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2026.07.09 Milano Cortina2026 Medalists’ Voices

0か、100か。攻めてつかんだ栄光
北京の悔しさから4年、リビーニョの地で流した重圧からの解放と喜びの涙(小野光希)

小野光希(スキー/スノーボード ハーフパイプ)

北京2022冬季オリンピックの悔しさを乗り越え、小野光希選手が4年越しにつかんだ女子ハーフパイプでの銅メダル。「置きにいって後悔するくらいなら、0か100で」と決勝1本目から攻めた21歳の決断と、解放と歓喜が入り混じった涙の理由に迫る。

北京から4年、夢をつかんだ銅メダル

――おめでとうございます。念願のオリンピックメダリストとなりました。改めてどんなお気持ちかお聞かせください。

<小野> ありがとうございます。何日か経って改めて、SNSでたくさんのメッセージをいただいたり、現地でもいろいろな選手から声をかけてもらったりして、「本当に夢がかなったんだな」と実感しているところです。うれしい気持ちでいっぱいです。

――メダルを実際に首にかけてみて、その重さはいかがですか。

<小野> 幼い頃からずっと目標にしてきたものでしたし、北京2022冬季オリンピックでの悔しさもあったので、本当になおさらいろいろな気持ちがこもったメダルになったと思います。

――6年前、ローザンヌ2020冬季ユースオリンピックでは金メダルを獲得されました。本物のオリンピックとユースオリンピックの違いは感じますか。

<小野> ユースオリンピックの時もかなり本格的な表彰式をしていただきました。街中の大きなステージもすごく豪華でしたし、「オリンピックとはこういうものなのか」とイメージが湧くきっかけになりました。そこから本当に順調に、北京2022冬季オリンピック、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックと2大会続けて出させていただいていますし、他の世界大会にもつながっていると感じています。ユースオリンピックの経験は、本当に大きかったと思います。

TEAM JAPANの仲間たちと止まらなかった涙

――予選から振り返ってください。2回目に76.00点を出して11位での通過となりました。決勝に向けての手応えはいかがだったのでしょうか。

<小野> 普段のワールドカップであればもう少し得点が出ていたと感じるので、オリンピックではみなさん1本目から決勝のような攻めたルーティンを決めていました。それに対して、私はちょっと技を抑えすぎたと思うので、得点としてもランクとしても妥当だったかなと後になって思いました。とはいえ、ギリギリすぎた順位だったので、「大丈夫かな、予選通過できるのかな」という不安も感じながらの予選でした。
 そんなわけで予選は苦しい展開になりましたが、決勝はその分スタート順が早かったこともあり、「後ろの選手たちにプレッシャーをかけるしかない」と前向きにとらえることができました。決勝1本目から、予選の滑りを引きずることなくいけました。

――自分を信じるために、どんなことを考えていましたか。

<小野> 自分の番が来るまで、ひたすらイメージトレーニングをしていました。「練習通りやるだけだ」と、それしか考えていませんでした。

――1回目、フロントサイド1080を決めると、その後スイッチバックサイド540も決めて、本当に素晴らしい滑りに見えました。ご自身の手応えはいかがだったのでしょうか。

<小野> フロントテン(フロントサイド1080)は直前の公式トレーニングで全部失敗していました。イタリアに入ってから、オリンピックパイプでは1回も決められていなかったので、かなりのチャレンジでした。それでも1本目から攻めようと思えたのは、オリンピックだからこそです。置きにいって後悔するくらいなら、もう本当に「0か100か」というくらいの気持ちだったので、本当にいい流れをつくることができたと思います。

――1本目で85.00点という得点を見た時には、どのようなお気持ちでしたか。

<小野> 予選の点数がちょっと渋く感じていたので、どのように評価されるか不安な部分も大きかったのですが、きちんと評価してもらえたと思うので、「安心した」という感覚でした。

――2番滑走だったので、メダルが確定するまでに時間がありました。後から滑る選手に対しては「失敗してくれ」と願ってしまうような気持ちもあるのではないかと想像するのですが、小野選手は正直なところどのような気持ちでいらっしゃいましたか。

<小野> たしかに、他の選手がいい技を決めれば順位が下がる可能性もありますので、複雑な気持ちもありました。でも、純粋に「全員に技を決めてほしい」「みんなが決めた上で私が勝ちたい」という気持ちがブレることはありませんでした。1本目のランにすごく自信もありましたし、これ以上ないクオリティで決められて、「勝てるはず」というような自信も少しだけありました。そのくらい1本目で本当にいい滑りができたと思います。

――会心の滑りだったということですね。メダルが確定して、涙があふれる姿も印象的でしたが、うれしさだったのか、プレッシャーから解放された安堵からだったのか、あの涙にはどのような感情が込められていたのでしょうか。

<小野> まさにおっしゃる通り、解放されたような感覚と喜びとが入り混ざった気持ちでした。オリンピック選考が始まった2年前から、一つ一つの大会がすべて重くて、プレッシャーもすごく感じていました。2大会連続でオリンピックに出場することで、「今回こそは結果を残さないといけない」と、自分で自分を追い込んでしまう気持ちもありました。ですから、目標を達成できた上にその重圧から解放されたことで気持ちが楽になったということが、私の中で大きかったです。
 私は(チェ・)ガオン選手(韓国)と仲が良いのですが、今まで一緒に表彰台に乗ったことが1回くらいしかありませんでした。今までずっと一緒にいろいろな練習をしてきましたし、お互いにケガをする場面も見てきていたので、一緒に表彰台に乗れることを本当に良かったなと思い、思わず涙が止まりませんでした。

――TEAM JAPANのメンバーは、4人全員が決勝に進みました。仲間でありライバルでもあるというみなさんとは、どのような声がけをされていたのですか。

<小野> 試合中は本当に人それぞれです。1本目を終えた時点で(清水)さら(選手)と(冨田)せな(選手)は転倒していました。とくに、せなは公式トレーニングでケガをして、体を痛めていたこともあったので、声をかけられる状況ではありませんでした。1本目を決めた(工藤)璃星(選手)とは、「次は、本当に攻められるね」「何の技をやるの?」といった感じでリラックスした会話ができていました。
 下の世代から追いかけられる立場でしんどくなるかなという予想をしていたのですが、本当にそれぞれ良い関係です。すごくいいチームワークの中で、ワールドカップやオリンピックを回ってくることができて、本当に恵まれたありがたい環境だと思っています。それが自分にとってもプッシュしてもらったりエネルギーにもなったりしていますし、私は彼女たちの存在が大きかったと感じます。

MATSUO.K/AFLO SPORT

スノーボードの魅力

――イタリアでのご飯はいかがですか。楽しんでいますか。

<小野> 選手村ではあまり食べることがなくて……、ほとんど味の素さんのご飯を食べていました(笑)。ただ、ピザはおいしかったです。

――そうだったのですね。現在、大学4年生ということですが、学業と遠征の多い競技生活はどのように両立されてきたのでしょうか。

<小野> 卒業単位の半分くらいはオンラインでとれるシステムになっているので、シーズンがない春学期に対面授業をほとんど詰めるようにして、秋学期はオンラインでとれる授業をたくさん受けていました。遠征の合間に課題を出したり、テストを受けたりすることもありました。時差の関係で、夜中に起きて授業を受けることもあったのですが、面白い授業も多く、自分のためになることばかりでした。友達もたくさんできましたし、あっという間の4年間で、つらかったことは思い当たらないです。

――大学の友達のサポートもあったのでしょうか。

<小野> アスリートも多かったので、授業に行けないのもお互いさまという部分もあり、みんなで資料を渡し合ったり、課題について助け合ったりしながら取り組んでいました。

――そういえば、小野選手は観覧車が苦手と伺いました。

<小野> はい、そうなんです(笑)。

――とんでもない高さで自分の体が宙に浮いている感覚があると思いますし、12月にはヘルメットが割れるような大きな転倒もありました。この競技にとっては、恐怖心との戦いもつきものだと思いますが、どのように克服されているのですか。

<小野> 自分でスピードをつけて飛んでいるのでその点ではコントロールもできますし、高さに関して言えば私は全く恐怖心がないです。でももちろん、ケガや激しい転倒の後は、その技がトラウマになることはあります。ただ、12月のケガは復帰までに時間もかからなかったですし、本当に得意な技の中でしたケガだったので、「今までやってきた練習通りにやれば絶対大丈夫」という確信もあって、すんなり乗り越えられた感覚でした。

――オリンピックで初めてスノーボードを観たという方もいると思います。ハーフパイプ、ぜひここを注目してほしいといったポイントがあれば教えてください。

<小野> ハーフパイプは選手一人一人の個性が目立つ競技なので、いろいろなルーティンに注目して観てほしいです。迫力がすごくて怖く感じるかもしれませんが、普通に少し飛ぶだけでも本当に非日常を感じられるはずです。私もそこが好きでハーフパイプにのめり込んでいきました。興味を持ってくれた小さいお子さんには、スノーボードも、ハーフパイプもぜひ体験してみてほしいです。

――ありがとうございます。楽しいお話をありがとうございました。

<小野> こちらこそ、ありがとうございました。

Koji Aoki/AFLO SPORT

■プロフィール

小野 光希(おの・みつき)
2004年3月5日生まれ。埼玉県出身。3歳でスノーボードを始める。18年・19年とジュニア世界選手権女子ハーフパイプで2年連続金メダル。20年ローザンヌ冬季ユースオリンピックでは女子ハーフパイプ金メダルを獲得。北京2022冬季オリンピックで自身オリンピック初出場を果たし女子ハーフパイプ9位。ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでは決勝1本目に85.00点をマークし、銅メダルを獲得した。26年3月早稲田大学スポーツ科学部を卒業。Burton所属。

Naoki Morita/AFLO SPORT

注記載
※本インタビューは2026年2月15日に行われたものです。

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