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人類にプラスのレガシーを

人類にプラスのレガシーを 〜オリンピックの素晴らしさ〜


田原 淳子(国士舘大学教授)

オリンピックの願い

オリンピックは、この根本原則に示されているように、若い人たちがスポーツを通じて調和のとれた人間となって人生を歩んでほしいという願いを込めて創造されました。オリンピックを創設したピエール・ド・クーベルタンは、フランスの教育者です。クーベルタンは、イギリスを視察する中で、スポーツを教育に取り入れることが青少年を育成する上で必要不可欠だと確信しました。

そのスポーツを、貧富や身分、性別、人種などによるいかなる差別もなく、世界に普及させるために、当時はまだ珍しかった国際競技会を多競技種目で同時期に実施することを提案したのです。そして、4年に一度という古代オリンピックの例に倣い、定期的なリズムをもって世界の若者が一堂に会し、スポーツによる国際交流を行うことにしました。

それにより、人々が無意識のうちに抱いていた他の国や地域の人々に対する偏見を減らし、自分たちとは異なる生活習慣や考え方をもった人々のことを受け入れ、互いを尊重することの大切さを学ぶ機会にしたのです。こうしたオリンピックの歩みが、やがてオリンピックにかかわった人々を通じて世界の平和に貢献することになると信じたのです。

クーベルタンは、オリンピズムを世界に広く伝えるために、さまざまな工夫をしています。オリンピックムーブメントの活動と五大陸の団結を表すというオリンピックのシンボルやオリンピック旗、開会式や閉会式の式典内容、オリンピック憲章などがあります。オリンピックのモットーとして知られる「より速く、より高く、より強く」(ラテン語でCitius-Altius- Fortius)もそのひとつです。

オリンピックの名句

「より速く、より高く、より強く」は、より優れた存在になることを目指すという意味で、オリンピックや競技スポーツの代名詞のようにも使われます。この言葉はもともと、高校の校長をしていたドミニコ会のアンリ・ディドン神父が考案し、1891年に生徒たちの陸上競技大会で学校のモットーとして述べた言葉です。すべての生徒が、自分のレベルの中で少しでも向上できるように頑張ろうという意味で、他人と比較しての優劣ではなく、基準はあくまで自分自身であり、現在の自分から一歩でも前に進もう、そのために行動しよう、ということを説いています。

この競技会を参観していたクーベルタンは、1894年のIOC設立時の会議で「より速く、より高く、より強く」をオリンピックのモットーにするよう提案し、採用されました。「より高いパフォーマンスを通して、人間の完成に向けて永久に励む(努力する)こと」を意味するこの言葉は、単に競技力の向上だけではなく、競技力を高めていく中で、人間としても日々向上していくことを目指す考え方なのです。先にご紹介したオリンピアンたちは、まさにオリンピズムの体現者であり、素晴らしいお手本といえるでしょう。

オリンピックの価値

このように、オリンピズムという理念が存在することが、他のさまざまな競技会とは異なるオリンピックの特徴であるともいえます。オリンピズムは、オリンピック選手や関係者に限らず、すべての人に開かれた理念です。それは、より高い存在になることを目指して努力する中での営み(過程)に価値を置く、心身のバランスのとれた生き方を説いています。したがって、すべての人がオリンピズムを人生の哲学として歩むことができるのです。私たちが、オリンピアンの姿に一喜一憂し、元気や勇気をもらえるのも、心の中に共通する何かがあるからではないでしょうか。

IOCは、近年、オリンピックの価値を卓越性(Excellence)、友愛(Friendship)、尊重(Respect)という3つのキーワードで表現し、世界の若い人々がこれを頭で理解するだけではなく、身をもって行動することを求めています。オリンピズムが個人から社会へ、国や地域へ、そして世界へと、言葉だけでなく実践を伴って深く浸透していったとき、どのような世界が実現するのでしょうか。

オリンピックは、競技スポーツを中核としながらも、そこには国や地域間問題、ドーピング、放映権とジャーナリズムなど、さまざまな分野の世界が絡み合い、各方面に大きな影響を与える巨大イベントに成長しました。オリンピック自体もまた、人類の英知を結集して、それらを連携・調和させ、人類にプラスのレガシー(遺産)を残し続ける模索の中で歩んでいるといえるでしょう。