日本オリンピック委員会(JOC)は11月20日、オンラインによるWebセミナー形式で「令和4年度第1回ジュニアアスリート保護者向けセミナー」を開催しました。
このセミナーは、ジュニア期のトップアスリート(10歳~18歳)の保護者を対象に行われ、家庭で多くの時間を共有し、大きな影響力を持つと考えられる保護者が、ジュニアアスリートへの正しい関わり方、助言の仕方を学ぶことによって、親子がスポーツを通じて実りある人生を実現する可能性を高め、競技力の高いアスリートの育成を目指しています。
はじめに、高橋尚子JOCアントラージュ専門部会長が挨拶し、本セミナーの主旨、目的を説明。「ジュニアアスリートに最も影響力を持つ存在は保護者と答えるアスリートが非常に多いことから、保護者の皆さんの存在の大きさがわかると思う。相談相手になることや、道を一緒に考えて示すことも保護者の皆さんの役割だし、共に学び成長していただけるような存在になっていただくために、このセミナーでは様々なことをお伝えしながら学びの時間にしていきたい。また、このセミナーを受けて改めて皆さんの決意、またどのような保護者を目指していきたいかという思いを頭に持ちながら聞いていただきたい」と述べました。
■「勝てるカラダを作る栄養学」について解説
本セミナー最初のプログラム「勝てるカラダを作る栄養学」では、エームサービス株式会社より管理栄養士/公認スポーツ栄養士 高橋文子氏、管理栄養士 川越仁絵氏が登壇し、保護者から寄せられた質問や悩みの中から「ウェイトコントロール」「試合、トレーニング前・中・後の栄養と食事について」「サプリメント」の3つのテーマに分けて講義が進行しました。
一つ目のテーマ「ウェイトコントロール」では、保護者から体重に関するさまざまな悩みについて「体重を減らすも増やすも、エネルギーの消費と摂取のバランスを調整することに尽きる。摂取したエネルギーより消費したエネルギーが多ければ体重は減るし、摂取したエネルギーが消費したエネルギーよりも多ければ体重は増えることから、食事だけではなく、お子さんがどのようなトレーニングでどれくらいのエネルギーを消費しているかという視点を持ってほしい」と説明。また、「体重を減らす場合は脂質を抑えること。体重を増やす場合は筋肉を増やすために、タンパク質をしっかり摂取してほしい。体重を減らすにしても、増やすにしても、適度な糖質をしっかり摂ることが大切」と話し、さまざまな食材の栄養素や調理方法が紹介されました。
続いて、「試合、トレーニング前・中・後の栄養と食事について」のテーマでは、アスリートが試合前に摂る食事やレシピの例が紹介され、高橋部会長に試合前の食事内容を問いかけると「マラソンはスタミナが必要な競技なので、試合前日、前々日の夜からはお餅を入れた力うどんをおかずにご飯を食べる真っ白な炭水化物に特化した食卓だった。ただ、試合直前に食べるとお腹が痛くなったり、重く感じてしまうので、試合の3時間半~4時間前に食べ、そこからはカステラやバナナ、ゼリーといったお腹に溜まりにくく、しっかり栄養を蓄えられるものをこまめに摂るようにしていた」と現役時代の食事のルーティーンのお話を聞くことができました。
最後のテーマ「サプリメント」では、昨今、スポーツ栄養の世界ではサプリメントをどのように活用していくかという議論が活発に行われていると話し、サプリメントの定義について説明されました。サプリメントを摂取することが有益な5つのシチュエーション・事例を紹介し、サプリメントの主成分は日常の食事で摂取できる栄養素であり、食事ができない、入手できる食べ物が限られるなど、食事から十分な量が摂取できない場合に栄養素等を補うものであると話しました。また、第三者認証プログラムで認められた商品を選ぶことが重要だと説明し、「近年、ジュニア層のサプリメント使用はその後の問題行動につながるリスクが高いことが報告されており、ジュニアアスリートにはむやみにサプリメント摂取を勧めるべきではない。ジュニアアスリートは食品や料理、食文化に触れ、トレーニング内容やタイミングに合わせた食習慣を身につけるべきである。サプリメントを摂る前に本当に必要か・有効か・安全かの3つを選手と一緒に考えてほしい」と話し、講義を終えました。
■「ジュニアアスリートのコンディショニング」について杉田正明JOCアントラージュ専門部会員が解説
次のプログラムでは「ジュニアアスリートのコンディショニング」について、杉田正明JOCアントラージュ専門部会員が講義を行いました。
はじめに、コンディショニングの定義が説明され、体力には筋力や持久力など身体を調整する体力のほか、さまざまなストレスに対する抵抗力や適応力という防衛体力があり、スポーツパフォーマンスを支えるにはこの2つの『体力』をしっかり備える必要があると話し、体力をつけたい時は規則正しい生活習慣、栄養、睡眠、入浴、適切なトレーニング、体のケア、日々の積み重ねが大切だと説きました。また、トレーニングにおけるウォーミングアップやクーリングダウンはコンディショニングに重要な役割を担っている。「ジュニア期は重い物を持たず、自分の体重でのエクササイズが推奨されており、ジュニア期のうちにしっかりとした柔軟性、可動域、そして体幹のエクササイズをすることで怪我をしない身体になります」と話しました。
その後、過去にサポートした陸上競技選手の体調管理の方法が実例を交えながら紹介されました。疲れた身体を回復させるには睡眠が最も大切で、しっかり睡眠をとることで高いパフォーマンスが発揮できると睡眠の重要性について解説し、「より良いコンディションを作るためには腸内環境を整える必要もあり、そのためには寝る3~4時間前までに食事を済ませること、お腹を冷やさないことが大事」と睡眠が及ぼす腸内環境についても説明しました。
そして、アスリートがパフォーマンスを最大限に高めるための考え方や習慣を指すアスリートライフスタイルについて説明し、「アスリートは様々な選択肢の中から常に自分にとって最適なものを自分で選んで実践し、コンディショニングしていくことが求められる。性能のいい身体にする自立、どんな状況でもブレない判断を持たせる羅針盤を持つ自立、この二つの自立がアスリートライフスタイルを助けるために重要であり、ジュニア期のアスリートにはこの意識を強く持ってほしい」と話し、この講義を締めくくりました。
■「オリンピズム」についてオリンピアンの戸邉直人JOCアスリート委員が解説
続くプログラムでは、「オリンピズム」について、東京2020オリンピック陸上競技(走高跳)の戸邉直人JOCアスリート委員が登壇しました。自身が競技活動と並行して競技に関する動作分析などの研究活動に携わっていることを説明したうえで、「世界のトップを目指す中で競技以外のことに触れる時間が少なくなり、競技が人生そのものという考え方になりがちだが実際はそうではないと考えている」と意見を述べ、オリンピックの歴史、理念について解説しました。
そして、オリンピックの3つの価値「エクセレンス(卓越)」「リスペクト(敬意/尊重)」「フレンドシップ(友情)」について説明し、「勝つことだけではなく、参加すること、進歩すること、肉体意志精神の健全な一体感を得ること」の重要性を説きました。プログラムの最後には、「これらオリンピックの価値であると呼ばれる3つの要素を意識して競技に向き合い、スポーツを通じて人生をより豊かに、高い人間力を持ったアスリートに皆様のご子息がなっていてほしい」と締めくくりました。
■「アスリートへの動機付け」をテーマにパネルディスカッション
次に、本セミナー最後のプログラムとして「コーチ・保護者によるジュニアアスリートへの動機付け」をテーマにしたパネルディスカッションを実施。JOC国際人養成アカデミー相馬浩隆ディレクターがモデレーターを務め、日本バスケットボール協会女子ヘッドコーチの恩塚亨氏、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会コーチング部門部門長、普及育成委員会委員長補佐の川合レオ氏、日本陸上競技連盟強化委員会強化育成ディレクターの杉井將彦氏が参加しました。
ディスカッションのスタートに先立ち、相馬ディレクターからは「保護者の皆さんはお子さんをどのように動機付けられるか、コーチの皆様方の経験の中からヒントを得ていただきたいし、保護者の皆さんがお子さんを動機付けるモチベーションを引き出すことができたら、親子の関係性や親子の人生にとってどのような意味があるのかを考える時間にしていただきたい」と話し、子どものモチベーションを引き出す関わり方や動機付けについて議論され、さまざまな意見が交換されていました。
パネルディスカッションの最後に、恩塚氏は「スポーツを通していつからでも何度でもやりたいことをやってみようと思える力を見つけてほしいと思う。失敗に対して他人からどう思われるかを気にする必要はないという姿を保護者が見せてあげることができれば子どもの大きな支えになる」、川合氏は「私自身、子どもに対してできないことがあることは喜びだと感じながら人生を過ごしてほしいと思っている。そのようなマインドを持っていればセカンドキャリアでも楽しみながら挑戦してくれるのではないか」と話し、杉井氏は「周りにいる大人はジュニアアスリートに上手くなりたいという気持ちが内面から湧き出てくるようなサポートをしてもらいたい。その子どもたちがシニアカテゴリーまで競技を継続することで、新しい道が開けてくるのでドロップアウトしないよう声かけしていってほしい」とエールを送りました。
すべてのプログラム終了後、セミナー参加者は「これからどのような、何ができる保護者を目指しますか?」という質問に対する答えや決意をコメント欄に記入。そして、それら保護者の声が画面を通じて紹介、共有されました。
最後にまとめとして、高橋部会長がセミナー全体や保護者から寄せられたコメントを総括。「スポーツ選手である前に、一人の人としてどのように周りと接し、生きていくか、ということを一緒に考え、尊敬されるアスリートを目指していただきたい」と話し、セミナーを締めくくりました。
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