仁川アジア大会
第17回アジア競技大会(2014/仁川)
競泳の男子平泳ぎで、アジア大会での優勝をステップに2年後の五輪で金メダルを獲得した日本選手がいる。1970年バンコク大会を制した田口信教と2002年釜山大会から羽ばたいた北島康介だ。
ミュンヘン五輪前の国内大会で力泳する田口信教
田口は広島・尾道高3年だった1968年にメキシコ五輪に出場した。足の引きつけを速くし、鋭く後方に水を蹴る独特のキックで好記録を出していた。100メートル準決勝で世界記録を上回る1分7秒1で泳いだが、足の甲で水を蹴るドルフィンキックと判定され失格となる。4年後のミュンヘン五輪で雪辱するため、キックに水しぶきが上がらない改良を加え臨んだ通過点の国際大会が第6回バンコク大会だった。100メートルで1分6秒3にまで記録を縮め1位となり、200メートルでも優勝した。雪辱を期して臨んだミュンヘン五輪での100メートルの優勝タイムは1分5秒1の世界新記録だった。
200メートル平泳ぎで世界新記録を出し、ガッツポーズの北島康介
北島も初の五輪出場は東京・本郷高3年だった2000年シドニー五輪で、100メートル4位と健闘した。世界のトップを目指して成長を続けていた北島に大きな変化をもたらしたのが、2002年釜山大会だった。筋力トレーニングの影響で右肘に不安を抱えてる中での大会だったが、まず100メートルに優勝して手応えをつかんだ。世界記録の更新を目標に掲げて臨んだ200メートル決勝は流れるような大きなストロークで泳ぎ切り、自身初の世界新記録樹立となる2分9秒97で優勝を飾った。翌年の世界選手権はいずれも世界新記録で2種目を制し、2004年アテネ五輪でも2種目で金メダルを獲得する快挙を達成した。北島時代はその後も続き、2006年ドーハ大会、2008年北京五輪でも2冠を手中にした。(共同)