24オリンピックデー・フェスタの10年 ̄くさん集まってきてくれました。震災前、町には全町民が参加して行う町民体育祭がありましたので、その思い出がみなさんのなかに強烈に残っていたことが大きかったようです。 思い思いのスポーツをする格好で、ウキウキと明るい顔で集まってきました。オリピアンのみなさんも元気いっぱいで、すぐにチームは一つになりました。 私は一度、参加者としても参加させていただいたのですが、このとき、宮下純一さん(水泳/競泳)のチームになりました。子どもの「どうやったらオリンピック選手になれますか?」という質問に「ご飯をいっぱい食べること」と答えられ、爆笑したことは忘れられない思い出です。 デー・フェスタは心から笑顔になれる、最高のイベントでした。被災地復興に大きな役割を果たしたデー・フェスタから生まれた笑顔福島県 企画調査部 文化スポーツ局 オリンピック・パラリンピック推進室指導主事 清水 裕之 初めてオリンピックデー・フェスタ担当と心から笑顔になれる最高のイベント元・担当者 現双葉町議会事務局主任主査兼係長 加村 めぐみ 東日本大震災、原発事故で町民は全国に散らばり、集まって笑う機会がほとんどありませんでした。たとえ集まっても、そこでする話は厳しい避難生活のことが中心となってしまいます。避難先での健康維持が難しいという話も聞き、気になっておりました。そんな町民のみなさんが体を動かすきっかけづくりになったのが、デー・フェスタでした。 しかしながら、最初はたいへんでした。全国の避難先に散っている町民のみなさんに、どうやってイベントの告知をするのか。また、会場への交通手段をどうするのか。お子さんや年配者のことを考えると、自家用車での移動となりますが、それでは集まりが悪くなる可能性があります。いっそ、町でバスを仕立てたらどうだろう、ということになり、東京からいわき、新潟からいわき、仙台からいわき、などいくつかのコースを設定し、手配しました。実はこれが一番たいへんでした。 迎えた当日。全国から町民のみなさんがた開催地から福島県
元のページ ../index.html#26