北京2008
強化スタッフ座談会
チームジャパンの情報戦略
オリンピックの選手強化に、なくてはならない情報戦略。
金9、銀6、銅10という結果で終わった北京大会を、チームジャパンは、どのような情報や課題を重要視して臨み、また、何を得たのか。
競泳、サッカー女子、卓球、体操の強化担当者が振り返った。(OLYMPIAN 2008より転載)
チームジャパンの北京大会とは?
勝田 まずは北京大会を振り返りまして、どういう大会であったのか。そこから進めたいと思います。
上野 競泳は世界記録が25も出る、予想以上にレベルの高い大会でした。「高速プール」と「水着の進化」という、全く想像もつかないこともあり、情報戦略の面で苦労しました。
塚原 体操は男子と女子とでは全く違う大会でした。まず男子は、団体の連覇が最大の目標でしたが、銀メダルに終わり、女子は8位を目標にしていたら、奇跡的に5位。金メダルに匹敵する活躍でした。
上田 サッカー女子としては初めてベスト4に入り、ひとつの歴史を作ったと思っています。ただ、もう一皮むけないとメダルには届かないとも、正直思いました。
前原 卓球は2月の世界選手権大会で、男女とも銅メダルを獲っていたので、北京でも団体戦でメダル獲得をと考えていましたが、残念ながら男女とも、あと一歩のところで逃しました。本当に大事なところでのメンタル面と体力面がやはり課題だということが浮き彫りになりました。
勝田 さて、上野さん。北京大会前にどのような情報や課題に注視していたのですか?
上野 2008年になって突然世界記録が出始め、だんだん記録的に日本が置いてきぼりにされて、泳法のテクニックが世界に遅れているのか、我々の強化方法が遅れているのか、頭を悩ませました。結局、水着の問題とわかって、どうにか自信を回復しました。6月にJOCナショナルコーチアカデミーに参加した席で、スキー、スケートの担当者と話をする機会があり、道具やウエアなどの素材については、我々以上に予算も情報も知識もあると聞き、一歩も二歩も先に進んでいるという印象を持ちましたね。
オリンピックの大舞台で実力を発揮するには
勝田 オリンピックという大舞台。ギリギリの闘いにおける心の持ちよう、気持ちの持ちよう、精神力で参考になるようなお話があったらお聞かせください。
前原 先日、競泳の平井伯昌コーチを特集したテレビ番組で、北島康介選手に、肉体的にも精神的にも負荷のかかるトレーニングを課すところを放送していました。そういう練習方法の開発とかメンタル強化の方法を研究しなければなりません。端的な例では、ラグビー日本代表のカーワン監督は、坂道20本ダッシュが終わってホッとしている選手に、「さあ、あと10本!」と言うわけです。
勝田 そこで嫌な顔をしていてはダメということですよね。
前原 嫌な顔をしても、気持ちを切り替えてチャレンジできるかどうかです。平井コーチの特集を見て、ここに卓球との差があると感じました。
上野 北島選手は20本のあとに10本なんて全然ダメだと思いますよ(笑)。ただ、本番を見据えたトレーニングに入っていたときには、その程度の練習はすると思います。
塚原 メダルを獲るという執念がある選手は強いですね。それは本番よりも、オリンピックまでの4年間の過程で必要です。練習で落ち込んだときに、メダルへの執念を持っている選手はそこを乗り越えられます。
上田 女子の方が、腹がすわっていると思います(笑)。サッカー女子はプロではないので、選手たちは、働いたり勉強したりしてからトレーニングする。恵まれない環境にある分、ひたむきで芯が強いですね。また、チーム競技ですから、リーダーシップが非常に大事です。今回はキャプテンの池田浩美選手と、澤穂希選手のリーダーシップが大きかったと思っています。
監督・コーチに求められる役割と資質
勝田 メンタル面以外に見えてきた成果や課題はありますか?
上野 今回は、選手の心理を読んだコーチの指導・指示があって、メダルにたどり着いたという気がしますね。北島選手も100m平泳ぎに関しては、金メダルはちょっと厳しいかなという状況にあったのですが、本番までに修正できることや、レース展開をしっかり指示できました。
塚原 結局、指示通りにできる選手を大事にすること、それに続く選手を輩出することが、メダル獲得に結びつくと思います。体操では冨田洋之選手がエースで、彼が活躍しなければメダルにたどり着けないわけですよ。そういう選手の環境を整えることが大切ですね。
上野 サッカー女子の池田キャプテンや澤選手のように、ウチも北島選手がリーダーシップをとっていました。彼が抜けたチーム編成となると大変です。
勝田 監督・コーチのお話が出てきましたので、オリンピックにおける指導者の存在や役割をおうかがいしたいのですが……。
前原 情報収集をどれだけできるかというのも監督の力量だと思うんですね。例えば参考になる映像資料を編集して選手に提供したり、そういう映像を見ながら選手とコミュニケーションを取ったりすることで、チームがよりよくなっていく。
勝田 ということは、情報を扱うスペシャリストをうまく組織化し活用することも指導者の重要な要件ということでしょうか。
前原 そうです。
上野 今回競泳は、9日間連続して試合がありました。次々と予選が始まるので、選手への最終的なアドバイスをはじめ、コーチの役割・仕事は大きくなります。ですから、コーチには経験が必要ですね。
塚原 そうですね、そういう意味では、コーチやスタッフにはやはりオリンピック経験者を優先して集めた方がいいかなと思います。体操女子は今回、ロシアと中国のコーチを起用しました。彼らが果たした役割は大きかったですね。
勝田 彼らの持っている情報量も違いますか?
塚原 ロシアと中国の情報が、世界の体操の基本です。アメリカでもロシアとか中国のコーチがほとんどのクラブを指導しています。そういう意味では、日本にも両国のコーチがいましたから、完璧に国際レベルの情報だとか、採点の方法だとかが入ってきましたね。
勝田 上田さん、サッカーの日本代表チームの指導者には、どんな役割や資質が求められているのでしょうか。
上田 日本のサッカー女子は、体格・体力に勝る強豪と闘うというのがテーマですから、世界の強豪国からコーチを招くことはないと思いますね。日本人の方がいいと思っています。佐々木則夫監督もそうですが、体格の勝る外国勢へ対処してきた男子サッカーを経験して、そこから学んでいる監督や、より厳しいリーグで戦った経験のある監督が、モダンな戦術を使って選手を鍛えるということが大切だと思います。
ロンドンを目指して何をすべきか
勝田 さて、ロンドン大会を見据えて、今、どのような情報に関心をお持ちでしょうか?
塚原 体操の場合は、誰を強化本部長にするかが一番大きな問題。それに付帯してスタッフをどう集めるかです。
上野 競泳は、世界選手権の成績が北京の結果にも結びついていた傾向があるので、2009年と2011年の世界選手権と、2010年のアジア大会で確実に成果を残して、ロンドン大会に結びつけたい。その一方でジュニア層の育成にも取組むことを検討しています。
上田 サッカー女子は、ユース年代からタレントを育成して鍛えるということが大事だと思います。今年はこれからU17とU20の世界大会がありますから、そこでベスト4に入るくらいなら、ロンドンでメダルが狙えるようになってくると思います。
前原 卓球はNTCができましたので、年間を通してここで強化できる体制になると思うんですね。各選手の所属母体とコミュニケーションを図りながら、ロンドンに向けてレベルアップしたいと考えています。
勝田 最後に、ロンドンに向かって、チームジャパン全体として、取組むべきことをお聞きかせください。
塚原 日本の体操は基本的に、強化はほとんど現場に委ねているんですよ。そこで、優秀な選手が所属するクラブや企業、学校などに対して、施設の税制を優遇するなどの支援を積極的にしてほしいですね。
前原 選手の成績や人数に応じて資金投下をしてもいいし、コーチに対する謝金を提供するのでもいいと思いますよね。
上野 北京では、チーム用のマンションの確保から、弁当などの情報の入手まで、JOCにやっていただき、余分な作業が本当になくて助かりましたね。こういった点は続けていただきたい。
上田 サッカーも対戦国のゲーム分析のために試合の録画をJOCに協力してもらいました。人手がどうしても必要です。4年後については、やはりユース年代からの国際経験が大事だと思います。ロンドンでやることは決まっていますから、海外遠征をするのであれば、必ずロンドンを入れるといったように、4年後を明確に意識してやりたいと思います。
前原 JOCのゴールドプランが発足してから、競技間の連携が生まれてきましたから、そこを引き続き推進してほしいと感じますね。
※役職は北京大会当時
上野広治
財団法人日本水泳連盟競泳委員長、
JOC強化育成専門委員
上田栄治
財団法人日本サッカー協会理事・
女子委員長
塚原光男
財団法人日本体操協会副会長、
JOC強化育成専門委員
前原正浩
財団法人日本卓球協会専務理事・
強化本部長、JOC強化育成専門委員
ナビゲーター
勝田隆
JOC情報・医・科学専門委員会副委員長
Photo by AFLO
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