようになるためには、そういう経験こそ必要なんだと思います」彼女を指導する北海道ハイテクACの中村宏之監督は、そう言って顔を綻ばせた。
「リレーに向けて勢いをつけたいなと思っていたから、これで役割を果たせました。世界へ向かうにはまずはアジアからと思っているし。この優勝が来年の世界選手権や、再来年のロンドンオリンピックへ向けての良いきっかけになればと思います。でもまだ終わったわけじゃなくて、200mもリレーも残っていますから。最後まで笑ったままで終われるように頑張りたいですね」。福島選手は次の種目へ向けての決意も口にした。
この女子100m、「福島さんと一緒に表彰台へ上がりたかった。得意な200mでは絶対に表彰台へ上がりたい」と悔し涙を流した髙橋萌木子選手も4位になった。今年はなかなか調子が上がらず、前日の予選でもリズムが狂ったような走りをしていた髙橋選手だが、決勝では11秒50までタイムを上げた。これは昨年のアジア選手権に続くアジア制覇を狙う女子4×100mリレーチームにとっても好材料といえる。
そんな女子と対照的に、苦しいスタートを切ったのが男子短距離だ。競技開始直前の20日の練習で、100mに出場する予定だった塚原直貴選手が右ふくらはぎ肉離れで欠場することになった。ひとりだけの出場となった江里口匡史選手も、予選から力みの入った走りになり、準決勝で敗退という予想外の結果に。優勝して当然と見られている男子4×100mリレーに暗雲がかかってきたといえる。
そんな状況は陸上競技の日本チーム全体にもいえるだろう。金メダル獲得目標は8個だが、21日の陸上競技初日から誤算が続いている。そのひとつが初日の女子10000mだった。福士加代子選手が前回に続く連覇を狙ったが、彼女が作るペースに付いていったノーマークのインド勢がワン・ツーフィニッシュを果たし、福士選手は4位に留まるという結果になった。
インドは02年大会の800mと1500mを制すなど、中距離で力を持っていた。そんな素質を持つ選手達が長距離にも進出してきたということだ。今大会は初日の女子3000m障害でも優勝と、インドが長距離の新勢力となった。
また陸上競技2日目となる22日の男子400m決勝に、今季のアジアランキング1位で臨んだ男子400mの金丸祐三選手も、初タイトルを意識して前半から積極的に飛ばし、シーズンベストの45秒32を出す力走を見せた。だがフェミセウン・オグノデ選手(カタール)に0秒20及ばず銀メダルに止まり、悔し涙を飲んでいる。
陸上競技3日目の23日午前、女子20㎞競歩では、渕瀬真寿美選手が8㎞過ぎから仕掛けていく積極的なレースをしたが、昨年の世界選手権3位の劉虹選手(中国)を突き放せず2位に終わっている。
そんなジリジリするような流れを覆すのは誰になるのか。4日目以降いかに勝負をして目標の金8個に迫れるかに注目したい。