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2026.05.15 イベント

「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック感謝イベント オリンピアントークショー」を開催

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「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック感動をありがとう企画トークイベント」を開催(写真:フォート・キシモト)

 公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)は4月26日、三井不動産レジデンシャル株式会社とともにオリンピック・ムーブメント推進拠点であるTEAM JAPAN 2020 VILLAGE内のCafe & Restaurant CENTRALE(カフェ アンド レストラン セントラーレ)にて「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック感謝イベント オリンピアントークショー」を開催しました。

 本イベントは、スポーツが街と社会にポジティブな影響を生み出すことをめざし、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの熱と感動を多くの方に届け、夢や努力の大切さやアスリートへの憧れを醸成することを目的とし、ゲストとして髙木美帆選手(スケート/スピードスケート)と佐藤綾乃選手(スケート/スピードスケート)が参加しました。

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挨拶をする髙木美帆選手(写真:フォート・キシモト)
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挨拶をする佐藤綾乃選手(写真:フォート・キシモト)

 イベントが始まり、両選手が入場すると駆け付けた120名以上の来場者から大きな拍手が送られました。登壇した髙木選手は「このようなイベントに出ることも、この距離感で皆さまとお話しすることも初めてなので、非常に楽しみにしてきました。短い時間ではありますが、楽しい時間を過ごせたらと思います」と、佐藤選手は「私も美帆さんと同じく、このような距離感でのイベントは初めてです。昨日の応援感謝パレードに来られた方々もいらっしゃると思いますが、もっと近い距離で皆さんとお話しできることを非常に楽しみにしていました」と挨拶しました。

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トークイベントの様子(写真:フォート・キシモト)

 続けて司会の進行に合わせ、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの振り返りや今の思い、アスリートになるまでに取り組んでいたことなどについてトークイベントが行われました。

―今大会、印象に残っているシーンはありますか?振り返ってどんな大会でしたか?
■髙木選手
「前回の北京2022冬季オリンピックはコロナ禍で無観客でしたが、今回はたくさんの観客がいる中で滑れたことが一番印象に残っています。北京2022冬季大会の時は静かだったこともありますが、今大会は特に日本の方々の応援はすごかったと感じています。また、オランダ人の観客でオレンジ一色となったスタンドから、日本語の応援が真っ直ぐ届いてきたのが、非常に印象的で、背中を押してくれる応援でした」
■佐藤選手
「ヨーロッパ開催ということで改めてヨーロッパ勢の応援の凄さを感じつつも、日本の皆さまの応援が背中を押してくれたなと強く感じました。自分にとっては最後のオリンピックになるという気持ちで臨んだ大会であり、何が何でも絶対にメダルを獲りたいという思いで挑みました。3大会とも美帆さんと一緒にメダルを獲ることができ、大変嬉しく記憶に残る大会になりました」

―今までの大会や獲得したメダルの中で特に印象に残っているものはありますか?
■髙木選手
「よく聞かれますが、難しいですね…。特にオリンピックでメダルを獲るということは、私にとって特別なことでもあるので、どのメダルに対しても思い出やそれまでに掛けてきた時間がギュッと詰まっているものなので、やはり1つに絞るのは難しいなというのがいつもの答えになります」
■佐藤選手
「以下同文って感じです(笑)しかし、このオリンピックのメダルの重みや特別さを感じたのは、初めて出場した平昌2018冬季大会の金メダルだったのかなと感じます」

―思うように結果が出なかった時期や、何かご苦労された時期はありますか?
■髙木選手
「私は15歳の時にバンクーバー2010冬季大会に出場することができましたが、その後19歳の時のソチ2014冬季大会には出ることができませんでした。その頃というのは、非常に伸び悩んでいた時期で大変だったなという記憶はあります」

―そのぐらいの年齢の時って自分の体力的にもピークなはずなのに…と落ち込みますよね。
■髙木選手
「そうですね。その時に思っていたのが、『次がある』ということでした。私は23歳の時の平昌2018冬季大会がピークなのかなと思っていました。『次がある』と思って挑んでいたことが、自分の成長を妨げていた大きな原因だったのかなと感じ、そこからはもうオリンピックは最後だという気持ちで挑むようになりました。非常に辛いスポーツで、私自身そこまで自分に厳しくないので、そういう風に設定しないと追い込みきれないところがあります」

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トークイベントの様子(写真:フォート・キシモト)

―出場したオリンピックでは団体パシュートでいずれの大会でもメダル獲得という素晴らしい成績でしたが、大変だった大会はありますか?
■佐藤選手
「一番大変だったのは、平昌2018冬季大会のチームパシュートです。その前の年に、日本代表のチームパシュートのメンバーとして参加させていただきました。私はジュニアでもやっていましたが、スピードや戦術の考え方のちがいを感じ、それをインプットして体現させるというのが大変苦労したなと今でも強く記憶に残っています」

―それをどうやって乗り越えられましたか?
■佐藤選手
「美帆さんをはじめ、その当時、他に3人先輩がいて一緒にやってきましたが、厳しくも優しく、とにかく向かっている場所や目標は一緒なので、その時からチーム力というのは非常に強く感じていました。大変というよりは、とにかく私がこのメンバーの中に入り、このチームの力になりたいという思いが強く出てきたことで、その苦労やギャップというものを乗り越えられたのかなと思います」

―髙木選手、当時のこと覚えていますか?
■髙木選手
「私からすると、彼女からは『絶対に離れないぞ』、『私がオリンピックで滑る』くらいの負けん気の強さは当時から感じていました。それが彼女の強さの秘訣でもあるかなと思います」

―逆に佐藤選手からご覧になって髙木選手はどんなキャラクターの先輩ですか?
■佐藤選手
「こうやってたくさんの先輩たちがいる中で一番年が近い先輩でもあり、パシュートだけじゃなく、日頃の生活でもそうですが、一番面倒を見てくれて、アドバイスをくれた存在です。私が美帆さんと出会ってからこの引退に至るまでに、一番長く過ごしてきた先輩でもあるため、一言ではなかなか表せられないです。私から見てももちろん美帆さんはすごい成績も残していますし尊敬できる先輩ではありますが、素の美帆さんも知っているので、友達でもあり、先輩でもあり、本当に尊敬できるスケーターでもあるといった印象です」

―個人としてのスピードスケートと団体競技の団体パシュート、それぞれに面白さや難しさがあると思いますが、そのあたり教えていただけますか?
■髙木選手
「個人種目の方は自分のことだけ、また自分の滑るレーンだけを考えてレースに挑みますが、団体種目のチームパシュートになると、特に私は先頭を引っ張ることも多かったので、一緒に滑る仲間たちの状態を考え、お互いをどうやってフォローするかが重要になってきます。その視野を広く持つために自分にも余裕を持とうというような変化があり、それがオリンピックの中でも非常に感じました。パシュートを挟むと、自分にも余裕やリズムを取り戻すような感覚があったので、そういった自分の気持ちの変化が個人種目と団体種目ではあります。やはり仲間と共に挑めるというのは、その心強さと責任感といった絶対に迷惑をかけたくないという気持ちもあるので、自分の本当のベースを強くさせてくれる種目でもあったなと思います」

―各選手にどのような役割があり、どうやって息を合わせているのかなと思うのですが、そのあたり教えていただけますか?
■佐藤選手
「パシュートは1番手、2番手、3番手とそれぞれ役割が全くちがいます。私は2番手を中心に、今大会では3番手もやってきましたが、逆に言うと、私は1番手を絶対できないです。下手くそというのもありますが(笑)その1番手の美帆さんに100%の信頼を置いており、その美帆さんに自信を持って、後ろを任せてもらえているおかげで難なくこなしてこられたのかなと思っています。一番難しいところとしてはやはり美帆さんが作ってくれたラインやタイミングを崩さずに後ろに伝えることです。そして、その後ろの人からのプッシュをどこまで殺さずに美帆さんに繋げるかという役割も、非常に重要な場所だと思っています。私は今までの経験値があったからこそ、課題を克服してこられたのかなと思っています」

―今回の選手村はいかがでしたか?
■佐藤選手
「平昌2018冬季大会と北京2022冬季大会と比べた時に、今回の選手村は非常に小さかったなという印象です。規模もそうですし、選手村の中にある協力企業さんのブースも小さく、2日か3日に1回入れ替わるような場所もあり、コンパクトなサイズ感になっていました。大きい場所を知っていたので、よりコンパクトだなと感じました」

―食事に関してはどうでしたか?
■佐藤選手
「平昌2018冬季大会の記憶があまりありませんが、北京2022冬季大会はしゃぶしゃぶや中華まんなど色々あったので、その国の食事も楽しめました。そのため今回は絶対に美味しいパスタやラザニア、ティラミスなどが絶対出るだろうなと思っていましたが、その期待を裏切るかのように、あまりたくさんの種類はありませんでした…1つベースのパスタがあり、美味しかったですが、期待していたところまでは及びませんでした…(笑)」
■髙木選手
「国というよりは地域別の食事を提供してもらえる感覚でいたので、『イタリアだし絶対ご飯美味しいだろ』と話してミラノに乗り込みましたが、規模が小さくて『おや?食堂ここだけ?』といった印象もありました。食材は生野菜が美味しかったです。逆にその分、日本の選手団の方からの食のサポートは充実していて、食事が大事というのは自分たちも認識しているので、選手村のものに頼らなくてもいいように最善の準備をして挑めました」

―引退を決められた瞬間や理由、そして今後のことなどお伺いできればと思います。
■髙木選手
「引退するかどうかを迷って決めたというよりは、『あ、今が引退する時なのかな』というのを受け入れた瞬間があり、それが一番大きかったかなと思います。あとは、スケートのことだけでなく、その先にある自分の人生において興味のあることも少しずつ出てきたというのも大きいのかなと思います」

―「今が引退時かな」と思った瞬間はどんな時でしたか?
■髙木選手
「1人で部屋の中で悶々と考えていたというよりは、外を歩いて思考の中を探しながら散歩をよくするのですが、その時にスッと自分の中に入り込んできた感覚がありました。いろいろな変化というのを自分の中で感じ始め、衰えるだけじゃなく自分の気持ちの変化など、相対的に全部ひっくるめてというような感じです」

―何かお考えのことや目標はありますか?
■髙木選手
「まだ言語化するほど具体的なものはないですが、学ぶことは好きなので、いろいろなことを学んでいきたいなと思います。スピードスケートの世界で生きてきた時間が長いので、少し足を伸ばしていろいろな世界を知っていきたいなと思っているので、日本の各地にも行ってみたいなと思っています」

―引退を決められた理由、きっかけはどんなことだったのでしょうか?
■佐藤選手
「北京2022冬季大会が終わってから引退というところに向き合ってきた自分がいたのですが、北京2022冬季大会で達成感を感じ、満足した自分がいました。そのため、次に向けて走り出す時に、なかなか心が燃えてこなかった時間が正直非常に長かったです。それでもやはり応援してくださる方々が私の周りにたくさんいて、平昌2018冬季大会や北京2022冬季大会での達成感はありましたが、悔いが全く残らなかったかというと、北京2022冬季大会ではそうではなかったので、何とか次に向かって走り続けてきました。しかし、心身共に苦しいものがあったため、オリンピックシーズンの始まる春頃にはもう今シーズンで終わりにしようと決めて臨んだシーズンでした」

―何か今後挑戦したいことや目標はありますか?
■佐藤選手
「今後は新しい場所での生活になっていきますし、今までスケートと向き合う時間が長かったので、これから取り組むこと全てが私にとって新しい挑戦になっていきます。今までのスケートで新しいことに向き合ってきた自分と同じようにはいかなくとも、その経験をうまく活かせるように、いろいろなことに挑戦して、楽しみも見つけながら過ごしていきたいなと思います」

―お二人にとってのオリンピックとは何でしょうか。そして、未来のオリンピックを目指す子供たちにメッセージをお願いします。
■佐藤選手
「オリンピックとは、私がスケートをやってきて、一番目指すべき大会であり、ゴールだと思っています。その価値というのも非常に大きいと思いますし、私を知ってくださっている人以外にも多くの方々から応援いただけるというのがオリンピックの場なのかなと思うので、アスリートにとっては特別な価値のある大会になるのかなと思います。私は小さい頃、特にオリンピックに出たいと思っていたわけではなかったです。今自分が続けているスポーツも、何が起こるか分かりません。子どもたちには諦めずに、どんな難しいことがあっても楽しんで、その目標に向かってやり遂げてほしいなと思います」
■髙木選手
「オリンピックはいろいろなものに対する『本気』というものをたくさんの方と共有できる特別な場所なのだなとどの大会でも強く感じました。勇気をもらえたという言葉をくださるのも、そういうものを共有できる場所だからなのだろうなと強く感じており、それはなかなか他の大会ではできないオリンピックに限った特別な場所だなと強く思います。また私にとって、私を強くしてくれた場所でもあり、弱くした場所でもあるなと感じています。私がオリンピックでも数多くのレースをこなせたのは、丈夫な体があったからこそだと思っているので、まずはしっかり食べて、たくさん寝て、たくさん動いて、そして勉強も取り組んで、いろいろなことができるようになった上で自分のやりたいスポーツに向かっていってもらえたら嬉しいなと思います」

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抽選会にて番号札を引く佐藤選手(写真:フォート・キシモト)

 トークイベントの最後には、お二人のサイン入りグッズなどが当たる抽選会が行われ、大いに盛り上がりをみせました。

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花束を受け取る髙木選手(写真:フォート・キシモト)
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感謝の気持ちを述べる佐藤選手(写真:フォート・キシモト)
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感謝の気持ちを述べる髙木選手(写真:フォート・キシモト)

 最後に来場者からお二人へ労いの花束が贈られ、佐藤選手は「皆さん、本日は短い時間ではありましが、ありがとうございました。私としては、初めてファンの皆さまとこの距離感でこのようなイベントができたというのは、本当に大きな思い出になりました。今後もこのようなイベントがあったら大変嬉しいなと思うので、そのような機会があったらぜひ皆さんまた来てください」と、髙木選手は「この楽しい時間は本当にあっという間だったなと感じました。たくさんの方々にこうやって来ていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。このように、私の競技人生を終えることができ、大変嬉しく思います。昨日の応援感謝パレードと今日と、本当にたくさんの方々から私たちの名前を叫んでいただき、非常に感慨深いものがありました。綾乃も言っていましたが、またこういう機会ができたらいいなと思っているので、その時は来てください」とファンの皆さまに感謝の気持ちを述べ、トークイベントは締めくくられました。

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記念撮影(写真:フォート・キシモト)

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