ドーハアジア大会
第15回アジア競技大会(2006/ドーハ)
ドーハの熱き風〜スペシャル現地レポート
本気で挑む質の高い試合
文:折山淑美
ボート、バドミントンの価値あるメダル
北島康介選手(写真提供:アフロスポーツ) |
時折スコールのように降る雨に見舞われた7日のドーハ。悪コンディションとなったボート競技では、男子軽量級シングルスカルの優勝候補の武田大作が2位に終わった。だが、代わりに男子舵なしフォアが優勝の快挙。
日本のボートはこれまで、隔大会ごとにしか金メダルを獲得できていなかった。 前回の釜山大会では軽量級ダブルスカルの武田が浦和重と組み優勝。今回は連続しての金メダル獲得。あわよくば、男・女軽量級ダブルスカルと武田のシングルスカルで金3を、と想定していたのだ。その目論見からは外れたものの、男子ダブルスカルと合わせての金2は評価できる結果である。
特にダブルスカルは、チームの作戦がズバリと当たった勝利でもあった。本来なら、今年の世界選手権で7位になった武田・須田貴浩組での出場が順当だ。だが、武田・須田組のままだと、若手選手は「やっぱり出られないんだ」という気持ちになってしまう。そんな雰囲気を打ち消すためにも、さらに今回は通常の半分の距離の1000mコースだということも考慮して、スプリント力のある22歳の大元英照を中堅の年代である25歳の須田と組ませ、武田はシングルスカルに回したのだ。そんな思いを持った優勝は他の若手たちにも、欲を持たせるものになるはずだ。
小椋久美子選手・潮田玲子選手(写真提供:アフロスポーツ) |
佐藤翔治選手(写真提供:アフロスポーツ) |
ベテランと中堅、若手のバランスのいい組み合わせで成果を上げたといえば、銀メダルを獲得した女子バドミントン団体も同様だ。予選プールの対韓国戦では、エースの森かおりが相手のエースに敗戦を喫したが、第2エースの廣瀬栄理子(21歳)が負けを取り戻し、最後にはベテランの米倉加奈子が締め、0対2からの逆転勝ちで準決勝進出を決めたのだ。
その勢いは女子ダブルス小椋久美子・潮田玲子組の、94年大会以来のメダル獲得にもつながった。
また注目度は低いが、バドミントンは男子も健闘したといえる。代表は女子の7名に比べて4名と最小限の構成だったが、世界男子バドミントンの4強である中国、韓国、インドネシア、マレーシアに次ぐ5位を堅持。エースの佐藤翔治は「普通の大会と違い、今回は各国のトップ選手と対戦する機会が多かった。そこでラリーや試合の組み立てを学んだし、トップ選手に対する自分なりの組み立て方もつかめた」と成果を語る。そして個人戦では2回戦で世界ランク2位のリー・チャンウェイ(マレーシア)に敗れたが、見せ場の多い善戦を演じた。成長株と世界から注目される彼は、アジア競技大会を確実に次へのステップにしたといえる。
日本代表として戦う総合大会だからこそ
競技を続ける上のステップという意味では、アジア競技大会は若手の登竜門という一面を持っている。競泳の平井伯昌コーチは金メダル争いを中国とタイにする要因となった、若手選手の活躍をこう喜ぶ。
「振り返ってみれば中村礼子も中西悠子も北島康介も、前回のアジア競技大会で勝って世界選手権、オリンピックのメダルにつなげているんです。だから、若い選手にとってみればチャンスと思う気持ちも強いから、けっこう重要な勝利だったと思います」
矢野友理江選手(写真提供:アフロスポーツ) |
萩原麻由子選手(左)、沖美穂選手(写真提供:アフロスポーツ) |
中澤さえ選手(写真提供:アフロスポーツ) |
4日の男子200m背泳ぎでは高校2年の入江陵介が日本記録保持者の中野高を抑えて優勝。高3の矢野友理江は200mバタフライで体調を崩した中西に代わって中国勢を抑え、トップ選手2人が出場しなかった800m自由形でも積極的な泳ぎで、山田沙知子の高校記録を更新して優勝。男子50mバタフライでは19歳の古賀淳也が、女子100m平泳ぎでも19歳の北川麻美が金星を挙げた。その代表格の矢野は「この勝利で自信も付いたから、もう上の人にも負けないかな、と思います」と笑みを浮かべる。
また自転車女子ロード萩原麻由子の優勝も価値がある。飛び出してからはベテラン沖美穂の好アシストに助けられたとはいえ、これまで沖頼りだった女子ロードに新時代を築くべき存在へと進化した。
しかし逆に、若手がせっかくのチャンスを活かせなかったのが柔道だろう。若手の優勝は女子78kg級の中澤さえのみ。打倒・鈴木桂司を狙う石井慧も、ポスト・谷亮子として大きな名乗りを上げるべき48kg級の中村美里も、試合は支配しながらも決め手不足で敗退。今後の重量級を背負うべき高井洋平も雑な柔道で敗退し、結局金メダルはベテラン頼りで4個だけという不満足な結果に終わったのだ。柔道の斉藤仁ヘッドコーチは「私たちにもまだまだ選手に甘かった部分はあるが、アジア競技大会がどれだけ大事な大会かわかっていない選手もいる。韓国なんかは本当に死ぬ気で来てますからね」と苦言を呈した。
まずはアジアを制すところから始めなければ。昨年の世界選手権から低調な状態が続く柔道の将来を考えれば、そういう意識を徹底するところから始めなくてはいけないかもしれない。
数多くの国際大会を経験している、バドミントンの廣瀬は言う。
「他の大会と違ってアジア競技大会にはみんなすごい懸けて来てます。だから気持ちで負けないようにだけはしないと。国を背負って来てるんですからね」
それは日本代表として戦う総合大会だからこそ肌で感じる正直な感想だろう。
競技者の経験とはただ単に試合数を積み重ねることだけではない。いかに死に物狂いで戦うか。緊張感で手足が痺れてしまうような場面でいかに自分の力を発揮して戦い切るか。それは数量の問題ではなく、質の高さの問題だろう。本気で挑めばそういう貴重な経験をすることが出来る。アジア競技大会はそういう大会だ。
(2006.12.8)
折山淑美 : 長野県出身、神奈川大学工学部卒業。スポーツライター。
主な著書に「誰よりも遠く-原田雅彦と男達の熱き闘い」「末續慎吾×高野進-栄光への助走 日本人でも世界と戦える!」「北島康介—世界最速をめざすトップアスリート」など、多数。