アスリートメッセージ
(写真提供:アフロスポーツ)
「もっと早くなりたいという気持ちはありましたが、だからといって何か特別なことをしていたというわけではありませんでした。走りたい気持ちのままに、好きに走ればいいと思っていたし、中学、高校時代は『放牧』状態でした。今は練習でも、食事でもいろんな情報があって、子どものころから、こうした方がいいとかって言われることもあると思うんですけど、僕は陸上競技のきつさみたいなものを知るのは、大人になってからでいいと思うんです。最初は自分の思うとおりにいっぱい走って、食べたいものをいっぱい食べて、知識は後でいいんじゃないかと。もちろん、そういう知識を自分で調べたりするのが好きな子もいるので、それはもう本人たちに任せて、子どもたちの『自由』を確保してあげることも大人には必要ではないかと・・・」
来年は大阪で陸上の世界選手権が行われる。開催国の選手として、陸上界の最大のイベントにたくさんのお客さんを集めたい、注目してもらいたいと願っている。
「興味をそそるには、メディアを通じて陸上競技の魅力を訴えていくというのもありますが、僕は選手なので『競技で表現すること』が自分のやるべきことだと思っています。自分の走っているところを見てもらって、何かを感じてもらえれば。今年は秋の国体にも出ましたし、出られる国内の大会はできるだけ走るようにしました。グラウンドでどのくらい、自分の走っているところを見てもらえるか。今年のシーズンは長いのでしんどいところもありますが、今は自分のためだけに走るのではなく、陸上競技界のために走っているというか、とにかく見てもらうために走るということを放棄してはだめだと思っています」
実際に生で末續選手のレースを見たことが何度かある。スタートとともに加速して、気がつけばぐんぐんと後続を引き離し、圧倒的な差をつけてゴールする。電光掲示板を見れば1位の末續選手と2位の選手とはわずかなタイム差しかないはずなのに、集団から抜け出し、ギアが切り替わるように一気に加速して行くその姿を目の前で見ると、次元の違う走りを見せつけられたような気がして、これこそ、世界で戦うスプリンターの走りなのかとドキドキしてしまうのだ。短距離の魅力をどんな言葉で語るより、末續選手の10秒もしくは20秒のレースをひとめ見れば、そのすごさを味わうことができる。
写真提供:アフロスポーツ )
国内のレースに多く出場し、2006年12月にはアジア競技大会出場と、例年以上にハードなスケジュールになっているようにも思うが、本人はそういった活動もまた「自分の『引き出し』を増やすことになる」と受け止めているようだ。
この『引き出し』という言葉はインタビュー中にも何度か聞かれた。
「フォーム変えることは怖くありませんかと聞かれることもあるんですけど、勝つためにどういう走りをしたいかと純粋に考えて、変えようと思ったことなので、怖いというより、むしろそういうふうに『引き出し』が増えることは楽しいことなんです。今年、たくさんのレースに出場したことも、そのひとつです。『引き出し』が増えたことで、来年どうなるのかも楽しみです」
この12月に行われるアジア大会では、「金メダルを取ります」ときっぱり。冬季ということもあって記録更新は難しいが、アジア1位は他国の選手には譲れないという。
「ドーハの競技場のトラックの状態とか、気になりませんかとよく聞かれるんですけど、そういうことに神経質になるものではないんですよ。みんな同じところで走るんですから。楽しいものですよ」
勝つための走りを追求し、細やかな努力や工夫を重ねていく細心さと、スプリンターへの固定観念にしばられない独自の奔放さをもって、末續選手は思う存分走り続けていく。
1980年6月2日生まれ、熊本県出身。178cm。
九州学院高から東海大学へ進学し、高野進氏に師事。卒業後はミズノに所属。
2000年シドニーオリンピックでは200m(準決勝敗退)、男子4×100mリレー(6位入賞)。2003年100mの自己ベスト更新、200mのアジア記録(20秒03)を樹立。同年パリ世界陸上選手権の200mで日本人初の銅メダルを獲得。2004年アテネオリンピックでは100m(17位)、400mリレー(4位入賞)に出場。2005年ヘルシンキ世界陸上選手権は、400mリレーで8位入賞。