JOC OLYMPIAN 2021
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07もらえたり、そういうメッセージをいただけたりしたことがすごくうれしかったです。いろいろな人の姿を見て「頑張ろう」とか「もうちょっとできるかも」と思えることは絶対にあると思うのですが、自分自身、今回少しできたかなと思います。ここまでたどり着いた道のりも含めて、自分をもっと知ってもらって、ちょっとでも勇気を持ってもらえたらうれしいです。ら、今まですごく悩んできたことを気にすることなく、すごく落ちついて滑らかに泳ぐことができました。また、ターンで詰まりそうだったらあと一かきする、かくかかかないか迷ったら体を伸ばす、というここ5年ほどずっと言われてきたこともしっかり対応できました。これが、200mでも最後の50mにつながったと思います。――自分を客観視している自分がいるというようなことは、これまでにも経験があったのですか。大橋 はい、あります。それはすごく調子が良い時で、メダルをとった過去のレースは、いわゆる「ゾーンに入る」ような感覚で、異空間にいながらすごく自分のことに集中できていました。言葉にするのは難しいのですが、全てが自分に味方をしてくれているというような感覚がありました。1年延期がもたらした影響――新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、大会が1年延期となりました。どのように向き合ってきましたか?大橋 現役中にこのような時代に遭遇することってあるのかと……、延期になった時はすごく戸惑いました。でも、自分自身、去年の3月の時点では、この状態で金メダルはとれないなと感じていました。だからこそ1年の延期を「時間ができた」と捉えて向き合えたことがすごくプラスに働いたと思っています。――なるほど、ラッキーだった面もあったのですね。大橋 ラッキーでしたけど、やはりしんどいことはしんどかったです。オリンピック後のことを考えた時に、全て先延ばしになるっていうのはすごく苦しかったですね。とくに、前年12月の練習が本当に苦しかったのですが、こんなに追い込む練習は最後だからと自分に言い聞かせて取り組んだのに、もう1度その苦しみを味わうことになると思ったらきついものがありました(笑)。――1年延期になってもコロナ禍は収束せず、賛否両論あるなかでのオリンピック開催となりました。どんな心境でしたか。大橋 すごく難しかったです。どうなってもオリンピックがあるんだと思ったのは6月下旬くらいだったと思いますが、それまでは、本当にできるのか、できるとしてもやって良いのか、という葛藤が自分のなかでもありました。開催する価値があるのか、これまでの大会と同じように結果を喜んでもらえるのか、というような心配や不安もありました。――金メダルを2個獲得したことで、多くの方々が喜んでくれたと思います。スポーツの価値、オリンピックの価値、水泳の素晴らしさを伝えていく選手としても期待が高まりますね。大橋 大会前からスポーツの価値が問われていたと思いますが、私たち選手からは、一瞬でも「いいかも」とか、ちょっとでも「感動した」とか、心揺さぶられるものがあったらそれで良いと思います。仮に大会開催に反対をしていた人でも、大会を見ることで喜んでInterview & Text/中村聡宏大橋 悠依(おおはし・ゆい)1995年10月18日生まれ。滋賀県出身。姉の影響を受け、幼稚園時代に水泳を始める。小学校3年時に50m背泳ぎで初めてジュニアオリンピックに出場。2014年に東洋大学に入学。17年日本選手権で優勝。同年、世界選手権では200m個人メドレーで銀メダルを獲得。200m・400m個人メドレーの日本記録保持者。21年東京2020オリンピックでは400m個人メドレー、200m個人メドレーで夏季大会では日本女子初となる2冠を達成。イトマン東進所属。全文はこちらPhoto/PHOTO KISHIMOTOPhoto/PHOTO KISHIMOTO

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