日本オリンピック委員会(JOC)は10月22日、Japan Sport Olympic Squareで「令和元年度ジュニアアスリート保護者向けセミナー」を開催しました。
このセミナーは、ジュニア期のアスリート(10歳〜18歳)の保護者を対象に行われ、家庭で多くの時間を共有し、大きな影響力を持つと考えられる保護者が、ジュニアアスリートへの正しい関わり方、助言の仕方を学ぶことによって、親子がスポーツを通じて実りある人生を実現する可能性を高め、競技力の高いアスリートの育成を目指しています。
冒頭に、高橋尚子JOCアントラージュ専門部会長が登壇し、アントラージュ(監督、コーチ、家族などアスリートを取り巻く人々のこと)の意味や本セミナーの趣旨を説明。今回参加した約80名の保護者に向けて「子供はどんどん成長して進化していきます。その時に保護者の皆さんが数歩先に進んで開拓して、道しるべの役割になっていただきたいという思いがあります。皆さんの存在は子供たちにとって大きな役割を果たしておりますので、今回のセミナーがそのようなきっかけになればと思っています」とあいさつしました。
■コンディショニング最前線と勝てるカラダを作る栄養学
最初のプログラムは「コンディショニング最前線〜保護者が知っておきたい基礎知識〜」と題し、日本体育大学の杉田正明教授が講義を行いました。トレーニングの効果を高めるためにもリカバリーが特に重要であると強調した杉田教授は、かつて医科学の面からコンディショニングをサポートしたマラソンの元日本記録保持者・高岡寿成さんの現役時代の日々の体温、血圧、脈拍などを記載した記録シートを紹介。それらをもとに、体温や睡眠時間とパフォーマンスの関係を説明しました。そして、改めてセルフケアやリカバリーの重要性を説くと、「様々な要素がかみ合って初めてハイパフォーマンスが出ます。ですので、色々なところに気を配っていただいて、お子さまの成功を温かく見守ってご指導いただければと思います」と参加者に呼びかけました。
続いて、「勝てるカラダを作る栄養学の基礎(スポーツ栄養学)」と題して、管理栄養士であるエームサービス株式会社の高橋文子さんが講義を行いました。JOCエリートアカデミーの食事・栄養サポートを担当していた高橋さんは、食事のとり方について「目的別」「期分け別」「トップアスリートに学ぶ」の3つの側面に分けて説明。これら全てに共通することは、満遍なく栄養をとることができるように主食、主菜、副菜、汁物、乳製品・果物の5つをそろえることが大事であり、瞬発力系のアスリート向け、減量期向け、試合当日向けなど、目的別・期分け別に応じた具体的な献立や、実際にトップアスリートがとっている食事を紹介しました。
また、この講義は昼食の時間と合わせて実施され、この内容を踏まえて用意されたバランスのそろったお弁当が提供されました。参加者は、高橋さんからメニューの解説を聞きながら、じっくりと味わっていました。
■トップアスリート保護者の体験談を共有
午後の最初のプログラムでは、「トップアスリート保護者の体験談」が行われ、フェンシングの上野優佳選手の母である上野瞳さん、バスケットボールの長岡萌映子選手の父である長岡大尚さんが登壇。子供との接し方や保護者の役割、また競技との関わり方などの体験談をそれぞれ紹介しました。また、このプログラムでは、話した内容をイラストでまとめ、リアルタイムに“見える化”していくことで、相互理解を深めたり議論を活性化させる株式会社しごと総合研究所による「グラフィック・ファシリテーション」が導入されました。
上野さん、長岡さんともにこれまでの子育てを振り返っていく中で、大事にしたこととして挙げたのが「子供本人の意思を尊重すること」。子供が大きな決断を迫られたとき、アドバイスや様々な選択肢を用意しながらも、最後は子供本人の選択や自主性を尊重したと述べました。
また、長岡さんは今回のようなセミナーで知り合ったトップアスリートの保護者から多くのことを学んだと話し、「アスリートを育てようと思う親は非常に熱心ですし、子供を支えていく中で仲間の親同士との人間関係もとても大切だと思います」とアドバイス。一方、上野さんは子供がスランプや挫折を味わって落ち込んだ際には、「特に言葉はかけずに、一緒にそばにいてあげただけですが、小さなことでも1つ1つ目標を立ててモチベーションを上げさせるようにしていました」と、自分が行ってきた接し方を紹介しました。
そして、親と子供の関係だけでなく、指導者やチームスタッフとの関係の重要性を語った上野さんと長岡さん。「学校の先生、コーチやチームスタッフなど多くの方の力が大きかった」(上野さん)、「指導者との信頼関係は大切。指導者の方とコミュニケーションをとって、理解を深めていきました」(長岡さん)と、それぞれの体験から得たことを参加者と共有しました。
■心理学の観点から保護者ができること
「トップアスリート保護者の体験談」を受けて、補足の解説として大阪体育大学の土屋裕睦教授が「トップアスリートとして成長させるために、保護者ができること(スポーツ心理学)」と題して講義を行いました。
土屋教授はスポーツ心理学の観点から、心技体はどのように発達するかをテーマに、メンタルチェックシートやマンダラートを用いた目標の立て方、内発的動機付けと外発的動機付け、「ほめる」と「叱る」の違いなどを紹介。また、保護者の悩みと対策をテーマにした講義では、思春期に入った子供に対しては「ほめる(有能感)」から「みとめる(自律性)」へ、有能感を育てて認めることが重要だと話しました。そして、講義のまとめとしてデュアルキャリアについても言及した土屋教授は「スポーツは勉強にも生かせることが多くあり、スポーツに打ち込むことは次の学びにきっと生きてくるだろうと思います。ですので、3年、4年の短い期間にとらわれなくてもいいのかなというのが僕の考えです」と、スポーツだけでなくその先の人生までを見据えた子育てを心がけるようメッセージを送りました。
最後に、本セミナーの各プログラムを受けて、JOCアントラージュ専門部会の部会員である田辺陽子さん、小谷実可子さんがそれぞれ感想や自身の体験談を述べました。その中で田辺さんは「自分が何か大きな決断をするとき、親は最終的には私自身の判断を優先してくれましたし、静かに見守ってもらえました」、小谷さんも「親はいつでも一番の応援団でした」と、ともに現役選手時代はいかに親の支えが大きかったかを話しました。また、高橋部会長はセミナー全体のまとめとして「このセミナーはただ強い選手を作ることを目的にしたものではありません。スポーツを通じて人として成長してもらいたいという思いが大きいです。日の丸をつける選手がこの中から一人でも多く誕生してもらいたいという思いと、周りから愛される選手になってもらいたいという思いを込めて、このセミナーを開催させていただきました。今日は本当にありがとうございました」と総括し、令和元年度ジュニアアスリート保護者向けセミナーを締めくくりました。
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