文:折山淑美
10月の世界体操競技選手権の代表決定選考会も兼ねたNHK杯が、6月12日(土)から東京・国立代々木競技場で開催された。
2日間の大会では昨年の世界選手権男子個人総合金メダリストの内村航平選手(北京オリンピック/団体総合・個人総合で銀メダル、男子種目別ゆかで5位入賞)と、女子個人総合銅メダリストの鶴見虹子選手(北京オリンピック/団体総合で5位入賞、種目別平均台で8位入賞)が安定した力をみせた。
優勝した内村選手(左)と鶴見選手(提供:アフロスポーツ)
今年5月8〜9日に行われた全日本選手権2日間の合計得点の2分の1を持ち点として戦われたこの大会はともに、2番手を1点以上離して臨んだ。
内村選手は初日、最初に得意のゆかで着地を決めて15.600を獲得して差を広げると、続くあん馬とつり輪では14点台の得点に止まったが、跳馬からの3種目は15点台をならべてトップに立ち、総合得点で2位との差を3.363点まで広げた。
そして2日目も、大量リードで気が緩んでもおかしくない状況ながら、2種目目で本人が「Dスコア(演技価値点:演技の難しさなど構成内容を評価)が6.00点だから、本当に細かくやってミスを無くさなければ15点台を出すのは難しい」と言うあん馬で、15.050点をマーク。
さらに今年から力技を入れてDスコアを高くしているつり輪でも15.225点を出し、全6種目とも15点台でまとめるレベルの高さをみせた。
ゆかの演技を得意とする内村選手 (提供:アフロスポーツ)
この大会内村選手は、不安要素を無くし、余裕を持った調整で臨むという課題があった。
昨年に比べてDスコアを上げて臨んだ全日本選手権(2010年5月8〜9日開催)は、初日の鉄棒で2回落下して4位発進というまさかの状況になった。
2日目も失点は最小限に抑えたもののあん馬で落下。その後は流れを立てなおして逆転優勝をしたが、「昨年の構成と比較してDスコアを1.5上げていた、その数字はE難度(勝ち点0.5)を3つ分増やした計算になるから、今思えばずいぶん背伸びをしていた」と反省したからだ。
そのためにNHK杯へ向けては、全日本の構成からあん馬と平行棒のDスコアを落とし、余裕を持っての調整、演技をできるようにしていたのだ。
内村選手は2位と5.138点の大差で、2年連続2度目の優勝(提供:アフロスポーツ)
「2種目のDスコアを落としただけで気持の余裕もできたし、練習でも疲れを残さなかった。体力的には最後までいい演技ができたから問題はないと思います。2日間を通じて大きなミスがなかったので、あとは細かいミスがでないようにしていくだけだと思う」
内村選手は今回の構成で今年一杯は戦っていくと言う。2日間の得点は92・200点と92・275点で、ともに昨年の世界選手権優勝時の得点を上回るものだった。
今年の世界選手権に向けては、93点台を目標にすると話す。
「今回よりもいい演技をしないと93点には乗らないと思いますが、点数を意識するのではなく、ミス無くやるという事が世界選手権では自分の武器になると思います」と自信を深めている。
世界選手権では団体の優勝、個人総合ではミスない演技が目標と語る内村選手(提供:アフロスポーツ)
一方、鶴見選手は手首の再手術や肩痛の影響で、今年はまだ演技構成を高められていない。
そのためにユルチェンコ1回ひねりで臨んだ最初の跳馬では出遅れたが、その後は得意な段違い平行棒と平均台で15点台を出し、合計でもミスをした若手選手たちには2点以上の差をつけて初日を終えた。
2日目の彼女はまさに自分との戦いだった。「正直言うと今日は緊張感もあまりなくて。だから逆に、失敗しないようにという気持で体を緊張させるのが大変でした」と苦笑。結局トップではあったが初日を0.475点下回る57.650点で演技を終えた。
鶴見選手は、2年連続3度目の優勝(提供:アフロスポーツ)
「去年の世界選手権のメダルは自信になっていますが、メダルをとっているから負けてはいけないという気持にもなるので、半分半分という感じですね。初日の出来はまぁまぁだったけど、今日の出来では世界選手権は戦えないと思います」
と気持を引き締める。
この大会まではDスコアを上げることはできなかったが、10月の世界選手権や11月のアジア大会へ向けてはそこを上げる事が最大の課題だ。
「できれば跳馬はユルチェンコの2回捻りにして、 段違い平行棒ではトカチェフを入れて。ゆかでも1回半捻りと2回捻りを入れていきたいと思います。それを世界選手権の前に、7月のジャパンカップや8月の全日本ジュニアでうまく調整してやってみたいですね」
と意欲を持つ。
鶴見選手は世界選手権までにもっとDスコアを上げたいと語る(提供:アフロスポーツ)
そんなメダリストに続く存在として注目したい選手もでてきた。
男子では総合計得点で3位になり、初の日本代表入りをした植松鉱治選手だ。04年高校選抜優勝者だが、大学は「強い大学へ行くとやらされる練習になって自分で考えてできなくなる」と仙台大を選んだ変わり種。
大学4年の全日本インカレでは北京オリンピックで銀メダルを獲ってきたばかりの選手を破って個人総合優勝を果たしたが、「いいところまで行くとすぐ浮ついてしまう性格なんです」と、昨年の全日本選手権は30位、NHK杯は12位と惨敗していた。
G難度の伸身コールマンを含めた世界トップレベルの構成で、Dスコア7.5を獲得した植松選手(提供:アフロスポーツ)
だが今年の全日本選手権では内村選手に次ぐ2位に入っていたのだ。
彼の持ち味はDスコアの高さだ。特に鉄棒は今回も、内村選手の6.70に対して7.50。初日にはダントツ首位の16.100点と、昨年の世界選手権種目別鉄棒のメダル圏内の得点を出している。
さらに今回は10日前にギックリ腰になり、他の種目ではDスコアを落として臨んでいたのだ。
「世界選手権で僕ができるとすれば、鉄棒以外はゆかと平行棒だと思います。でも体操をやる限りは個人総合も狙いたいから、ロンドンへ向けてはそこを意識します」
と言う。完成度で勝負する内村選手とDスコアで勝負する植松選手という形になれば、世界でも面白い戦いを期待できるようになる。
植松選手は世界選手権のその先に、ロンドンオリンピックを見据えている(提供:アフロスポーツ)
一方女子では、3月に膝の手術をして出遅れていた新竹優子選手(北京オリンピック/団体総合で5位入賞)が2日間合計では111.900点で2位と調子を取り戻し、世界選手権への切符をつかんだ。
個人総合で3位獲得の新竹選手(提供:アフロスポーツ)
また、今年の世界選手権には12月末で満16歳以上という年齢制限で出場できない、若手選手たちの活躍も目立っていた。
その筆頭が持ち点との総合計で2位になった谷口佳乃選手。また、今回は順位を落としたが5月の全日本選手権では2日間合計で113.950点を獲得し、僅差で谷口選手を抑え2位になり、ユースオリンピック代表に決まった笹田夏実選手だ。
ふたりはともに今年3月のアジアジュニアにも出場し、個人総合では谷口選手が優勝し、笹田が4位になっている。来年以降は鶴見とともに日本女子を背負う選手になるはずだ。
本大会2位の谷口選手(左:提供フォート・キシモト)と、5位入賞の笹田選手。ともに14歳。(右:提供アフロスポーツ)
10月にオランダ・ロッテルダムで開催される世界選手権に出場する日本代表選手(提供:フォート・キシモト)
■財団法人日本体操協会
http://www.jpn-gym.or.jp/