JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、北京2022冬季オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
渡部 暁斗(スキー/ノルディック複合)
ラージヒル個人 銅メダル
ラージヒル団体 銅メダル
■5度目のオリンピックで得た経験
―― 本当におめでとうございます。ラージヒル個人、ラージヒル団体と今回は2つの銅メダル獲得となりました。まずは、素直な感想をお聞かせいただけますか。
本当にうれしいです。今シーズンはこれまで、オリンピックでメダルをとれるとは到底考えられないようなパフォーマンスしかできていませんでした。表向きは「金メダルをとる」と言っていましたが、正直な気持ちとしては全然自分のことを信じられていなかったのが事実です。1個どころか2個もメダルをとれたこと自体が奇跡に近いと感じています。
――2006年、トリノオリンピックに17歳で初出場して以来、今回で5度目のオリンピックとなりました。5度目のオリンピックでも何か違いを感じるものですか。
5回……。初出場した当時は、まさかこんなに長く競技を続けることになるとは思っていませんでした。一度は金メダルをとりたかったという心残りはありますが、5回出場して4個のメダルを獲得できて今はホッとしている気持ちの方が大きいです。
――他の大会と違うオリンピックの価値というのはあるものでしょうか。
JOCシンボルアスリートを務める私が言うのもおかしいかもしれませんが、実力を示すためにはワールドカップの方が価値も高いと考えていて、今までの4大会ではそこまでオリンピックというものに重きを置いていませんでした。だからこそ、「オリンピックとは何か」とずっと自問自答し続けてきました。今回、パフォーマンスがボロボロの中で戦っていて、多くの皆さんに応援していただいて、「頑張ってください」の一言一言が心に染みるようになってきましたし、心が折れかけているからこそ、そうした言葉がよりありがたく感じました。そして、「面白いレースを見てもらいたい」と思って競技に取り組んでいる中で、コンバインド(複合)の面白さをたくさんの方々に届けられたと思います。
メダルをとるかとらないかという結果も大事かもしれませんが、メダルをとることだけがオリンピックの価値ではありません。スポーツを見て面白いと感じたり、心が動いたりする瞬間があること自体に価値がある。本当の意味でオリンピックと向き合えて、あらためていろいろなことを自分に気づかせてくれた大会でした。5大会かかりましたが、それが自分にとってのオリンピックなのかなと思っています。
――今回はTEAM JAPAN北京2022の旗手を務めました。また、先ほどおっしゃっていたように、シンボルアスリートという立場でもありました。(渡部)暁斗選手にいろいろな重責がかかるようになってきたのだと思いますが、ご自身の中ではそうしたプレッシャーにどのように向き合ってきたのでしょうか。
スポーツ本来の価値を見出せそうだったからこそ、今回は今までとは違う形でオリンピックに臨みたいと思っていました。そういう時にいただいた旗手の打診だったので、二つ返事でやると言わせてもらったのです。メダルをとるかとらないかも大事ですが、TEAM JAPANとして参加している以上、それに恥じない、日本人として堂々と戦えているかどうかも大事だと思いました。旗を持って開会式に入場したことで、凛とした気持ちになった。自分の気持ちを今一度引き締めて、「国民の代表として戦っている」という気持ちを持って、それに恥じない戦いをしたいと思ったからこそ、ノーマルヒル個人、ラージヒル個人、ラージヒル団体と、3レース全てで良い戦いを見せられたのではないかと感じます。シーズン中は全く良いところが出せていなかったのに、この大一番で良いパフォーマンスが発揮できたのも、覚悟を決めたからだと思っています。
――ノルディック複合のスリリングさ、素晴らしさを見せたいとおっしゃっていました。ノーマルヒル個人7位入賞の後、ラージヒル個人では、ビッグジャンプで5位につけると、クロスカントリーでは最後のゴール前までもつれる本当にスリリングな試合展開になりました。あらためて、見事銅メダル獲得となったこのレースをどのように振り返っていますか。
ノーマルヒル個人のパフォーマンスがイマイチだったので、正直なところ、まだ自分を信じ切れていない状態ではありました。ただ、当日は、自分でも記憶が曖昧になるくらいすごく集中できていたんです。良いジャンプができましたが、走りの方はすごく気温が低くて寒かったので、とにかく頭で考えるのはやめて、体を動かすことだけに集中しようと思っていました。周りのことを考えるよりも、自分が良い走りをすることだけを心掛けて走りました。オーストリアとドイツの選手が追い上げて来ていると思っていたのですが、ノルウェーの2選手たちだったので、ちょっとドキッとしましたね。最後はノルウェーの2選手が来ているのも分からなかったほどで、とにかく体を動かしてゴールまでたどり着こうという感じで……、ラージヒルの時はそのくらい集中していたんです。
――メダル獲得となり、ホッとされましたか?
メダルはとれないだろうと思っていたのに獲得できたので、ホッとしたのもありましたし、とにかくうれしかったですね。
■チームでつかむ栄光と喜び
――そして、団体のレースを迎えました。暁斗選手がアンカーだと思っていた方も多かったと思うのですが、実際は第3走でしたよね。その点も含めて、ゲームを振り返るといかがだったのでしょうか。
団体といっても各国ともに完璧なベストメンバーではありません。新型コロナウイルス感染症の影響で陽性反応が出て隔離されている選手もいましたし、隔離明けでパフォーマンスが全然上がってない選手もいましたし。強豪国にもそうした穴がある中で、僕たちTEAM JAPANは全員がベストな状態でした。だからこそ、チャンスはあると思っていましたし、そう思っていたのが僕だけじゃなく、おそらくチーム全員がそう思っていたからこそ、「今日はメダルがとれるのではないか」といった雰囲気があったと思います。
――距離の方では、TEAM JAPANのスキーがすごく滑っている感じがありました。暁斗選手も滑っていて、また、メンバーの滑りを見ていてその点は感じていましたか。
そうですね。ワックスマンはいつも良い働きをしてくれるのですが、昨日はより良い働きをしてくれたのではないかと思います。ジャンプの前に雪が降ってきて、しかもその雪が積もって人工雪と混ざることで雪質が変わったんですよね。もちろん、他チームも対応を考えたとは思うのですが、それ以上にTEAM JAPANのワックスマンが雪質の変化を見極めて良い仕事をしてくれたことは、メダルに大きく影響したと思います。それも含めて、昨日はTEAM JAPANに良い流れが来ていたと思える1日でした。
――団体のメダルの方がうれしいとおっしゃっていましたが、また格別なものですか。
個人でメダルをとった時ももちろん祝福してもらえるのですが、スタッフの喜び方も団体の時とは全然違うんですよ(笑)。個人戦のメダルは僕一人だけの喜びですが、団体戦でメダルをとった時はスタッフと選手の人数分の喜びがあります。チーム全体にその雰囲気が感じられますし、それを体験できるのが本当に幸せなことだと思うんですよ。ここが団体戦のすごく特別な部分だと思っています。
――今回は弟の善斗選手も一緒にメダルをとることになりました。他競技でも兄弟姉妹の活躍が目立った今大会ですが、その辺はどのように感じていらっしゃいますか。
そもそもそういう感じの兄弟でもないのもありますが、そこは全然何も考えていないです(笑)。僕たちのチームは、年中みんな一緒にいて、永井(秀昭)さんが兄貴、それ以外は全員弟、スタッフは家族という感覚なんですよね。だから、善斗が弟みたいな感覚は薄れているかもしれません。気持ち自体はチーム全員に対して同じ気持ちで、善斗だけに何か思うことがあるのではなく、皆でメダルをとれて良かったという感動の方が大きかったです。
■結果だけではない「スポーツの価値」
――今大会は現地に長く滞在することになりました。中継を見るなど他競技から刺激を受けたことはありましたか。
TEAM JAPANの選手が出ている競技はもちろん、普段から見ているバイアスロンやクロスカントリーなども見ていて、本当にいろいろな競技から刺激を受けました。モーグルチームの男子選手は普段から関わりがあるので、堀島(行真)くんをはじめ他競技の選手たちの活躍はすごく刺激になりました。近い存在の選手がチームに対して勢いをつけてくれる姿を見ると、自分自身も気合いが入るもの。ノーマルヒル個人では空回りしてしまいましたが、彼らの活躍でオリンピックの盛り上がりがスタートできたのは良かったと思います。
特に大きかったのは、ジャンプの(小林)陵侑くんですよね。僕がこの競技を始めたきっかけは、1998年の長野オリンピックでジャンプ競技を見たからです。本当はジャンプ選手になりたかったんですよ。ジャンプの道を諦めてコンバインドの選手になったので、やっぱり自分が最初に影響を受けたスキー・ジャンプという競技でメダルを獲得する瞬間を見られたことはすごくうれしかったです。
―― 3大会連続でメダリストになったことで、暁斗選手自身がレジェンドとして見られていくことになると思います。スポーツの良さ、あるいは、スキーの素晴らしさを伝えていく伝道師的な立場として、今後どのようにメッセージを発信していきたいですか。
「結果を出すだけがスポーツの価値ではない」ということを伝えていきたいと思っています。先ほどもお話ししたことですが、これが今回感じたこと。「メダルをとりたい」と選手が思うのは仕方ないことですし、周りが同じように盛り上がることも必然的だと思いつつも、スポーツは結局のところ「娯楽」。見て楽しむのもそうだし、やって楽しむのもそうだし、真剣勝負をして楽しむこともそうだし……、スポーツにはさまざまな楽しみ方があることを伝えていきたい。そうすることで、僕がやってきたことにも価値が見出せるかなと思います。
――多様な人々が集まり、そして、多様な結果があるけれども、それを皆が受け止めてリスペクトし合う。こうしたことも、オリンピックの価値だと思います。暁斗選手がおっしゃってくださったことは、まさにオリンピズムに通じる話ですね。ちなみに、普段あまり質問されることがないけれど、本当はこういうことを伝えたいというようなことはありますか。
努力は裏切る。でも、努力することには間違いなく意味はある。「やれば夢はかなう」と言ったりしますし、信じるのは勝手なのですが、そうは簡単にうまくいかないことも、分かっていた方が良いのではないかと思っています。
成功している人などは本当に一握りじゃないですか。努力してもかなわないという人の方が世の中に圧倒的に多いと思うんですよね。僕だってその一人です。だからこそ、このことは伝えておきたいです。
――ありがとうございます。多くの人が勇気をもらえるお話だと思います。今後ますますのご活躍を祈念しております。
はい、頑張ります。ありがとうございました。
■プロフィール
渡部 暁斗(わたべ・あきと)
1988年5月26日生まれ。長野県出身。
98年長野オリンピックのスキー・ジャンプ団体でTEAM JAPANの金メダルを見て、9歳でスキーを始める。中学から複合競技を始め、白馬高校在学中の2006年にトリノオリンピックに初出場を果たす。10年バンクーバーオリンピックに出場した後、14年ソチオリンピック、18年平昌オリンピックではノーマルヒル個人で2大会連続の銀メダルに輝く。世界選手権は09年ラージヒル団体で金メダルを獲得。ワールドカップは、11-12シーズンに4勝し個人総合2位、17-18シーズンには初の総合優勝を飾った。北京2022冬季オリンピックではラージヒル個人、ラージヒル団体でともに銅メダルを獲得した。北野建設SC所属。
(取材日:2022年2月18日)
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