2010/08/09
新体操コントロールシリーズ、個人競技で新たな取組み
文・折山淑美
9月に開催される世界新体操選手権と、11月のアジア競技大会の個人競技代表を決める戦い——。日本体操協会は今年度、これまでのように日本代表選考会の一戦だけで決めるのではなく、5月16日から8月1日までのコントロールシリーズ4戦の結果を踏まえて決定するという方式を採用した。
「団体と違い、個人は予算が少ないからこうするしか強化方針がなかったんです」と日本体操協会の山﨑浩子強化本部長は苦笑するが、世界に大きく差を明けられていることを考えれば、早急に強化に取り組まなければいけない現実もあった。世界トップの個人成績は、各種目ともに27〜28点台の得点が普通だ。だが日本選手は昨年の世界選手権個人総合で15位になった日高舞選手(現在は故障で休養中)が何とか25点台に乗せた程度。他の選手は23〜24点台しか出せていなかった。世界選手権の8〜10位圏内に入るためには26点台の得点は必要不可欠になる。そのためにまず、その26点台を出すことを目標にしてコントロールシリーズを実施したのだ。
代表候補選手としてシリーズに出場したのは、代表選考会1位の大貫友梨亜選手と2位の穴久保璃子選手、3位の山口留奈選手、4位の中津裕美選手に、協会推薦の小西夏生選手の5名。その中で大貫選手と山口選手は7月18日の第3戦のボールでそれぞれ26.025点を出し、初の26点超えという成果をあげていた。
迎えた8月1日の第4戦。これまでと同じ味の素ナショナルトレーニングセンターで行われた試合は、山﨑強化本部長が「今までの試合のなかで、選手たちは一番緊張していた」と言うほどの緊迫感溢れる戦いになった。
その中で最も安定した演技をみせたのが、第1戦から3戦まですべて個人総合1位の成績を残していた大貫選手だった。最初のロープでスピードのある演技で25.675点を出すと、3種目目のボールでは正確な動きと滑らかな手具扱いで26.000点をマーク。第3戦の総合得点には0.625点及ばなかったものの、他の2種目も25点台を出す好成績で総合1位になった。それに続いたのがフープとボールで25点台中盤を出した山口選手。それに穴久保選手、中津選手、小西選手が続く結果になった。
世界選手権の代表選考の基準は、(1)いずれかの回、種目で26点を出した選手。(2)各シリーズの4種目総合得点で最高点を得た選手。(3)4回のうち各種目のベスト3の得点を合計したシリーズ得点で最高点を出した選手、と定められていた。その条件をクリアしたのは大貫選手と山口選手。その結果を受けた選考会議では、これまでの通例として3〜4名選んでいた代表を、大貫選手と山口選手の2名だけにした。その理由を山﨑強化本部長はこう説明する。
「選手の顔を審判に売ることも必要な競技なので、若手に経験させたい気持もありますが、原則として26点をベースにしましたから…。もし誰も26点をクリアしていなかったら、甘い基準になって4名選んでいたかもしれませんが、26点を出した選手がいるので差をつけなければいけないと思いました。ここで4名選んで選手たちに『25点でもいける』と思われてもいけないし、最初の試みなのであえて厳しくしました」
出場が2名だと、3名の得点が基準になる個人戦国別対抗の権利は失うが、それより将来への気持ちの引き締めを優先したのだ。
一方、団体総合でもメダル獲得を狙うアジア競技大会へ向けては、シリーズ得点1、2位の大貫選手と山口選手に加え、3位と4位の穴久保選手と小西選手を選出した。山崎強化本部長はこう評価する。「これまで選手たちは、大会ごとに審判が違うから得点はあてにならないという気持ちがあり、自分の演技内容だけを意識していました。でも今回は世界とどう戦うかを考え、絶対に必要な得点のラインを設定しました。審判を固定し、各試合ごとに、選手に対してどこで減点をされたかなどを説明しました。選手たちもこれまで得点をここまで意識して演技することがなかったから、そういう緊張感を味わえたということや、2カ月半で4試合をこなすタフな経験をしたという面でも、意味のあるコントロールシリーズになったと思います」。
アジア競技大会出場を決めた穴久保選手
アジア競技大会の出場を決めた小西選手
一方、大貫選手も「技術的な面では直ぐに成長することは難しいけど、精神的な面では学ぶことが多かったと思います。これまで何点出すということを目標にしたことはなかったけど、そういう緊張感を持って試合に臨み、弱い自分に負けることなくやりきれたのが一番の収穫だったと思います」と手応えを口にした。
だがそう言いながらも彼女は「でもこれは到達点ではないし、山﨑本部長のいうようにスタート地点へ立っただけ」と続けた。1種目だけ26点台を出しても、世界をみればトップ10に入ることは難しい。26点を出せるようになっても、まだまだそれより上の選手たちはいる。その人たちに追いつくことを目指していきたいと。
これまでの世界選手権代表選考会では、4位までに入れば出場できるという意識もあって手堅い演技をし、23〜24点を出しておけばいいという雰囲気もあったと言う。高い目標を設定し、ハードなスケジュールのコントロールシリーズを実施したことは、選手やコーチたちの目を世界へ向けさせるという点では、大きな意味のある試みになったといえる。
日本新体操の世界への新たな挑戦は、始まったばかりだ。(写真提供:アフロスポーツ)