オリンピアンズトーク
このページは、日本代表としてオリンピックに参加した選手に、いくつかのテーマに沿ってお話いただく連載ページです。第1回は、この企画にご協力いただいている日本オリンピアンズ協会(OAJ)理事、世界のオリンピアンの組織、世界オリンピアンズ協会(WOA)理事でもある鈴木大地氏に「オリンピックを目指したトレーニング秘話」というテーマでお話いただきました。
1984年第23回ロサンゼルス大会、1988年第24回ソウル大会と2回のオリンピックに出場し、ソウル大会100m背泳で金メダルを獲得した鈴木大地さん。水泳で日本にメダルをもたらしたのは、1972年第20回ミュンヘン大会以来16年振りの出来事だった。
世界一になるためには誰かの真似ではダメ
ソウル大会からすでに16年が経ってしまった今、当時を振り返ると、ものすごい量の練習をしていたと思います。身体的にも精神的にも疲れがたまった状態が続いていました。
私はバサロ泳法をしていましたので、練習はフィンをつけて25mを8回、50mを4回、100mを1回というように潜水で行います。水から上がると顔面蒼白の状態です。しかし世界で一番になるためには、人と同じでは駄目なんです。誰もやっていないようなトレーニングをしなくてはなりません。自分なりに意見を出すこともありましたが、最終的にはコーチを全面的に信頼してトレーニングをしました。
現役の頃は自分で「根性」が必要だと思っていました。その頃は身近に水泳で金メダルを取った人がいませんでした。周囲の人にこれをやれば強くなる、と言われても説得力がなくて、本当かなって思う気持ちも正直なところありました。そういう時代だったからこそ、100%納得できる練習を積んでオリンピックに臨まない限り、不安でしかたがありませんでした。
その頃は金メダルなんて無理、という世の中の空気でした。その中で「オレはやってやる!」と思い続けていたんですね。今は僕や岩崎恭子さんなどの実績もあるので、水泳界全体がやればできるんだなっていう、いい雰囲気があります。
リラックスすることで高い集中力を得る
人によっては1日中水泳のことだけを集中して考えている選手もいるかもしれませんが、僕はそうではありませんでした。別のスポーツをしたり、趣味に時間を使ったりと、水泳以外のことでまっさらになる気分転換をしてリラックスすると、その後一層水泳に集中できるんです。
僕にとって大事なことは 「いかに水泳から離れられるか」ということでした。オリンピックという4年に1回しかない大会で力を出すには、集中力とリラックスのバランスが大切です。いったん選手村に入ると、自らリラックスすることを求めていかなければ、どんどんオリンピックという雰囲気に飲み込まれてしまう可能性があります。
私の場合は本を持ち込んで読書をしました。手のひらサイズの本でも、中にあるのは別世界ですからね。リラックスする読書から、集中する水泳へと切り替える。そういうことが僕には必要でした。
辛い経験もバネになる
1986年に腰が悪くなり、3カ月ほど寝たきりになる経験をしました。なぜこんな目に遭うんだろうと思っていた時に、野球選手が肘を故障した話の本を読み、自分だけではないと知ってかなり気が楽になりました。僕にしかできないバサロをやっていたことで腰痛になりました。一流の技がもたらした結果がこの腰痛なのだと納得できた時、積極的に治療するようになりました。辛い経験で健康のありがたさを実感し、練習でより一層がんばれるようにもなりました。腰痛の経験がバネになり、精神的にタフになったと言えると思います。
食事はスポーツの3大要素の1つ
身体をつくる大切な要素に食事、栄養をバランスよく取るということがありますが、食事もトレーニングの1つなのです。
最高の身体を造れなければ最高のものを得ることはできませんからね。食事とトレーニングと休養はスポーツの3大要素で、どれも大事にしなければいけません。
自分をコントロールできなければ人を征することはできません。トップの選手たちは、こういう面も含め、すべて自分を律することができているはずです。
特に日本人の体型は外国人と比較してスポーツに有利な身体とはいえないので気をつけたいことです。
連帯感と友情
水泳の場合、世界ランキングを見ると、タイムと国と名前と生年月日が書いてあります。自分の順位を確認するのですが、年齢やランキングが同じようなところにいる選手を見つけては、ああこの人たちもがんばっているなと思い、そして実際に会うと、仲間なんだなという親近感を持ちます。ソウル大会で僕が勝ったとき、一緒に泳いだ全員が寄ってきて「おめでとう」といってくれました。僕はそういうものをオリンピックに求めていたと思います。
1番になるだけではつまらない。心の底から通じ合える友情を得、人間的に豊かになるために水泳をしたのだと思います。
1967年 千葉県生まれ。
1984年 第23回ロサンゼルス・オリンピック競技大会出場
1986年 アジア大会100m背泳、400mメドレーリレー金メダル
1987年 ユニバーシアード 100m、200m背泳金メダル
1988年 第24回ソウル・オリンピック競技大会 100m背泳金メダル
1997年より順天堂大学講師・(財)日本水泳連盟競泳委員 (財)日本オリンピック委員会アスリート委員・日本オリンピアンズ協会理事・世界オリンピアンズ協会理事・(財)日本アンチドーピング機構理事