日本オリンピック委員会(JOC)は5月18日、味の素ナショナルトレーニングセンター(味の素トレセン)で「2019年度ジュニアアスリート保護者向けセミナー」を開催しました。
このセミナーは、ジュニア期のアスリート(10歳〜18歳)の保護者を対象に行われ、家庭で多くの時間を共有し、大きな影響力を持つと考えられる保護者が、ジュニアアスリートへの正しい関わり方、助言の仕方を学ぶことによって、親子がスポーツを通じて実りある人生を実現する可能性を高め、競技力の高いアスリートの育成を目指しています。
冒頭に、高橋尚子JOC理事・アントラージュ専門部会長が登壇し、アントラージュ(監督、コーチ、家族などアスリートを取り巻く人々のこと)の意味を説明。それを踏まえた上で、「若い選手たちが相談したり、悩み事を打ち明ける一番身近な方は、やはり保護者の方、皆さん方だと思います。ですので、今日は色々なアドバイスやヒントになるようことをご提供できればと思います」と、本セミナーの趣旨を説明しました。
■コンディショニングと栄養学
最初のプログラムは「コンディショニング概論〜ケガを防ぐ、ケガを治すために保護者ができること〜」の講義。株式会社アレナトーレ、医療法人山手クリニックで理学療法士・アスレティックトレーナーとして活動している岡田瞳さんが講師を務め、ドイツのスポーツ界で学んだことをベースに、コンディショニングの定義や目的、パフォーマンス向上のための体作りの理論、ケガの予防方法などを説明しました。この講義の中で岡田さんが強調したのが、ウォーミングアップとストレッチング導入の重要性。具体例として国際サッカー連盟や日本バスケットボール協会などが、ウォーミングアップとケガの予防とエクササイズを同時にできるメニューをインターネット上で公開していることを紹介すると、「こうした情報をぜひ参考にしてください。これからお子さまの競技に付き添うにあたって、何かヒントになればと思います」と述べました。
次に「勝てるカラダを作る栄養学の基礎(スポーツ栄養学)」と題して、管理栄養士であるエームサービス株式会社の高橋文子さんが講義を行いました。JOCエリートアカデミーの食事・栄養サポートを担当している高橋さんは、食事のとり方について「目的別」「期分け別」「トップアスリートに学ぶ」の3つの側面に分けて説明。これら全てに共通することは、満遍なく栄養をとることができるように主食、主菜、副菜、汁物、乳製品・果物の5つをそろえることが大事であり、瞬発力系のアスリート向け、減量期向け、試合当日向けなど、目的別・期分け別に応じた具体的な献立や、実際にトップアスリートがとっている食事を紹介しました。
その後、昼食の時間にはこの講義内容を踏まえて用意された、バランスのそろったお弁当が提供され、参加者は、高橋さんからメニューの解説を聞きながら、じっくりと味わっていました。
■トップアスリート保護者の体験談
午後の最初のプログラムでは、「トップアスリート保護者の体験談」が行われ、レスリングの乙黒圭祐選手・拓斗選手の父である乙黒正也さん、卓球の平野早矢香さんの母である平野美恵さんが登壇。話の内容をイラストでまとめる「グラフィック・ファシリテーション」を用いながら、それぞれの子どもとの接し方や、競技との関わり方などの体験談を紹介しました。
乙黒さん、平野さん自身もその競技の経験者であったことや、だからといって子どもにその競技をするように強制したわけではなく、どのスポーツに取り組むかは子ども自身の選択に任せたことなど共通点がいくつか見られましたが、その中でもセミナー参加者が興味を持って聞いたのが「子どもとコーチの関わりが深くなっていく中での親の立ち位置」。この点についても乙黒さん、平野さんともに共通の認識、接し方をしており、「自分が教えるには限界があった。競技の指導は全てコーチにお任せしていた」「技術的にはいっさいコーチに口を出さなかった」と述べました。
また、これまでの子育てを振り返り、「子どもが話しにくいことを親が先走って言ってしまったり、試合に負けたときに親の方が勝敗にこだわってしまった。もっと十分に話を引き出せる親であれば良かった」と自身の反省も込めて参加者にアドバイスを送った平野さん。一方、乙黒さんは兄弟で成績に差が出た場合の接し方として、「競技を始めたときから、兄弟でも自分は自分。自分の努力次第なんだよと教えてきました。今、私のところでは弟の方が成績が出ており、兄としても、弟にあって自分にないものが分かっている。その部分について兄は少しずつ補っていこうと努力をしていて、親として話を聞いてアドバイスをしたり、サポートをしています」と、現在進行形の体験談を共有しました。
■心理学の観点から保護者ができることを学ぶ
次に「アスリートとして成長させるために保護者ができること(スポーツ心理)」をテーマに、身体と心はどのように発達するか、スポーツ経験と人間的成長、アスリートの成長を支える保護者の役割などについて、スポーツ心理学が専門の大阪体育大学・土屋裕睦教授が講義を行いました。
「トップアスリート保護者の体験談」の流れを受けて、どうすれば乙黒兄弟や平野さんのように、早い時期からやる気、主体性を持って競技に取り組む子どもが育っていくかについて、ヒントは「内発的動機づけ」という心理学的理論にあると語った土屋教授。内発的動機付けとは、有能感(やればできる)、自律性(自分が主人公)、他者との関係性(そこでの人間関係が楽しい)の3つが揃うとやる気が促進され、主体的に頑張れるようになること。一方、自らやる気になって行動する・スポーツそのものが目的である内発的動機付けとは対照的に、褒められたい・叱られたくない、何かを得るための手段である外発的動機づけもありますが、これは決して悪いことではなく「子どもはいきなり内発的にはなりません。外発的動機付けによってその競技をやっている間に内発的動機付けになる場合もある。保護者の役割としては、最初の食わず嫌いを防ぐために外発的動機付けをうまく使うことが大事です」と、心理学の観点から子どもにやる気を起こさせるためのアドバイスを送りました。
■子どもから主体性を引き出すために
続いて、本セミナー最後のプログラムとして、一般財団法人スポーツコーチングJAPANでチームディベロップメントセクションディレクターを務める村松圭子さんを講師に迎え、「主体性を引き出すコミュニケーションスキル」をテーマとした講義が行われました。
前提として「そもそも子どもたちには主体性があります。大事なのはきっかけづくり。引き出してあげる必要がある」と強調した村松さん。そして、保護者の役割はアスリートである子どもたちの最大の味方であることであり、その上で子どもたちの主体性を引き出すコミュニケーションの大事なポイントとして「心理的安全な関係であること」「オープンクエスチョンのスキル」の2つを挙げました。オープンクエスチョンとはYES、NOで答えられない問いかけをすることであり、練習も兼ねてセミナー参加者同士2人1組で体験。村松さんは「問われることによって相手は気がつくことができる。今、子どもは何に好奇心を持っているのか、日々何を感じているのか、どういうことにつまずきを感じているのか、ぜひ問いかけをすることでお子さんたちと関わっていただければと思います」と呼びかけました。
全プログラム終了後、まとめとして高橋部会長が今回のセミナーを総括。「色々な分野で心に残ることがあったと思います。今日学んだ全てのことをやろうと思っても、それはなかなか難しい。1つ、2つ、頭の中に残していただいて実践する、それだけでも大きく変わります。そして、目の前のことばかりではなく、皆さんのお子さんの人生の長いところまでを見据えていただいて、先導役となって支えていただいてほしいと思います」と締めくくりました。
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