2010/02/16
7位入賞で複合の魅力を伝えた小林範仁 〜ノルディック複合 個人ノーマルヒル 決勝
文:折山淑美
「まさか!」
と思うような一瞬だった。2月14日のノルディック複合 個人ノーマルヒル、後半の距離10kmも残り1.4kmほどになったところだ。長い下り坂を降り切った右へ曲がるカーブ。8人で形成するトップ集団の7番手につけていた小林範仁が、内側を突いてスーッと前に出ると、そのまま他の選手を離し出した。平地を過ぎて小さな登り坂にかかるとその差が4m、5mと広がる。
会場のゴール近くにあるミックスゾーンにあるテレビモニターの前に集まった記者の間では「もしかして金もあるんじゃないか!」という声が沸き上がった。銅メダルくらいの可能性はあるとは見ていたが、金メダルまでは想像していなかったからだ。
飛び出した小林を、スピレーン(アメリカ)が単独で追う。そのまま先頭を走り続ける小林は9.2km地点のチェックポイントをトップで通過した。だがその直後にスピレーンに抜かれてしまった。
「本当にスキーが滑っていたから……。あそこで行かなくても良かっただろうけど、僕のハートが行かせてしまったんです。『目立つチャンスだ!』って」
7位に入賞した小林選手(写真提供:アフロスポーツ)
小林はレース後、明るい表情でこう言う。「本当はあそこで出るつもりはなかったんです。でも下り坂でブレーキをかけたくなかったから勢いをつけたままで行ったら前へ出てしまって。その瞬間は『行ける!』と思ったけど、その後が長いからどうしようかとも思ったんですね。でも、1回前に出てから下がるのもカッコ悪いからそのまま行ったんです。ただ先頭に立ったから興奮して、心拍数も上がってしまって。それで乳酸が溜まってしまって、最後は体が動かなくなってしまいました」
大きな声で笑いながら話す小林だが、この日の彼は午前中のジャンプからエンジン全開状態になっていた。試合前の試技では95mといつも通りのジャンプだったが、本番では強めの向かい風も受け、99mまで飛距離を伸ばしたのだ。ジャンプが得意な高橋大斗を上回った日本人トップ。首位のリーナネン(フィンランド)に58秒差の12位につけた。前にいる距離が強いロドウィックやスピレーン(ともにアメリカ)、ワールドカップランキング1位のラミーシャプイ(フランス)とは24〜12秒差。前半で少し頑張れば集団になってついて行けるタイム差だった。
「お祭り男の本領発揮ですね。いいジャンプでした。風はどうだったかわからないけど、スタートした瞬間に行けると思いましたよ。まぁ、いいジャンプだったから言えることですけどね。あとはしっかり食らいついて走ればいいなと思います。前半は押さえ気味でついて行って、隙を見て狡さ全開で行きたいですね」
「いいジャンプでした(小林)」と振り返る(写真提供:アフロスポーツ)
話しぶりも快調そのものだった。
その勢いが後半の距離にもつながった。スキーのワックスは、14年ぶりの団体優勝を果たした昨年2月の世界選手権と同じようにピタリと合った。滑るスキーを利して最初の1.7kmでは3位集団の1番後ろについた。そのまま前の選手を吸収する集団に余裕を持ってついていき、5km手前では7人の集団になり、入賞を確実にした。
7.5km手前で後ろからデモング(アメリカ)が追いついてきたが、その後の最終周回で勝負をかけたのだ。
「下りでスキーが滑っていたから上りだけで勝負するより、下りで少し離してから上りで勝負すればいいと思っていました。小林もそれを意識していたと思います。彼の性格もよく知っているから、絶対にどこかでは目立つ行動をとるなと思っていたけど、やってくれましたね。ただ、最初にトップとの58秒差を詰めるために力を使っていたから、その分ラストでついていけなかった。もう少し余裕を持ってついて行ける位置なら、優勝を狙えるところまできているんだと思いますね」と、所属先の東京美装興業(株)のコーチでもある阿部雅司は言う。
最終的には7位に落ち、昨年の世界選手権の5位を下回った。だが、後ろをついて行っただけの7位ではなく、勝負を仕掛けて一時は先頭を走っての7位という意味は大きい。特に日本ではまったくテレビ中継されないワールドカップや、注目度の少ない世界選手権ではなく、オリンピックという大舞台でそれをやったのは、現在の複合という競技の魅力を日本に伝えるという面では大きな意味がある。
ゴール手前5kmでは入賞を確実に(写真提供:フォート・キシモト)
「勝負をするには粘るというより、あそこで行きたがる自分の気持ちをいかに抑えて我慢をするかが大事でしょうね。メダルは獲れなかったけど、走りの強い選手ばかりの集団をバラけさせることもできたし、見ている人たちに興奮してもらうこともできたと思います。確かにメダルは欲しかったけど、これでチームジャパンの他の競技の選手たちにも、少しは勢いをつけられたかな、と思いますね。それに僕自身も、これからの団体ラージヒル(23日)や個人ラージヒル(25日)につなげることができると思いますから」
こう話す小林だけでなく、この日は他の選手も頑張った。試技では102.5mの大ジャンプをしながらも、本番では96.5mに止まった渡部暁斗は、ジャンプの27位から距離で21位に上げた。しかも3周目の下り坂で転倒。その時点では15位くらいだったことを考えれば、アクシデントなく走っていれば12〜13位には食い込めたはずだ。
その渡部はこう言う。
「今日は体も動いていたし、スキーも滑ったから。前回のトリノの時はジャンプだけの選手だったけど、今回は距離だけの選手ですね。次のオリンピックには両方揃った選手として出ます」
渡部選手は27位から21位に(写真提供:フォート・キシモト)
また、緊張したために得意のジャンプで失敗して28位スタートだった加藤大平も、前半は距離の速い選手についていき、24位まで順位を上げた。
「シーズン序盤は走りでかなり苦労したけど、今日は1番とか3番から落ちてきた選手を抜けましたから。次の団体に向けていいアピールができたと思います」と加藤は話す。
加藤選手は「団体に向けていいアピールができた」(写真提供:アフロスポーツ)
また「ここへ来てからジャンプがだんだん悪くなっていたけど、今日は今の時点での自分のジャンプはできた」という高橋大斗も、距離で順位は落としたが27位とまずまずの走りをした。
「自分のジャンプができた」高橋選手(写真提供:フォート・キシモト)
それぞれが着実に力を発揮し、スキーのワックスが滑ることを実証した日本チーム。期待のメダル獲得こそなかったが、23日の団体ラージヒルへの期待を大きく膨らませる結果を残した。