日本オリンピック委員会は5月17日、味の素ナショナルトレーニングセンター(味の素トレセン)で、「平成30年度JOCオリンピック強化指定選手インテグリティ教育プログラム 第1回基礎研修プログラム(スタートアップキャンプ)」を開催しました。
本プログラムは、オリンピック強化指定選手としての資質、インテグリティ(誠実さ、真摯さ、高潔さ)を高め、自らの価値、オリンピックの価値を守る知識と手段、正しい倫理観や道徳心を有するアスリートを育成し、アスリート自らがあるべき姿に気付き、なりたい姿を描き、必要なスキルを求め習得し、自ら行動変容を起こすことを目的に実施します。第1回目のプログラムには、今年度から初めて強化指定選手に選ばれた43名が参加しました。
■山下泰裕JOC選手強化本部長からメッセージ
プログラム実施に先立ち、山下泰裕JOC選手強化本部長から「日本オリンピック委員会の強化本部では『人間力なくして競技力向上なし』をスローガンに活動しています。日本を代表して世界で戦う選手になるために、そして世界で勝ち抜く選手になるために人間力の向上、インテグリティを高めることが不可欠と考えています。ぜひ、日本代表選手としての誇りと自覚を持って、最強の選手、かつ最高の選手を目指して日々鍛錬に励んでください」と、激励のビデオメッセージが寄せられました。
続いて、インテグリティスタートアップとして本研修の司会を担当する上田大介JOC選手強化本部インテグリティ教育ディレクターが、研修の目的やインテグリティの意味などを解説。この研修プログラムの前半は「自分が『あるべき姿』に気付き、『なりたい姿』を描く」、後半は「自分が『必要とするスキル』を求め習得し、自ら『答え』にたどり着く」ことを目的としていると説明すると、「自分がどうなりたいか、明確にイメージしてください。そうなるために必要な知識、スキルに気付いて、それを求めて習得してください。そして、自ら答えにたどり着いてください。その答えが今日、1つ見つかればいいなと思います」と呼びかけました。
■井上康生監督が語る「覚悟と責任」
次に、最初のプログラムとして「オリンピックを目指す皆さんへ」と題し、2000年シドニーオリンピック柔道男子100kg級金メダリストで、JOC選手強化本部常任委員でもある井上康生柔道全日本男子監督が講演を行いました。「スポーツで学んだことが色々な場面で役に立っている。シドニーとアテネでの経験があったからこそ、今の自分がある」と語った井上監督は、まず「覚悟と責任」をテーマに日本代表の意味、日本代表としての自覚と誇りについて説明。さらに、井上監督がスポーツを含め携わる全てのことに対して臨む際の三本柱としている「熱意」「創意」「誠意」についても、自身の体験から得たことをはじめ、野球のイチロー選手、フィギュアスケートの羽生結弦選手、ラグビーフットボール日本代表を例に挙げ、それぞれの言葉に込められた意味を解説しました。そして、東京2020大会は「日本人、スポーツ、オリンピックの価値が試される大会になる。スポーツの価値とは何なのかを、世界中の皆さんが期待して見る大会になると思います」と述べると、「選手の皆さんがスポーツの理念、価値を改めて考えて、行動で示したとき、また一段とスポーツ、オリンピック、またそれぞれの競技の価値がグンと上がる大会になると期待しています」と選手たちにエールを送りました。
続いて、7つのグループに分かれてランチミーティングを行った後、午後最初のプログラムは「自律を目指したリスクとのつきあい方」をテーマに、静岡大学教育学部学校教育講座の塩田真吾准教授が講義を実施。ここでは、選手が自らの価値を守る知識と手段を学ぶことを目的に、「悪口」「暴力」「セクハラ」「薬物」などのリスクに対する自覚を促し、リスクとのつきあい方における自律=自分で想像し、工夫を考えて守ることの重要性とその視点について、グループワークなどを通じて学びました。「人との『感覚』のズレ、起こしやすい『環境』が要因となり、さらにリスクに対する見積もりの甘さがトラブルにつながる」と、例を挙げて説明した塩田准教授は「ルールを守りなさいと言い続けるだけでは意味がありません。自律に向けて『自分で考える、考えさせる』が重要です」と強調。そして、自律に向けた「3つの考え方」として「(1)そもそもを考える」「(2)破りそうになる時を考え、どう工夫できるかを考える」「(3)もし、やってしまったら……を考える」を挙げました。
■「アンチ・ドーピング」と「リスクマネジメントケーススタディ」
次に「クリーンでフェアなスポーツのために」と題し、日本アンチ・ドーピング機構の諸越由佳教育・国際部教育・情報グループマネージャーが登壇。この講義では、アンチ・ドーピングの観点から、スポーツの価値を守るために選手ができることを学びました。「スポーツのために、社会のために、未来のために、アスリートの皆さんは何ができますか?」と問いかけた諸越マネージャーは、ジャック・ロゲ前国際オリンピック委員会会長の言葉から引用した「勝つこと」と「リアルチャンピオンになること」の違いを解説。また、日本国内で昨年度発覚したアンチ・ドーピング規則違反の例、昨今のアスリートを取り巻く環境、禁止薬物の確認方法などを紹介し、それらを踏まえた上でドーピング違反とならないために「日常にある様々なリスクを理解し、自己管理のもと正しい選択をしていくことが大事です」と述べました。そして冒頭で述べた、スポーツのために、社会のために、未来のためにアスリートとしてできることは何かを考えることがアンチ・ドーピング活動につながっていくと語った諸越マネージャーは、最後に「自分自身をドーピングから守るために、どんなリスクを感じて、今日からどのような行動をするかを自分なりに考えて、実践していただきたいと思います」と呼びかけました。
続いて、第1回研修の最後の講義として行われたのは「リスクマネジメントケーススタディ」。事例を通じてリスクの種類と予防を学ぶことを目的に、株式会社山愛から神田義輝アスリート・キャリア・デザイナースポーツ事業部部長と、元プロサッカー選手でもある同社キャリアサポート事業部所属の御厨貴文さんが、これまで実際に起きたスポーツ選手の不祥事と制裁を例に挙げ、選手を取り巻くリスクについて解説しました。それら実例に対し、「問題点はどこか」「なぜ起きてしまったのか」「自分ならどうしたか」についてグループワークを通して意見を出し合うなど、理解を深めた選手たち。リスク管理の基本的な考えは「予防」であり、「予防の第一歩はリスクの種類を知ること。そして知識をつけることが大切です」と説明した御厨さんは、「リスクに対する知識をつけましょう。そしてそれをアップデートしていきましょう。皆さんにはなりたい姿があると思います。そのなりたい姿と目の前の快楽のどちらが大事ですか? なりたい姿・目標に近づいていけるように、いらないものは排除していただければと思います。そして、良い競技人生、良い人生を送ってください」とアドバイスを送りました。
■参加選手たちが「アスリート宣言」
全ての講義を終えた選手たちは、7つのグループに分かれて「オリンピアンワークショップ」を実施。このワークショップでは、近代五種の黒須成美選手(2012年ロンドンオリンピック出場)、自転車の阪本章史さん(2008年北京オリンピック出場)、スピードスケートの三宮恵利子さん(1998年長野オリンピック、2002年ソルトレークシティオリンピック出場)、競泳の伊藤俊介さん(1996年アトランタオリンピック出場)、陸上競技のハニカット陽子さん(2000年シドニーオリンピック出場)、競泳の吉見譲さん(1996年アトランタオリンピック出場)、ボブスレーの桧野真奈美さん(2006年トリノオリンピック、2010年バンクーバーオリンピック出場)の7名のオリンピアンがそれぞれのグループに加わり、オリンピックを通じて得た経験などを伝えました。そして、選手たちはこの日の講義で学んだことと、オリンピアンから聞いた体験談を踏まえ、自身がなりたい姿と、そのために今日から何をしていくかを宣言する「アスリート宣言」をオリンピアンと一緒にまとめました。
最後に、代表して数名の選手が自身の「アスリート宣言」を発表し、「東京2020大会で金メダルを獲得するためにリアルチャンピオンになる」、「常に感謝の気持ちを忘れずに、見ている人に感動を与えられる選手になる」など力強く宣言。また、7名のオリンピアンからも選手に向けて応援メッセージが送られ、全てのプログラムが終了しました。
関連リンク
CATEGORIES & TAGS