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2024.10.08 Paris2024 Medalists’ Voices

努力を楽しむ若き挑戦者 ー よきライバルの存在がオリンピックで勝てる自分を育ててくれた(スポーツクライミング・安楽宙斗)

スポーツクライミング男子史上初の銀メダルを獲得した安楽宙斗選手(PHOTO:Yohei Osada/AFLO SPORT)

安楽 宙斗

パリ2024オリンピックで、TEAM JAPANスポーツクライミング男子として史上初のメダリストとなる銀メダルを獲得したのが、17歳、高校3年生の安楽宙斗選手である。金メダルに届かなかった悔しさも抱きながら、「もっと強くなりたい」と語る彼の素顔に迫る。

悔しさとうれしさのはざまで

――銀メダル獲得おめでとうございます。初めてのオリンピックで銀メダルとなりました。もちろん金メダルをとれず悔しいという思いもあるかとは思うのですが、一夜明けた今、改めてどんなお気持ちかお聞かせいただけますでしょうか。

 昨日はだいぶ悔しい気持ちでした。ただ、2位の銀メダルということで、1位ではなかったけど1個下の2位になることができたので、「よく頑張ったな」という気持ちもあります。だいぶ切り替えることができて、またこれから自分のやりたいことをやろうと思います。9月の大会に向けて、今回だいぶ点差をつけられてしまったリード種目で、次こそは頑張るぞという気持ちです。

――すでに練習したいという気持ちが強くなっているのですね。

 そうですね、強くなりたいなと思っています。

――少し休みたいといった気持ちはないですか。

 たしかにちょうど夏休みですし、久しぶりに誰かと楽しみながらクライミングをしたいです。オリンピックまでは「なるべく落ちないように」と落ちる回数を制限しながら、緊張感を持った練習にばかり取り組んできました。オリンピックが終わって1週間くらいは、いわゆる課題に向き合ってなどということではなく、仲間たちとおしゃべりしてリラックスしながらクライミングを楽しむということにフォーカスして楽しみたいなとも思います。

――せっかく楽しく始めた競技ですし、本来の楽しさを取り戻す時間にできるといいですね。周囲の反響はいかがですか。

 普段連絡をとり合ったり、しゃべったりしている人たちからは、ほぼ全員「おめでとう」と連絡がきました。全部返せてはいないですが、うれしいですね。自分に納得はできていないところもありますが、本当に多くの人たちが見てくれて、盛り上がってくれたのは良かったなと感じます。

――試合を振り返っていただきたいと思います。テレビなどで競技を観ていると、ここまでクリアすればメダルライン、ここまでいけば金メダルといったような情報がリアルタイムで画面に表示されますが、実際に登っている選手たちはそういうわけにはいきませんよね。しかも、前の選手が登っている様子も見られない中で、見えないライバルと、どのような気持ちで戦っているのでしょうか。

 歓声は聞こえるのですが、詳しいことまではわからないので、僕は、リード種目の際には自分の出せるものを全部出して、最大限上まで行くということを心がけています。このホールドをつかめば勝ちかなというようなことは、それほど気にしないです。とりあえず出せるだけの力を出して、結果がどうかは委ねています。

――リードの前のボルダーでは、 2つの完登を達成してトップに立ちました。ただ、何度かアテンプト(試技)を繰り返す中で疲れはなかったのでしょうか。

 そうですね。僕は他の運動も苦手で、基礎体力がまだ欠けていると今回改めて感じました。ボルダー種目が終わってから1時間あるかないかくらいのタイミングでリード種目が始まってしまいました。ボルダーで1位ではありましたが、そこで点差をつけられなかったのも痛かったですね。

――リードでは、緊張なのか疲労なのか、途中少し不安定さを感じるシーンもありました。ご自身の感覚としてはいかがだったのでしょうか。

 実際おそらく疲れもあったとは思うのですが、自分としてはそれほど疲労を感じることなく、またすごく緊張するわけでもなく登れたと思います。たしかに、途中で右横の方に移動する足場がなくなるようなパートがあって、そこではだいぶ危なっかしい動きになったのですが、そこもなんとか手を伸ばしてクリアしていった感じでした。最後のシーンは、我慢し切れずに「行っちゃえ」という感じで行って結果的に落ちてしまったので、悪いところが出たなと感じるリード種目にはなりました。

刺激になるライバルの存在

――日本男子史上初のメダル獲得ということになりました。安楽宙斗の名前がスポーツクライミングの歴史に残ることになるわけですが、改めてどのように感じますか。

 歴史に残りますかね。最初とはいえ、そもそもまだ2大会しかやっていないので当たり前なんですけど。本当にすごい快挙を成し遂げたという感じではないと思います。とはいえ、率直にうれしいです(笑)。

――ライバルとして競い合った選手たち、とくに表彰台に立ったトビー・ロバーツ選手(イギリス)やヤコブ・シューベルト選手(オーストリア)といったライバルたちについては、どのような印象をお持ちですか。

 ヤコブ・シューベルト選手は、30歳を超えてもなお、十数年競技を牽引している大ベテランです。僕は昔の大会を観ていないのですが、昔から積み上げたトレーニングの成果もあって、本当に今一番強いと思って尊敬しています。トビー・ロバーツ選手は僕よりたった1歳年上なのですが、オリンピックで世界一になるくらいボルダーも、そしてとくにリードも強いですよね。競技に年は関係ないのですが、ベテランも、同世代にもなかなか及ばないのですが、いいライバルがいることで、いつも刺激になっています。

――オリンピック会場は、満員でものすごい声援でした。登っている選手からすると、その歓声は後押しになるのか、プレッシャーになるのか、どのように感じていたのでしょうか。

 僕はあまり浮き沈みせずにやった方が安定したパフォーマンスを出せると思っているので、歓声に影響されないように頑張っています。クライミングにはチャラチャラした選手がいないので、歓声で気持ちが上がる人はあまりいないのではないかと思います。とくに、落ちたら一発で終わりのリード種目は、応援はすごくプレッシャーに感じると思うんですよね。実際、僕自身もそうなのがですが、応援のおかげで登りやすかったというのはあまり聞いたことないです。

――会場が静かな方が集中して登りやすいのでしょうか。

 ボルダーは、自分の最大筋力を出すというタイプの種目なので、応援があった方が力を出しやすいという場合もあるかもしれないですね。ただ、リード種目は、落ち着いて慎重に一手ずつ伸ばしていくことになるので、 歓声があると緊張します。また、ボルダーの中でも90度以下になるような壁のように丁寧にいくような動きが求められると、ワーッという歓声によってミスをしてしまうことはありえると思います。

――本当は、観戦している側もそういうことを理解した上でメリハリをつけて応援できたらいいのかもしれませんね。

 観て、応援して、皆さんが幸せな気持ちで盛り上がるのがいいことだと思うので、選手自身がいかにコントロールするかだと思います。

安楽宙斗選手はライバルの存在がいつもいい刺激になっているという(PHOTO:Yohei Osada/AFLO SPORT)

クライミングと数学の共通点

――ちなみに、数学が得意だと伺っています。クライミングも、攻略するためにはすごく頭を使う種目だと感じますが、高校生として勉学との両立が、競技にうまく活かされているという側面はありますか。

 最近はワールドカップもあって学校にあまり行けないことも多く、勉強面では高校の先生方にいろいろと助けていただいている状況です。ただ、僕はロジカルに考えるタイプなのですが、数学が好きというこの性格も、数学もクライミングもロジックに基づいて考えるということで共通しているからではないかと思います。

――たしかに、数学はまさにロジカルシンキングですね。

 はい。しかも、基礎をやり、どこかのタイミングで少しずつ応用していきます。クライミングも色々な動きを蓄えて、その課題に対して少しずつ引き出しを増やしていくという感じが似ていると思います。

――なるほど。安楽選手がここに来るまでには、涙を流すような日々もあったと聞いています。オリンピック出場までも大変な思いをされたと思います。オリンピックというステージに立って、どんなふうに苦労が報われたと感じますか。

 このオリンピックという大会で勝ちたいという思いで、そこに向けてワールドカップで感触をつかんだり、練習のなかで自分自身でいろいろと探ったり、競技をしてきて一番本気で考え抜いて、最大限に気持ちも込めて臨んできた大会でした。始まる前からもちろん金メダルをとりたいという気持ちはありましたけどが、結果はどうであれ、僕はここまで頑張ったということでかなり満足感があります。

――オリンピック初出場を果たして、銀メダルを獲得したことで、喜びと同時に悔しさも感じたように思います。今後、こうしていきたいという思いは何かありますか。

 今回2位だったので、もっと強くなりたいというのは単純な思いです。「どうしたら強くなるか」と考えてこれからも練習をずっとしていくわけですが、コーチもいるにはいるものの、実際にはほぼ自分自身で考えていろいろ実践してきました。強くなることも楽しいですし、どう直そう、どうやったら強くなれるかという過程も楽しいと感じるので、そこは今後楽しみですね。

――初めてのオリンピックに参加して、世界選手権やワールドカップなど、他の国際大会との違いを実感した特別な部分はありましたか。

 オリンピックが他の大会と違うのは、クライミングの露出を増やせることかなと思います。ワールドカップであればなかなかテレビ中継もないですし、ヨーロッパの大会となれば日本時間の夜中になってしまうことが多く、日本からは観づらい時間になってしまいます。一方、今回はテレビを通して、無料で、しかも遅くない夜の時間帯に観ることができたということで、多くの皆さんの目に触れて良かったと思います。露出が増えたことは、クライミング業界の成長にとっても大きなことだと思います。

――そうして注目が高まる中で、4年後のロサンゼルス2028オリンピックでの期待も大きくなっていくと思います。その点、ご自身はどのように考えているのか教えてください。

 オリンピックにすべてのピークを合わせて勝てたとしても、それがどういう意味を持つのだろうと思っています。僕のスタイルとしては、1大会1大会、次の大会に向けて、ここを直して勝ちたいというような感じでやってきましたし、4年後に向けてというよりも、普段からきちんとトレーニングをして、「普段からいつでも強い」といえる状態でいるのが一番理想的だと思っています。オリンピックではルールが変わりがちです。ロサンゼルス2028オリンピックのルールはまだ決まってないので、今はなんとも言えないですよね。もちろん、オリンピックが近づいてきたら考えますけど、今は本当にワールドカップに向けて、何回も何回でも勝ち続けていきたいと思っています。

――たしかに、そのように理想的な状態であれば、オリンピックがたとえどんなレギュレーションでも戦える状態になりますものね。

 はい。普段の大会で勝っていたら、オリンピックでも勝てるじゃないですか。オリンピックで絶対に勝つというより、普段の大会でしっかり積み上げてきていれば、オリンピックでも勝てると思う、そういう考えです。

――最後に、普段あまり話すことはないけど、これを伝えておきたいというようなことがあればぜひお聞かせください。

 僕、東京2020オリンピックの時は中学3年生で、オリンピックも観ていなかったんですよ。スポーツクライミングはもちろんやっていましたが、そもそも「オリンピックに出たい」と思っていなかったので全く観ていませんでした。でも、こうして3年後に表彰台に立つことができました。何か頑張りたいけど、失敗したらヤバいなと思ってしまうもいると思いますが、頑張ることはすごく楽しいので、ちょっと始めてみてほしいです。もちろん誰もがみんな1位を狙っているので、僕みたいにトップを狙ったとしても、今回のように2位になることもあります。でも、昨年、一昨年よりは、確実に成長できているとも思います。努力は楽しいから、ぜひ頑張ってほしいなというのが皆さんに伝えたかったメッセージです。

――素敵なメッセージですね。本当にありがとうございます。クライミング界のリーダーとして、これからも活躍してください。応援しています。

 ありがとうございます。頑張ります。

安楽宙斗選手(PHOTO:Reuters/AFLO)

■プロフィール

安楽宙斗(あんらく・そらと)
2006年11月14日生まれ。千葉県出身。身長よりも10センチ以上長い腕のリーチを生かした軽やかな登りが特徴。小学2年で父と近所のクライミングジムに足を運び、競技を始める。18年、小学6年の時に第1回アクアバンクボルダリング小学生競技大会で優勝。21年、初めて国際大会出場をしたIFSC 世界ユース選手権2021では、リードで優勝、ボルダーで準優勝を果たす。23年、ジャカルタで行われたIFSCアジア大陸予選に出場、ボルダーとリードの複合で優勝し、パリ2024オリンピック出場権を獲得。同年IFSCワールドカップでは、ボルダー、リードともに年間総合優勝の快挙を果たす。24年パリ2024オリンピックでは銀メダルを獲得。千葉県立八千代高等学校、株式会社JSOL所属。

注記載
※本インタビューは2024年8月10日に行われたものです。

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