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TEAM JAPAN DIARY

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2010/09/21

「JOCナショナルコーチアカデミー」 杉田正明氏がワールドカップの高地対策について講義

真のエリートコーチ育成を目指し味の素ナショナルトレーニングセンターで行われている「JOCナショナルコーチアカデミー」で9月9日、サッカー・ワールドカップに高地トレーニングの専門家として帯同した杉田正明・三重大准教授による講義が行われました。杉田先生は、今回取組んだ高地対策について報告するとともに、医科学サポートを現場で生かすためのノウハウをコーチ陣に伝えました。

Sugita1

今回のワールドカップでは、日本が出場する予選リーグ3試合のうち2試合が標高1400m以上の高地で行われました。酸素濃度が低い高地でも「走るサッカー」を実現しようと考えた岡田武史監督は、1990年代から陸連で高地トレーニングを研究している杉田先生に対策を依頼したのです。杉田先生は、高地でトレーニングすることで筋肉の酸素利用効率を上げる「高地順化」が適切な対策だと判断。「事前準備」「11日間の高地合宿中にやること」「低地に下りてから効果を維持するために行うこと」と、段階を分けて長期計画を立てました。

◆事前準備、低酸素吸入で効果アップ

まず2月から、高地での貧血予防のための血液検査を行いました。高地では、血液中のヘモグロビンや総たんぱく、血清鉄、フェリチン(貯蔵鉄)などが失われやすいため、値が低かった選手には、栄養指導やサプリメント配布を行いました。また4〜5月には、JISS(国立スポーツ科学センター)の低酸素環境を使い、高所適応テストを実施。標高2000m相当の疑似高地で走ってもらい、動脈血の酸素飽和度や心拍数から、高所への適応が早い選手・遅い選手などを事前に把握し、現地での対策の参考にしました。

日本代表のメンバーが発表されたのは5月10日。出発前に取組んだのが、事前準備のメインともいえる「低酸素吸入」でした。高地合宿にスムースに入り効果を上げるために、低酸素状態に身体を慣らしておくものですが、JISSの低酸素施設に集まることが不可能なため、携帯式の低酸素マスクを利用。これは日本初の試みでした。「初めての取り組みを現場に納得してもらうためには理論武装が必要。英語のマニュアルを日本語に訳して渡し、必要性を理解していただきました」と杉田先生。海外から取り寄せた低酸素マスクを協会から選手1人1人に配り、自宅で吸入を行ってもらいました。

◆高地合宿、毎日の尿検査で疲労チェック、高酸素も吸入

5月26日からいよいよ、標高1800mのスイス・ザースフェーでの高地合宿がスタートしました。マラソン選手などの間で「高地トレーニング」と呼ばれるものは、血液中の酸素含有量を増やすもので3週間以上の滞在を必要としますが、今回行われたのは筋肉の酸素利用効率を上げる「高地順化」。日本代表が滞在した11日間でも十分な効果を得られます。

杉田先生は、全選手に対して、毎日の尿検査とアンケート等を行い、高地順化、脱水、筋肉や内臓の疲労度など、緻密なコンディションチェックを行いました。

さらに高地滞在中には高酸素吸入も行いました。30%の高濃度酸素(平地の酸素濃度は21%)を吸入できる携帯式装置を日本から選手分持参したのです。選手やスタッフからは、「低酸素トレーニングに来ているのになぜ高酸素を吸うのか」と疑問を投げかけられ、杉田先生は「高地では体力が奪われやすいため身体がぼろぼろになる。高酸素で疲労を回復しやすい状態を作りながら、トレーニングすることが大切」と説明。みな納得し、ほとんどの選手が高酸素吸入を行いました。

Sugitasaasfee1_2ザースフェーの練習場で高地順化のサポートをする杉田先生

また高地合宿終盤に選手の疲労がピークに達していることに気づいた杉田先生は、低地に下りた後にトレーニングの強度を下げるよう提案。岡田監督は、初戦のカメルーン戦3日前はオフ、その前も強度を減らすメニューを決定しました。「試合直前に休むのは異例のことだったそうですが、監督が大きな決断をして下さった」と杉田先生は振り返りました。

計画通りの対策を行った杉田先生でしたが、初戦前夜は「いい準備ができている自信はあった。それでも『選手の足が動かなかったらどうしよう』と考えると、眠れなかった」といいます。しかしそんな心配をよそに、高地順化した選手たちは「走るサッカー」を実現し、初戦のカメルーンを撃破。そして試合後、うれしいことがありました。マッサージを受けていた遠藤保仁選手がこう話したのです。「ここって本当に高地なの?ぜんぜんキツくなかったよ」。それは高地対策の勝利でした。

◆研究を現場に生かす、チームの一体感にカギ

高地対策の成功を支えたのは、入念な計画だけではありません。杉田先生は、研究に基づく自分の意見を伝えるのに、文章にしたり、なるべく簡潔に話したり、必要だと思えば言いにくい雰囲気でも伝える、といったやり方を貫きました。「専門家としてのプライドを持ちながら、科学者ぶらずに自分のやれることは積極的にやる。選手に慣れ慣れしく近寄らない、挨拶をきちんとするなどの態度も大切」と杉田先生。スタッフとコミュニケーションを図りながら、自分の研究を現場に還元していく姿勢が重要だと伝えました。逆に現場側となるコーチたちに対しては、「スポーツ医科学を活用することは、研究者の資質もふまえながら人を使うこと」と前置きし、コーチ側も研究者とうまく付き合うことを提案しました。

杉田先生は「今回のワールドカップでは、監督をはじめコーチ、スタッフ、選手すべてに一体感がありました。いい準備が出来ている、支援はしっかりやったと全スタッフが思うことができて、それを選手も感じていたことが、結果につながったのだと思います」とまとめました。

どんなに優れたスポーツ医科学の研究でも、実際に現場で結果につなげるためには、やはり研究者と現場スタッフとの交流が重要になります。スポーツ医科学の分野でもまた、チームジャパンとしての結束力が求められていることを痛感させされる講義となりました。

Sugita2 ワールドカップ帯同の経験から医科学サポートについて語る杉田先生

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