2010/04/23
課題の“複数エース”誕生の気配も〜日本選手権水泳競技大会
文:折山淑美
オリンピックや世界選手権がない今年、競泳でメインになるのは11月の第16回アジア競技大会(中華人民共和国・広州。以下、アジア大会)と、8月のパンパシフィック選手権(アメリカ・アーバイン。以下、パンパシ)。特にアジア大会代表選手選考会を兼ねるパンパシは他の大会などとは違い、1国2名という出場制限枠がない大会(決勝は各国2名までの制限はあるが、予選は無制限)。若い選手たちにも代表に食い込める余地があり、一気に力を伸ばすチャンスがある年ともいえる。
オリンピック2大会連続2冠の北島康介選手の復帰で注目された4月13日からの競泳の日本選手権は、そのパンパシとアジア大会の代表選考を兼ねた大会となった。
北島選手が苦戦する中、存在感をアピールしたのは男子背泳ぎの古賀淳也選手と入江陵介選手だった。
注目の100mは、昨年の世界選手権で古賀選手が優勝して入江選手が4 位。日本記録は入江選手が保持する種目だ。予選は古賀選手がトップに立ち、準決勝は入江選手がトップと競り合う展開。そして決勝でも、スタートから先行する古賀選手を入江選手がゴール前で激しく追い上げるレースになり、0秒12差で古賀選手が世界王者の意地を見せる結果になったのだ。
男子100m背泳ぎで好レースを見せた、入江選手と古賀選手(手前)
(写真提供:アフロスポーツ)
だがレース後、ふたりは「ゴールして互いに、『遅かったね』と話したんです」と苦笑する。古賀選手の優勝記録は53秒49。
入江選手が2009年9月に高速水着で出した52秒24の日本記録更新まではいかなくても、ともに52秒中盤での勝負を予測していたからだ。入江選手が大会1ヶ月前に捻挫をして万全ではなかったことと、互いに勝負を意識して力んでしまったことが記録の伸びを欠く要因になったのだろう。だが、前半のスピードを武器にする古賀選手と、2日後の200mで圧勝したようにきれいな泳ぎを武器にする入江選手が、100mで激しく競り合うことで互いのレベルも上がっていくはず。
世界の大舞台でのふたりの競り合いも予感させる、激しいレースだった。
また、復活を目指す北島選手を20歳の立石諒選手が破って初の3冠を獲得したのも、ロンドンオリンピックへ向けてはいい結果だったといえる。
立石選手は2006年に200m平泳ぎで北島選手が持っていた高校記録を塗り替えて注目された選手だった。だが北京は惜しいところで代表を逃した。昨年は100mと50mで世界選手権へ出場したが、モチベーションは下がったままだったという。
この大会へ向けてもなかなか気持が乗らず、3月に単独でアメリカへ武者修行に行ってからやっと練習が積めた程度。本人も「泳ぎの調子はいいが、体力には不安があった」という。だが、3種目で北島選手を抑え、
「気がついたのは自分が負けず嫌いだったということですね。100mでも最後は、負けたくないという一心で泳いだ。この状態で勝てたことは自信になると思う」と笑顔を見せた。
100mの優勝タイムの59秒84は国際大会派遣標準記録Ⅰ(59秒96)を突破し、昨年の高速水着で出した自己ベストに0秒36まで迫る好記録だ。
立石選手(手前)が、男子平泳ぎで3冠を達成。
(写真提供:アフロスポーツ)
立石選手の成長で北島選手は負けん気を掻き立てられただろうし、北京代表の末永雄太選手も刺激されているはず。北島選手の独り舞台だった日本男子平泳ぎを再び動き出させるためにも、立石選手の3冠は貴重な結果だったといえる。
また女子平泳ぎでも記録のレベル自体は低かったとはいえ、昨年急成長して100mの日本記録保持者になった鈴木聡美選手が3冠を獲得。課題はまだ山積みだが、高速水着効果だけではなかったことを証明できたのは大きい。
さらに若手では、最終日の男子400m個人メドレーで、19歳の堀畑裕也選手が自己記録を1秒67更新して4分12秒02の日本記録を樹立した。
世界にはまだ遠いが「世界で勝負するには4分10秒を切らなくてはいけない。パンパシではその記録を出して表彰台へ立ちたい」と、次への意欲を口にする。
また世界には後れをとっている種目でもある男子1500m自由形では、昨年15分05秒53の高校記録を樹立して期待されている高校3年生の東隼平選手が、初タイトルを獲得した。前半から飛び出した積極性と、高速水着で出した記録に約6秒しか遅れていない15分11秒83は立派な記録。まだ1500mの練習は本格的にはやっていないというだけに、楽しみな存在だ。
今後の活躍に期待したい、鈴木選手、堀畑選手、東選手(左から)
(写真提供:アフロスポーツ)
女子個人メドレー2種目で2位になった高校3年生の高橋美帆選手も、高い意欲を持った選手だ。
「去年のJOCジュニアオリンピックカップでは400m個人メドレーでは自己ベストを出したのに、200m個人メドレーでは記録を下げてしまったから。この大会は準決勝もあっていい経験になる。一本一本集中して泳ごうと思った」という高橋選手。
この大会は「タフになりたい」と、個人メドレーだけでなく200m平泳ぎと800m自由形にも出場。800mは決勝進出を逃したが、他の3種目では決勝に進み、全部で9レース泳いだ。その最後のレースが最も狙っていた400m個人メドレー決勝だった。苦手なバタフライで大きく出遅れながらも、2冠を獲得した加藤和選手を0秒11差まで追い込んだ力泳は見応えがあった。
最大の課題はバタフライの強化だが、この種目では最も差がつきやすい平泳ぎを得意とするだけに、その高い意欲とともに将来性を予感させる選手だ。
4種目に出場し、女子個人メドレー2種目で2位になった高橋選手
(写真提供:フォート・キシモト)
新しい水着規制のルールになった今年、世界の情勢はシーズンを終えてみなければわからないというのが現状だ。その中ではまず、自己記録更新を目指していくのが、今年の各選手の最大の課題になるのだろう。
ロンドンの戦いへは、今年どこまで底力を上げられるかがキーポイントになる。
今大会の結果を参考に、8月に開催されるパンパシフィック選手権の日本代表49名が決定。
(前列左から)入江陵介選手、立石諒選手、北島康介選手
(後列左から)堀畑裕也選手、古賀淳也選手、岸田真幸選手、平井伯昌ヘッドコーチ
(写真提供:フォート・キシモト)