2010/11/27
陸上競技男子やり投 村上幸史が自己記録の83m15で金、目標の85mへ一歩前進
文・折山淑美
26日、陸上競技男子やり投の終了後に、村上幸史選手は「昨日は興奮しましたよ。夜中も寝られなかったくらいですから!」と明るく笑いながら言った。前日の25日、同じスズキ浜松ACのチームメイトでもある海老原有希選手が、女子やり投で優勝していたからだ。
海老原選手の優勝は、村上選手を大興奮させるほど見事だった。ライバルは今年も60m台を投げている中国選手2人。ベスト記録は60m84ながら、今年のベストが50m01に止まっている海老原選手にとって、今大会は挑戦だった。だが3投目に59m39を投げてトップに立ち、ふたりにプレッシャーを与える理想の展開に持ち込んだ。そしてそのまま、最後の6投目を控えて優勝を決めると、気が緩んでもおかしくない最終投てきでは61m56を投げ、01年に三宅貴子選手が作った日本記録を41㎝更新した上、来年の世界選手権の参加標準記録Aまでも突破したのだ。
「海老原は今シーズン故障をしてなかなか大会をこなすことができなかったけど、その状態の中、最後の大会で日本新を出して金メダルを獲ったんですから……。それは僕にとっても大きな力になりましたね」。世界選手権銅メダリストで、日本やり投界のリーダーとしての自負も持つ村上選手にしてみれば、燃え上がるしかない状況になった。
村上選手は1投目から、気迫のあふれる投てきをした。自己記録では村上選手を上回る朴財明選手(韓国)が先に78m73を投げていたが、村上選手は79m62を投げてトップに立った。「1投目の入りが良かったから、2投目はもうちょっと行けるような感じがしてました」。そういう2投目は、力強く最も飛距離が出るような角度にピタリとハマッて夜空に舞い上がっていくような投てきだった。80mラインを大きく超えて、自己記録を5㎝更新する83m15。
「3本目までに80mを超えなければ厳しい戦いになると思っていたから、2本目にしっかり狙って投げられたのは良かったですね。たった5㎝の自己記録更新なんですが、僕にとっては非常に大きな5㎝だったと思います。今回は勝つことと、来年の世界選手権で勝負できるようになるために冬季練習につながる投げをしたいと思っていたんです。それをふたつともクリアできましたから。それに、陸上ではまだ男子が金メダルを獲っていなかったから、どうしても獲りたかったですからね」。
こう言って安堵の表情を見せる。陸上競技勢は前日の25日までに金メダルを獲得したのは、女子100mと200mの福島千里選手と女子やり投の海老原選手だけという状態だった。男子初の金メダルという期待が、彼の右腕に懸かっていたのだ。
その上、今回のアジア大会で村上選手は、日本選手団の主将という大役も担っていた。そんな責任もあるからこそ、陸上競技の日本チームが苦戦している状況で、是非とも金メダルを獲りたかった。それを彼は、たった2回の投てきで実現したのだ。「世界選手権でメダルを獲ってから、経験させてもらっていることがたくさんあるんだなと感じてますね。今回のアジア大会も僕にとっては非常に重みのある大会でした。いろんな重圧がある中で臨んだ大会だったからこうして結果を出せたことで、人間としても少し成長できたと思うし、すごいと言われる選手たちに少しだけ近づいたのかな、と思いますね」
大会前は、もしアジア大会で金メダルを獲っても、昨年の世界選手権で銅メダルを獲った時ほどの嬉しさは感じないだろうと思っていたという。だが実際に手にしてみると、世界選手権の時より嬉しかったのでビックリしたと笑う。それだけ彼の、この金メダルに懸ける思いが強かったということだろう。
世界で戦うためにも、アジアでトップになることが必要不可欠だという思いも強かった。「優勝を決めた2投目の投てきは、去年の世界選手権で初めて83m台を投げた時の感覚に近かった気がしますね。投げ終わった途端に『これは行ったな』という確信めいたものもありましたから」
ここで83mを投げたことで、世界と対等に戦うために必要だと考え長い間目標にしている85mへ、大きく近づいたという手応えも得た。「85mは、来年4月の日本選抜陸上和歌山大会できっと投げられますよ」。村上選手は明るい声で、高らかに宣言した。