支援・試み
ガバナンスコードの意義、そしてアスリートが再び輝く場としての理事
見えてきた変化
今は女性の活躍している姿が割と多く見えるようになってきました。橋本聖子さんがオリンピック大臣になられましたが、女性がスポーツを牽引していく立場にいることが、女性選手たちに引退後の道筋を1つ示していると思います。また橋本さんのほかに、鈴木大地さんや馳浩さんがあのような立場(鈴木さんはスポーツ庁長官、馳さんは衆議院議員)にいらっしゃることによって、スポーツの価値も上がってきていると思います。スポーツを応援する風が強く吹いてきているように感じます。
これから女性理事にもっと活躍していただくためには、今回のインタビューで、「競技団体には女性の理事がこれほどたくさんいて、こういうふうに活躍しているんだ」ということをまず皆さんに認識していただき、他人事ではなく、「自分も何かできるのかな」と考えるきっかけにしてもらうことがまず1つかなと思っています。そして、もう1つはやはり理事の育成です。いきなり理事になるというのはハードルが高いと思いますので、各競技団体やJOCの人たちが、コミュニケーションを図り、なるべくいろいろな人に声をかけながら、東京だけでなく、さまざまな地域の方々にも理事育成についての意識が広がっていけば、地域に根ざし、自信を持って立ち上がれて、家庭と両立しながら運営側に参加するきっかけになると思います。
理事になるのは本人の意思だけではなくて、そこを取り囲む男性陣や、今までの環境にいた人たちからの理解がないと難しいと思います。女性だけが変わるのではなく、受け入れる側にもしっかりとしたアプローチが必要だろうと思います。
今までは、理事の立場にいる人のなかでも、「女性理事を40パーセントというのは難しいよね」と難色を示す人のほうが多かったと思いますが、「40パーセントなんて夢物語だよね」というようなところから、ガバナンスコードができて、達成しなければ制裁が科せられるということで、「本腰を入れなければいけない」というふうに、意識の変化が見え始めたように思っています。
動き出した陸連
陸連には男性の理事が多いんです。今、女性の理事は私と有森さんの2人だけです。女性理事を増やすための手っ取り早い方法は、有識者や外部の方に理事会に入っていただくことですし、いろいろな角度から意見を言っていただくのはとても大切だと思いますが、スポーツ界でも選手から理事になる人材を育成するカリキュラムを作らなくてはいけないとも思っています。ガバナンスコードができて期限を決められたのは、大きく動いた瞬間だったと思います。
陸連でも女性委員会が立ち上がり、私もその一員なので、陸連のほうでも、どうして女性理事が少ないのかというJOC女性委員会の分析について話をさせていただいています。家庭に入ったあと、キャリアが止まったあとの女性アスリートに、どのように新たな活躍をしていただくか、どのように理事の育成を行っていくか、ということについてのセミナーやカリキュラムを、全国で行っていくことを考えています。
理事に女性を増やすとなると、地域の代表にも女性を置かなければいけません。地域の陸連、陸協のなかに女性がほとんどいらっしゃらないので、それぞれの地域で4年間ごとの育成カリキュラムを作って、スケジュールを組んでいく必要があると思います。そこには私や有森さんも参加し、女性たちの背中を押しながら育成に協力して、1つの筋道を作りたいな、と思っています。今回、陸連では割とスピーディーに女性委員会を通じて対策を練り始めたかなと感じています。
アスリートをいかに巻き込むか
多くの選手は、理事といっても何をするのかわからないし、何が自分にできるのかもわかりません。携わったことがないと自信がなくて、「私でなくてもいいのでは?」と思いがちですが、選手の人たちにセミナーなどに参加してもらって、「想像していたのとは違う」と思っていただいたり、セミナーの場で「あなたのこういうところが求められていますよ」というところに焦点を当てて、運営側から選手1人ひとりに声をかけたりすると、「まだ自分が輝けるんだ、自分がやれるんだ、自分が求められているんだ」、と選手の気持ちに非常に火がつきやすいと思うのです。ですから、声をかけたい選手のことを調べて、探ってみてもいいのかなと思います。
先ほどJOCのイメージについて「堅い」と言いましたが、見えない何かに向けて1歩を踏み出すのはとても怖いことであり、先が見えないと、「やらなければ良かったのではないか」などと思いがちです。確かに「しなければ良かった」と思うこともあり、私もそう思ったことがありますけれども(笑)、それも1つの経験になるのではないかと思います。
アスリートに向き合う
アンケートを依頼すると、「このようにして私たちのことをきちんと見てくれているのですね」という意見が聞こえてくることがあります。アンケートは、回答するのは面倒くさいし、こちらも申し訳なく思って実施するのですが、そうして選手に関心を寄せることで、自分が懸念していた反応ばかりが出てくるわけではないことがわかりました。
「理事になりませんか」と声をかけられて「嫌だ」と思う方は、実はあまりいなくて、「自信がない」、「やり方がわからない」というだけのことで、「私のことを必要としてくれているかもしれない」と感じることは、決してマイナスな感情ではないと思うのです。そうしてお互いのコミュニケーションを広げていくことが大きなポイントだと思います。
自分が求められている場所として
たとえばの話ですが、50キロ走るつらいマラソンの練習をするときには、モチベーションが必要です。私は「走るのが楽しい」という気持ちでつらい気持ちを越えられました。有森さんのように、「私は走るのは好きではないけれど、これを私は仕事としてやるんだ」というプロ意識がモチベーションになる方もいます。私は、「どのようなことでも、モチベーションになればいい」と思っているのです。
ですから、全員が全員、「陸上への恩返し」という思いではなくても、「自分は今求められているのだ」、「現役を終えても私が輝けるところはあるのだ」ということでもいいと思います。現役のときの情熱を、理事という立場から競技に注ぐ。その理事を「やりたい」「やってみよう」と思う理由は、十人十色でいいと思っています。まず、自分に合った形の情熱で1歩踏み出していただければいいな、と思います。