2010/09/17
柔道世界選手権2010東京大会 男子は金4、銀1、銅5獲得
文:松原孝臣
柔道の創始者であり、アジア初のIOC委員に就任した嘉納治五郎の生誕150周年にあたる本年、世界柔道選手権は9月9日から13日の間、52年ぶりに東京で開催された。各階級に各国2名(無差別級は4名)のエントリーが認められたほか、いきなり足を取るなどの攻撃が禁止されるなど、変革の波の中での大会となった。
本大会、日本が獲得したメダル総数は過去最多の23個(金10、銀4、銅9)(アフロスポーツ)
その中で、日本男子代表のテーマは、「雪辱を果たす」ことにあった。昨年、ロッテルダムで行なわれた世界選手権では金メダルがゼロ。痛烈な批判が浴びせられ、監督陣や選手自身も大きな悔しさを残した1年前からの復活をかけての戦いである。
ましてや自国開催、大会を前にどこか重圧を感じているかのような雰囲気もあったが、それを打ち破ったのが、大会初日の9月9日、100kg級に登場した穴井隆将選手だった。
穴井選手は前回ロッテルダム大会では銅メダルだった(アフロスポーツ)
初戦で一本勝ちを収めると、2回戦では開始わずか5秒の一本勝ちで波に乗り、決勝ではグロル選手(オランダ)を相手に圧力をかけ続け、指導2つで有効を奪い優勝。自身初、そして日本男子今大会第1号となる金メダルを獲得したのである。
決勝戦では延長戦の末念願の世界チャンピオンに (アフロスポーツ)
それは2つの点で大きな意味を持つものだった。学生時代から常に大きな期待を集めてきた穴井選手は、長年壁を破れずにきた。立ち技の切れ味は、他の日本代表選手も認めるほどずば抜けている。だが、どこか勝負強さに欠けてきた。メンタルの弱さを指摘されてもきた。ようやく初出場となった昨年の世界選手権でも銅メダルに終わっている。
だが今年は違った。象徴は、デスパイン選手(キューバ)との準決勝である。先に投げ技で有効を奪われる苦しい展開となりながら、攻勢に出る。相手の指導2つで追いつき延長戦へ入り、内股で技ありを奪い勝利をおさめた試合だ。
それまでなら、追いつくこともなく敗れていたかもしれない。だが今までにない執念が試合に表れていた。試合後の言葉が印象的だ。
「とにかく気持ちを前に出そうと思いました。去年と違うのは精神面ですね」
自身の殻を破った勝利は、日本男子の呪縛を解き放つことにもつながっていく。
決勝戦では篠原監督に「自信を持って頑張れ」と言われ臨んだ(フォートキシモト)
大会2日目には、90kg級、19歳の西山大希選手が前に出る積極的な柔道で銀メダルを、続く3日目には73kg級で秋本啓之選手が金メダルを獲得する。
西山選手は試合後、「金メダルしか考えていなかったので結果には満足していない」とコメント (アフロスポーツ)
秋本選手は高校時代、66kg級ながら無差別で行なわれる全国高校選手権を制すなど、将来を嘱望された。だがその後、減量苦から摂食障害になった上に怪我も追い打ちをかけ、苦しい日々を過ごしてきた。
昨年73kg級に階級を上げると、本来の能力を発揮。今大会でも初戦から得意の背負い投げや寝技で順調に勝ち上がる。準々決勝では粟野靖浩選手から背負い投げで一本を奪うと、準決勝では北京オリンピック銀メダリストであり世界選手権連覇中の第一人者、ワン・キチュン選手(韓国)を相手の堂々の勝負を挑む。再三寝技を中心に攻め立て、旗判定で3−0の勝利。決勝のエルモント選手(オランダ)も抑え込みで一本を奪った。
「(金メダルを獲って)いろいろな思いが巡っていました。このメダルは重みが違います」
世界の壁が厚いと言われる73 kg級での金メダルは、日本にとっても価値の大きなものとなった。
世界選手権2連覇中のワン選手との準決勝は延長戦の末勝利。秋本選手は親子2代での世界選手権チャンピオンとなった(フォートキシモト)
今大会は、2名エントリーが認められたことから、前述の西山選手を含め、将来性も考慮しつつ、二十歳前後の若手も代表に名を連ねた。その一人が4日目の66kg級に登場した森下純平選手だ。
内股を得意とする森下選手は、1回戦から4回戦まですべて一本勝ちという思い切りのいい柔道で快進撃を見せる。準々決勝では昨年のチャンピオン、ツァガーンバータル選手(モンゴル)に優勢で勝利すると、決勝ではクナ選手(ブラジル)から払い腰で一本勝ち。見事、優勝を決めた。
オリンピックでの金メダルが目標と語る20歳の森下選手(アフロスポーツ)
最終日には無差別級で21歳の上川大樹選手が、決勝で100kg超級との2冠を狙ったリネール選手(フランス)を旗判定で下し優勝。
世界ランク1位のリネール選手を降した上川選手(アフロスポーツ)
終わってみれば、日本男子は金メダルが4個、銀が1個、銅が5個。昨年の雪辱を見事果たした。そして、エースと目されてきた穴井選手の勝利や、世代交代が叫ばれる中、若い世代の中に結果を残す選手が出たことなど、今後へ向けて中身の濃い大会となった。
昨年から強化をより厳しくしたことも、今大会の成果につながったと言える。
例えば、昨年8月末のロッテルダムの世界選手権での不振のあとで、代表選手は欠場してもおかしくない11月の講道館杯への出場を義務付けるなど、代表選手も含めた一律での競争を促した。全日本合宿では、1日に3部の練習を課すこともあった。ことあるごとに、「金メダルじゃなければ負け」と言い続け、意識改革を求めた。
さらに、「組んで技をかける柔道」方向を目指すルール改正も追い風だった。
だが安穏とはしていられない。今回の活躍で海外からのマークも一層厳しくなるはずだ。金メダルを獲得した個々の選手について評価する全日本男子の篠原信一監督も言う。
「絶対に来年は厳しくなります」
ほんとうの勝負は2年後のロンドンオリンピック。敗れた選手たちも含め、今大会を糧に、さらなる飛躍を期待したい。