日本オリンピック委員会(JOC)は6月21日、オリンピックデーウィーク 2025 in JOMの一環として、オリンピック・ムーブメントセミナー(令和7年度第1回オリンピアン研修会)をオンライン併用のハイブリッド形式で開催しました。
オリンピアン研修会はJOCオリンピック・ムーブメント事業専門部会が所管し、同アスリート委員会が中心となって行っているもので、オリンピアン自身がオリンピズムやオリンピックの価値をあらためて学び、アスリート間のネットワーク構築を進めることにより、オリンピック・ムーブメント事業への積極的な参加を促すとともにアスリート自身の今後の活躍に役立てることを目的としています。今回は、オリンピック・ムーブメントセミナーと題し、特定非営利活動法人日本オリンピック・アカデミー(JOA)共催のもと、24名のオリンピアンを含め33名が参加しました。
■JOAセッション:東京1964大会から未来へ~オリンピックの理念(オリンピズム)と共に考える~
最初のプログラムでは、JOAセッションとして、『東京1964大会から未来へ~オリンピックの理念(オリンピズム)と共に考える~』をテーマに、JOAオリンピック研究委員会副委員長、清和大学(専任講師)の青柳秀幸氏による講演がありました。
冒頭では、参加者がICT機器を用いてそれぞれのオリンピックのイメージを整理・共有した後、日本の小学生や大学生、大人のオリンピックに対するイメージの調査結果が紹介されました。アスリート目線の回答やオリンピックの理念(オリンピズム)の平和に関する回答が多くあったと同時に、大会毎の象徴的なシーンに関する回答や、オリンピズムとは逆行・乖離した社会的な課題などを指摘する冷静な回答などもあり、オリンピックに対するイメージが多様であることが確認されました。
続いて、日本におけるオリンピズムやオリンピック・ムーブメント(OM)に関する研究動向が紹介され、既にオリンピズムを知っていたり、今回のように共に学び/活動を拡げていこうとする機会が貴重で、大切であることが確認されました。そして、ピエール・ド・クーベルタンがOMを創始した背景やOMに込めた願いが紹介され、オリンピックが「競技大会を遥かに超えた、スポーツを通じた国際的な教育・平和運動=ムーブメント」であることや、オリンピズムが「肉体と意思と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる『生き方の哲学』」であることなどが紹介されました。また、クーベルタンはアスリートに、卓越性を求めてあらゆる努力する姿勢や、自制心、騎士道精神(礼儀・尊重・仲間意識)などを備えた「人々のロールモデル(人生のお手本)」になることを期待していたことが紹介されました。
後半では、実は東京1964大会の際には、上述のオリンピズムやクーベルタンの願いなどが、あらゆる方法や媒体を通じて当時の人々に伝えられていたことが数多くの写真や歴史史料と共に紹介されました。あらゆる世代に向けたパンフレット発行やスライド上映、デパートなどでの展示会、そして、今回と同じようにオリンピックデーイベントが開催され、オリンピアンがパフォーマンス披露や講演活動を行っていたことなどが紹介されました。
最後に青柳氏は、1964年大会当時は「オリンピック」という存在自体が十分に認識・理解されていない中で様々な理念の普及活動が展開されていたことに対して、オリンピックに対する認知度が高まっている現代を生きる私たちが、「今」も歴史に学んででき得ることがあると述べました。そして、当時は高速インターネットや、SNS、AI、eスポーツが存在しなかったため、「今」だからこそでき得るムーブメントをオリンピズムと共に皆さんと一緒に模索し、推進・展開していけたらと思っておりますと締めくくりました。
■JOCセッション:eスポーツによるオリンピック・ムーブメント
続いて、JOCセッションとして、「eスポーツによるオリンピック・ムーブメント」と題し、オリンピック・ムーブメント事業専門部会員の齋藤里香氏(ウエイトリフティング)、北海道eスポーツ協会会長の阿部雅司氏(スキー/ノルディック複合)(※オンライン出演)、JOC理事兼IOC eスポーツ委員会委員の八木由里氏、eスポーツレーサー兼リアルレーサーの冨林勇佑氏、愛知・名古屋2026アジア・アジアパラ競技大会アスリート委員の栗原三佳氏(バスケットボール)が登壇しました。
はじめに、八木氏より、カースティ・コベントリー国際オリンピック委員会(IOC)会長の「オリンピックeスポーツゲームズは、オリンピックの価値観に合致し、収益を増加させながら新しい世代を理解し、新たな方向性を探るエキサイティングな機会を提供する例である」というポジティブな意見をお持ちであることにも触れながら、IOCにおけるeスポーツの在り方について説明がありました。
続いて阿部氏より、自身のeスポーツとの関わりについて話があり、障がいを持つ人が指先だけで操作できる改造コントローラーを使い、オンラインで世界中のプレイヤーと対戦して社会とのつながりを広げていることを知り、eスポーツの可能性に感銘を受けたと述べました。「患者さんたちがeスポーツによって人生が変わったと語るのを聞き、性別や障がいの有無に関わらず楽しめるeスポーツが、協調性やコミュニケーション能力、問題解決能力、ICTスキルを高め、不登校生徒にも効果があるという点に可能性を感じ、これはIOCの理念にも通じるものだと感じられました」と述べました。また、2025年1月に札幌市で開催されたeスポーツの世界大会「Apex Legends Global Series」が成功を収めた事例にも触れ、この大会には世界各地から40チームが参加し、当日は約3万人が来場し、オンライン同時視聴者数は70万人を超え、札幌初の大規模eスポーツ大会として観光や経済に好影響を与えたとし、eスポーツを通じて札幌の魅力、特にウィンタースポーツ都市としての魅力の発信に繋がる可能性について述べました。
続いて栗原氏が、愛知・名古屋2026アジア・アジアパラ競技大会のアスリート委員として、eスポーツへの思いを述べました。eスポーツがスポーツを身近に感じられない方への架け橋になっていると述べ、さらに若者だけでなく、高齢者の方にも楽しんでもらえ、障がいの壁も取り除いて皆さんで楽しめる競技として普及を期待していると語りました。最後に、「eスポーツを通じて愛知全体で健康になって、スポーツを文化に取り入れて、日頃から馴染みあるスポーツとしてeスポーツ業界とタッグを組んで、地域全体でファンを増やすことを期待しています」と締めくくりました。
最後に冨林氏から、「eスポーツは娯楽であり、生活の一部であり、夢を叶えてもらったツールで、自身の幼少期におけるゲームへの取り組みが、努力やコミュニケーション、礼儀を学ぶ機会となった」とeスポーツと自身の関りについての話がありました。車のレーサーになるには幼少期から多額の費用がかかる世界である一方、eスポーツは誰もが平等に、疑似体験からプロを目指せる場であるとし、年齢、性別、障がい、家庭環境に関わらず誰もが平等に戦えるeスポーツの魅力に触れました。また、リアルスポーツの選手が引退後もeスポーツでレジェンドとして活躍できる可能性があり、幅広い世代や障がいを持つ人々が同じ土俵で戦えることによる競技人口の拡大と注目を期待していると述べました。最後に、愛知・名古屋2026大会でのeスポーツ開催やオリンピックeスポーツゲームズが、スポーツの夢をもう一度叶える場となり、eスポーツならではの可能性を通じて、より多くの人々の夢が実現する第一歩となることを願っていると締めくくりました。
■パネルディスカッション
そして、最後のプログラムでもあるパネルディスカッションでは、東京1964大会からの大会レガシー、オリンピック・ムーブメントを通した環境対策、eスポーツによるオリンピック・ムーブメントをテーマに意見交換が行われました。
はじめに、第一部のJOAセッションを受けて、一アスリートとしてどのようなことを感じたかを問われた栗原氏は、「これまで伝えきれなかったオリンピズムやオリンピックの価値を伝えることで、人々の心や人間性を豊かにする担い手として、アスリートが重要な役割を果たすべきであると考えている」と述べました。これを受けて冨林氏は、「eスポーツは、年齢、性別、家庭環境に関係なく、国境を越えてプレイできるため、eスポーツが競技としてオリンピックと連携するだけでなく、娯楽としてもオリンピックと関われることで、より多くの人がオリンピックについて知る機会が増えると嬉しい」と述べました。総合司会を務める齋藤氏より、JOCでは、日本オリンピックミュージアムを活用したイベントや、オリンピック教室、オリンピックデーランなど、オリンピアンがOM推進の担い手として活躍する場を設けているとの紹介がありました。続けてOMを通した環境対策について意見交換が行われ、。OMと環境対策の関係について研究者の視点でどのように考えているかを問われた青柳氏からは、気候変動がスポーツ界に深刻な影響を与えている研究結果や、東京2020大会のレガシーとしてパリ2024大会において、市民参加型の取り組み(リサイクルメダル、表彰台など)が展開されたことが紹介されました。その上で、「IOCの方向性に倣うだけでなく、私たち一人ひとりも〈今〉何ができるか考え、一緒に行動していくことが大切だと考えています」と述べました。冬季競技のオリンピアンとして競技と環境について、また、OMとしてできることはどのようなことであるかを問われた阿部氏は「元冬季競技選手として、自然環境とスポーツの深い関係を実感している。自然雪での開催が難しい現実があることやワールドカップでも雪不足による中止や開催場所などの変更が頻繁に起こり、競技者にとって深刻なメッセージとなっている」と述べ、さらに、スポーツ界から使い捨てプラスチックをなくす日本初のプロジェクト「HERO’s PLEDGE」に、渡部暁斗選手(スキー/ノルディック複合)や高梨沙羅選手(スキー/ジャンプ)など約36名の選手や多くのスポーツ団体が参加していることを紹介しました。また、自身が館長を務める札幌オリンピックミュージアムで「SAVE THE SNOW」という環境活動を今後も継続して展開していく考えを示し、「オリンピアンや各競技団体と連携し、環境保全の重要性を紹介する特別展示やイベント開催、SNSでの情報発信を通じて連携を広げ、札幌の冬を守る活動を進めたい。子どもたちが雪や自然の大切さを楽しく学べる機会をミュージアムで提供していくことも計画しており、今後もできることを考え行動していきたい」と述べました。またJOC理事としての立場からどう考えるかを問われた八木氏は、夏のスポーツである馬術を例に挙げ、「高校生の大会が開催時期や場所を変更せざるを得ない状況に直面しており、スポーツ界も気候変動問題に対し、一つ一つ取り組んでいくことが重要である。オリンピアンがロールモデルとなり、社会に呼びかける一つ一つの取みが、個人の努力、ひいては大きな努力として社会に影響を与える」と期待し、今後もオリンピアンの協力が不可欠であると述べました。
続いて、eスポーツがOMに対して及ぼす影響について問われた冨林氏は、「現在のオリンピックが目指す社会、ひいては格差社会の是正や平等といった、我々が生きる上で必要とされる社会課題の解決にeスポーツが貢献できる可能性を秘めている」と語りました。今後、eスポーツによるムーブメントの推進にどのように寄与していくことが出来るのかを問われた八木氏は「IOCがeスポーツに関心を持つようになったのは、若者層が従来のスポーツやオリンピックよりもゲームに関心が高く、結果としてオリンピックへの関心が相対的に低下している現状があるため」だと説明し、「大会を通じて、若い世代を中心にeスポーツに関わる人々が、IOCやJOCといった組織に興味を持ち、そこからOMやオリンピズムに触れるきっかけとなることを期待している」と述べました。両者の話を受けて、参加したオリンピアンから「IOC主催の大会においてもオリンピックシンボルは使われるのか、また、オリンピックの競技に似たような形で、競技数を増やしていくような形になるのか」と問われた八木氏は「IOCの公式の大会として行われるので、オリンピックシンボルも使われる。2027年以降の大会でも競技数が増える可能性や、入れ替え・調整が行われる見込みがあり、IOCも試行錯誤を重ね、様々な改良を加えながらeスポーツの発展が期待される」と回答しました。他の参加オリンピアンからは「リアルスポーツが衰退してしまうのではないか」と問われ、「最終的な目標はリアルスポーツの方を盛り上げるための1つの手段として、eスポーツを理解して関わっていこうという姿勢に私は感じている。最終的には今までのスポーツをもっと盛り上げて、オリンピズムも普及させていくというのが最終目的ではないか」と回答しました。青柳氏は、「eスポーツをOMにおいて展開する場合は、まずはOMである以上、OMが普及・共有したい理念(オリンピズム)があるので、どのような立場でも関係者は、そこをベースにして検討・活動していけるとムーブメントの輪が拡がっていくのではないでしょうか」と述べました。続いて、オンラインで参加した別のオリンピアンから「eスポーツの括りは、すべてのゲームに及びますか」と問われた八木氏は「IOCの2027年大会では、従来の身体活動を伴うスポーツゲームと身体活動を伴わないスポーツゲームの分類に加え、ビデオゲームの分類もバランスよく採用されることが、IOCの考え方である」と回答しました。更に別の参加オリンピアンから「eスポーツプレイヤーがリアルスポーツの価値観を理解し、既存のオリンピック種目を観戦したりプレイしたりするようになるか、またその逆の可能性、そしてもし相互理解が可能ならば、そのきっかけとなる魅力や要素は何か」と問われた冨林氏は、「eスポーツをプレイすることでリアルスポーツへの興味が湧き、リアルスポーツの選手が引退後にeスポーツへ参入する可能性やカーレースにおけるeスポーツの疑似体験としての役割もあり、これらが両者の距離を縮めることになる。eスポーツは自身のプロレーサーとしての夢を叶え、社会性やコミュニケーション能力、集中力、努力の重要性といった教訓を学ばせてくれた生活の一部であり、今の僕自身を作り上げてくれたものだ」と述べました。青柳氏は、リアルスポーツの具体的な経験や価値(例えば、汗をかく爽快感や努力することの喜び)を、今後はアスリート自身やオリンピック、スポーツ関係者がより一層しっかりと言語化し、伝えていく作業が必要だと感じていること。eスポーツに触れた人々が実際に体を動かしてみたくなるようなワンステップを促す働きかけが重要であること。eスポーツの人気度や魅力が、リアルスポーツと繋ぐツールとして期待できること。冨林さんがeスポーツを通じて獲得されたような価値・恩恵は、オリンピック・ムーブメントがリアルスポーツを通じて人々に学び・体感して貰いたい価値・要素と共通点が多いと述べました。
最後に、登壇者一人ずつから本セミナーへの感想が述べられました。青柳氏は、「今回のようにオリンピズムやクーベルタンの願い・考えなどに触れたオリンピアンの方々が、ご自身の経験やお考えと関連させながらロールモデルとしての実体験を語り/発信してくださることがレガシーとなり、これからの世代のオリンピアンの方々や世界中の人々へ、発展的に継承されて更なるムーブメントが展開されるのではないかと思いました。今回ご一緒させていただけたこと・学ばせていただけたことがとても嬉しく、これからもJOAや研究者である私たちも全力でご一緒させていただきたいですし、ぜひご一緒にムーブメントさせてください」と述べました。栗原氏は、「eスポーツからリアルスポーツへの繋がりを期待し、両者が互いに活用し、スポーツ業界全体を盛り上げるべき。また、オリンピック出場経験者として、若い世代や上の世代にこの理念を伝えることで、スポーツへの理解と文化が発展することを期待し、愛知・名古屋2026アジア大会でeスポーツと競技スポーツを共に盛り上げたい」と語りました。冨林氏は、「eスポーツを通じてリアルスポーツが盛り上がることを願っており、若い世代がeスポーツに触れることでオリンピックの多様な種目に興味を持ち、自分に合ったリアルスポーツを見つけて取り組んでくれることにつながれば嬉しい」と語りました。八木氏は、「かつては融合するとは想像されなかったオリンピズム、eスポーツ、環境の3つのテーマが、オリンピズムの概念のもと、相互に貢献していくことが大事だと改めて気づかされた。オリンピアンおよびアスリートの皆さんのご協力のもと、JOCとしても果たすべき役割を果たしていくことが必要だと改めて感じた」と述べました。阿部氏は、「eスポーツに取り組んでいる若い人たちがスポーツに興味を持って、そこからオリンピズム(オリンピック精神)などを学んでもらえるとすごくいいと思う。eスポーツに関わる人たちが、リアルスポーツの自分たちと一緒になって、OMの活動をすることによって、今までには考えられないような大きな広がりを見せてくれるのではないか。今後eスポーツがオリンピック、パラリンピックの価値を一緒になって上げてくれる鍵になるのではないかと思っている」と述べました。最後に、齋藤氏が「本日の内容を参考に、今日ご参加いただいているオリンピアン、アスリート、大学関係者、学生、競技団体、パートナー企業、パートナー都市などの皆様たちとJOCは共にOMを推進し、健全な人類の育成に寄与し、世界の人類が、スポーツを通して健康で精神が健全であること、それにより、平和な世界を築き、より良い世界の発展に貢献していくと共に、次世代を担う子供たちが、よりよい地球環境の中で生活していくことができるように、スポーツを通した環境保全活動にも取り組んで参りたいと思います」と述べ、本セミナーを締めくくりました。
お気に入りに追加
関連リンク
CATEGORIES & TAGS