Athletes’ Voices 【パリにかける想い】
苦難の先の光を見据えて

桃田 賢斗
長年にわたって日本男子バドミントン界のトップを走り続けてきた桃田賢斗選手。彼を突如襲った交通事故、苦杯をなめた東京2020オリンピック……、競技生活最大の苦しみを乗り越えて、パリ2024オリンピックに向けた戦いに挑む桃田選手が、現在の胸中を語る。
弱さを認める強さ
――パリ2024オリンピックまで1年あまりです。現在の状況をどのようにとらえていらっしゃいますか。
最近はあまり納得のいく成績を残せていないですが、自分なりに模索しながら少しずつ状態も良くなってきて、日々の練習に対しても前向きに取り組めていると思います。
――具体的な課題はありますか。
自分が考えているイメージと、実際に自分が実行しているプレーの質に差がある気がしているので、その差を埋めるために体づくりから積極的に取り組んでいます。練習量を増やしていくことで、自分の中でも自信を持ってプレーできつつあるのかなと感じています。
――桃田選手ほどのアスリートから「感覚がずれている」というような話を聞くと意外に感じる方も多いのではないかと思います。イメージと現実のギャップというのはこれまでにあったものなのでしょうか。
これまでそうしたギャップを感じたことはなかったのですが、2020年に交通事故に遭った時に、自分の中で積み上げてきた経験や技術が全てゼロになってしまった感覚がありました。弱くなっていることを認めたくない気持ちと、もっとやれるはずだという気持ちが整理できないまま、ずっとモヤモヤした時期が続いていました。「ここが足りない」という部分をしっかり明確にして、普段の練習から「自分は弱い」ということを素直に認める強い気持ちを持てたことが、最近少しずつ復調してきている要因だと思います。
――「自分自身を弱いと認める強さ」という言葉には深さを感じます。モヤモヤした思いを吹っ切ることができたきっかけは何だったのでしょうか。
少しの期間休ませていただき、実家に帰って、両親と昔の話をしたことだと思います。自分でも満足のいく戦績を出せていた時は圧倒的な自信がありました。一方、戦績が出ていない今、どうやって自信をつけようと考えた時に、やはりひたすら練習するしかないと気づいたんです。自分ではずっとストイックに練習できているつもりだったのですが、練習そのものの方向性や、バドミントンに対する気持ちを少しあらためたほうがいいのかもしれないと感じました。 バドミントンは基本的に現役生活が短いスポーツです。自分もあとどのくらいプレーできるかわからない今、「悔いだけは残したくない」「やり切りたい」と思い練習に取り組んでいます。自分の足りないところを見つめて、逃げることなく練習に取り組めるようになって、プレーも変わってきたのかなと思っています。

特別だったオリンピックの舞台
――東京2020オリンピックは1年遅れで開催されました。初めて出場したオリンピックはいかがでしたか。
以前は、「オリンピックに対してどういう気持ちですか」と質問された時に、「普段の大会と変わらない」「やることはいつもと同じだろう」と思っていたんです。実際にオリンピックに出てみると、1球に対する選手たちの熱量や緊張感が全く違うと感じましたし、試合が終わり、負けた後も、自分の中にすごく込み上げてくるものがあって、オリンピックはいつもの大会とは違って特別なのだとわかりました。 「4年に1度だから簡単にミスをしないようにしよう」と考える選手もいれば、「4年に1度だから楽しもう」と思い切りのいいプレーをする選手もいます。自分は前者のタイプで、東京2020オリンピックでは不完全燃焼のまま気持ちが引いて負けてしまったのですが、4年に1度しかない大会でいつも通りのプレーをする難しさを実感しました。負けたくないけど思い切りよく大胆にプレーしないといけない。そんなメンタルのバランスを保つことが難しいと感じました。
――オリンピックを経験した桃田選手だからこそ、パリでの戦いに期待が高まります。
東京2020オリンピックの時よりも、そういう気持ちはすごく強くなっていますし、準備の仕方も変わってくると思います。5月から始まるオリンピック出場枠をめぐるレースでは、経験を活かして、悔いのないように戦っていきたいと思います。
――まずは、オリンピックに出場するための戦いが待っていますが、どのように向き合っていこうとしていますか。
オリンピック出場がほぼ決まっているような選手は、今からオリンピックに向けて照準を合わせられるとは思うのですが、今の自分が置かれている立場はそうではありません。雑草魂のような気持ちで、一戦一戦死に物狂いで戦っていくつもりです。 かつては、かっこいいプレーや綺麗なプレーを目指していましたが、今は形なども関係なくとにかく1点1点を貪欲にとりにいかないといけません。がむしゃらに戦って勝利していくことで、自然と自信も地力もついてくるのではないかと思います。
――桃田選手には、人一倍多くの困難が立ちはだかってきたように感じます。その都度、どのように乗り越えようとしてきたのでしょうか。
自分が苦しい時に、必ず周りの方々が本気でサポートしてくださいました。「このまま終わっちゃダメだ」と何度も気づかされて、周りの人への感謝の気持ちが生まれ、皆さんに恩返ししたいという気持ちが今の自分のモチベーションになっています。
――さまざまな経験を乗り越えた今、桃田選手は、ご自身の魅力や成長をどのようにとらえていらっしゃいますか。
勝てていた時の自分はすごく自信もありましたし、堂々としたプレーができていました。「あの頃はよかった」と思うこともありましたし、交通事故を経験した後は、「自分はあの車に乗っていただけなのに……」と何回も考えてしまっていました。でも今は、そういった全ての出来事を自分の中で受け止めて、何か意味があるからその出来事が起きたと思えるようになりました。この状況を乗り越えられれば、自分自身さらに強くなれると思っています。 以前と比較して、自分のどこが成長したのかと聞かれると、正直なところ明確に答えることができません。ですが、それも今後、「ここが成長した」と自分の言葉で具体的に伝えられるようにしていきたいと思っています。ここからパリオリンピックに向けて厳しい1年が始まりますが、単なる勝ち負けの結果だけではなく、過程も含めて新しい自分を見つけていけるような1年間にしたいと思います。
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