JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
須﨑 優衣(レスリング)
女子フリースタイル50kg級 金メダル
■8年間の思いが詰まった金メダル
――オリンピックの決勝では、圧倒的な勝利。すごみを感じる試合でした。ご自身の達成感、そして金メダルを実際に手にしてみて、その重さはどんな風に感じていますか。
8年間、「東京2020オリンピックで金メダルをとる」という夢に向かって、さまざまな困難を乗り越えて頑張り続けてきました。夢をかなえた瞬間でしたので、本当に最高の気持ちでした。そして、8年間の思いが詰まった金メダルは、すごく重たいです。
――4年前に『OLYMPIAN』の取材でお話を伺った時も、「夢の舞台だから頑張りたい」とおっしゃっていました。しかし実際には、その後ケガもありましたし、同じ階級のライバルである入江ゆき選手に敗れて、世界選手権の代表に選ばれず、オリンピックへの道が閉ざされかけたこともありました。ここまで決して平坦ではない道のりだったと思いますが、振り返ってみてどのように感じていらっしゃいますか。
おっしゃるように、ケガがあったり、ライバルの存在があったり、決して順風満帆ではなかったのですが、東京2020オリンピックという目標が私自身を成長させ、強くしてくれたと思います。東京2020オリンピックがあったからこそ、どんなにつらい試練でも苦しいことでも乗り越えてこられましたし、東京2020オリンピックがあったからこそ、今の私がいると思います。
――乙黒拓斗選手や向田真優選手など、JOCエリートアカデミー出身のレスリング選手の活躍が目立つオリンピックになりました。アカデミーでの生活が金メダルへと結びつきましたか。
エリートアカデミーでは、他競技も含めた各競技でトップに君臨する同世代の選手が集まって共同生活をするので、本当に学ぶことが多かったです。他の競技の人たちの練習に対する意識の高さを学んだり、エリートアカデミーの仲間たちが活躍する様子を見聞きしたりすることで刺激をもらえて、「私も頑張ろう」と思っていました。最高の環境で中高生時代を過ごさせていただいたなと思います。
――今回のオリンピックでは、選手村生活は体験されたのでしょうか。
開会式に参加した際に、1日だけ食堂に行かせてもらいました。オリンピック期間中はTikTokで選手村の様子が流れてくるのを見ていて、早く選手村に行きたいと思っていました。 今日最後に1日だけ行くことになっているので楽しみです。
――それも一つのモチベーションになっていたのですね。
はい、そうですね。開会式の際は体重調整をしていてあまり食べることができなかったので、今日は思う存分食べたいと思います(笑)。
――以前お話を伺った際も、お寿司や焼肉が大好きとおっしゃっていました。今、何か召し上がりたいものはありますか。
お寿司や焼肉に、ケーキとかパフェも食べたいです(笑)。
――レスリングの場合は、試合前に体重制限をしないといけないのが厳しいですよね。いらだってしまうことなどはないのでしょうか。
そういうことはないです。私は、逆にものを食べる動画、ASMRといういわゆる咀嚼(そしゃく)音の動画をよく見ているんです。私はそうした動画が好きなので、減量中に見ては、自分が食べたような幸せな気持ちになって満足しています(笑)。
■いくつもの試練を乗り越えて
――レスリングとずっと向き合ってきた須﨑選手は、もはや専門家と呼ぶべき存在でもあると思います。ひとりの専門家として須﨑優衣という選手を客観的に見た時に、この選手の素晴らしさをどのように評価しますか?
自分の長所は、勇気を持って攻めて勝つレスリングだと思います。その武器については、常に自信を持っていたいと思っています。
――「勇気」というキーワードが出てきました。やらなくてはいけないのは分かっていても、なかなか行動できないことはありますよね。例えば、教室にいる子どもたちが「手を挙げて質問しましょう」とよく言われると思うのですが、実際に手を挙げるのは意外と勇気が必要です。一歩踏み出すことと、ご自身が攻めていく勇気にも共通点があるように思いますが、須﨑選手はどのようにしてその勇気を養ってきたのでしょうか。
試合の時は不安な気持ちがあったり、失敗できない怖さがあったりします。心がけているのは、練習の時に試合だと思って取り組むこと、そして逆に、試合の時には練習だと思って取り組むこと。いつも通り、平常心で戦えば練習通りのことが出せますし、練習の時に試合だというくらい緊張感を持ってやっていれば、試合の雰囲気や緊張感のなかで自分が勝負を仕掛けに行く勇気が備わってきます。試合経験を積めば自然と成長できますが、私は練習の時にも試合だと思って向き合うことで勇気を培ってこられたかなと思います。
――レスリングに限らず、失敗してはいけないと感じてしまう人は多いと思います。実際に、「失敗しても良い」とは簡単に思えないですよね。どのようにその気持ちと向き合っているのでしょうか。
例えば習得したい技があった時に、とくに練習であれば失敗してもいいから挑戦しようと思えるはずです。試合になれば絶対に失敗できないわけですから、その技を習得するための練習の時点で失敗しておくことが必要だと思うのです。失敗した時、次にどのように改善していくかと考え、それを繰り返し積み重ねることで技を習得できるわけですから、練習の時に「失敗してはいけない」と思わずにどんどん挑戦する気持ちを大切にしています。
――須﨑さんの言葉の数々を伺って、この4年間ですごく大きく成長されたことを感じます。ケガも、ライバル争いも、負けた経験も含めて、順風満帆ではなかったからこそ手に入れたすごみがあるとも感じました。
東京2020オリンピックで金メダルを獲得するまでにたくさんの試練がありましたが、一つひとつ乗り越えるたびに私は強くなってこられたと思います。金メダルをとるための試練。その壁にぶつかった時に諦めず、くじけず、めげずに立ち向かって乗り越えたからこそ今があるので、本当に良かったと思います。
――勇気と同時に、粘り強く諦めない覚悟も大事ということですね。
■さらなる高みを目指して
――オリンピックが東京で今回開催されたことで、地の利や普通の世界大会と違う良さを感じた部分がありましたか。
無観客での開催となりましたが、東京で開催されるオリンピックですし、しかもとくにレスリングの会場は地元の千葉県だったこともあって、応援してくれる方々が近くにいる気がしてすごく心強く戦うことができました。 ボランティアの方も、試合会場に入場する時に皆さん拍手して迎えてくださって本当にうれしかったですし、地元開催の素晴らしさを実感しました。
――新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、東京2020オリンピックは1年延期になりました。今年になってからも、大会が開かれるか分からない状況のなか、須﨑選手はどのように乗り越えようとされてきたのでしょうか。
オリンピックが行われるか本当に分からない状況でしたが、自分は今の自分にできることをやりきろうという感じで、どうなったとしてもしっかり準備だけはしておこうという気持ちでした。1年延期も正直なところびっくりしたのですが、強くなれる期間をいただけたと考えてプラスに捉えようと思いました。
――本当によく頑張りましたよね。須﨑選手の姿に勇気をもらった方々は多かったと思います。強くなる過程で、指導を受けるということは「教わる」というように受け身の姿勢になりがちですが、自ら気づく、自ら学ぶ、自ら深めていくということが大事なのではないかと思います。現役大学生の須﨑選手ですが、成長していく上で意識されていることはありますか。
インプットしたら、それをアウトプットすることが必要だということを学んでいます。自分が教わったことをしっかり後輩に伝えられるように、言語化して伝えることができるように意識はしています。
――なるほど、さらに磨きをかけてますますいいレスリングの文化を深めていってください。応援しています。
ありがとうございます。今後は、一つひとつ目標を掲げて、それを必ずしっかりと達成して、さらなる高みを目指して強くなりたいと思います。
■プロフィール
須﨑 優衣(すさき・ゆい)
1999年6月30日生まれ。千葉県出身。小学1年でレスリングを始める。小学3年時に全国少年少女選手権で優勝。2013年JOCエリートアカデミーに入校。17年高校3年時に世界選手権で初優勝。伊調馨選手以来となる高校生世界チャンピオンに輝く。18年世界選手権連覇を達成、国際大会では不敗を誇る。21年、東京2020オリンピックでは女子フリースタイル50kg級で金メダルを獲得。早稲田大学所属。
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