JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
渡辺 勇大(バドミントン)
東野 有紗(バドミントン)
混合ダブルス 銅メダル
■楽しむことを許さない大会に挑む覚悟
――おめでとうございます。銅メダルをとって、今どのようにお感じになっているか感想をお願いします。
渡辺 少しずつ実感が湧いてきて、実感と同時に責任感や覚悟が芽生えて、もっともっと強くなりたいと思いましたし、もっと見られる立場として頑張らなければいけないなと感じました。
東野 決勝に進めなかった時は本当に悔しくて、どう切り替えたらいいんだろうとかすごく悩みましたけれど、いざ3位決定戦のコートに立って、メダルを獲得できたことはすごくうれしかったです。金メダルはとれなかったですが、また頑張りたいという気持ちになれました。
――3位決定戦に臨むにあたり、準決勝の敗戦からどのように切り替えたのが良かったと思われますか。
東野 負けた日に日本代表チームの先輩たちが、「今日の試合のことは忘れて、明日は思い切って頑張ってこい」と声をかけてくれて、そこで気持ちが切り替えられました。
渡辺 直前まで逃げ出したかったですし、やりたくないなとも思っていたのですが、コートに入ってからは覚悟を決めなければいけないと感じました。しっかりと腹をくくり、やるしかないという気持ちになれましたし、そうやって覚悟を持ってコートに立てたのが僕としては良かったです。遠藤(大由)さんに「切り替えて明日頑張れよ」と言ってもらって、自分なりの覚悟ができたと思っています。
――今もそうですが、渡辺選手の言葉のなかに「覚悟」というキーワードが目立つように感じます。お二人で話し合うなかでそういうキーワードが出てきたのでしょうか。
渡辺 最初は「二人で楽しもうね」という話をしていたのですが、なかなか楽しむというところには至らなくて、プレッシャーや期待に押しつぶされそうになった時に、楽しむのは少し難しいなと僕は思ったんです。そんな時に何が背中押してくれるかと考えると、自分自身で覚悟を決めることだと思いました。そのことで、周囲に背中を押してもらう、自分自身で背中を押す。もちろん背中を押してもらうことはたくさんありますが、結局は自分自身で覚悟を決めてステージに立って、自分で自分の背中を押すという最後の作業が必要になると思いました。やるからには勝ちたいという気持ちには変わりはなかったので、腹を決めて覚悟を持とうと毎試合考えていました。
――相手との戦いというよりは、自分との戦いという意識が強かったんでしょうか。
渡辺 もちろん作戦は立てますし、相手によっていろいろな思いが出てきます。変えていかなければいけないものもありますけれど、それを実行するにも最後には覚悟の違いが勝敗を分けると思うんです。もしかしたら覚悟が足りなかったから準決勝で負けたのかもしれないですが、最後の3位決定戦では、劣勢になった場面でも助けてもらいながらですけど、覚悟を決めたことでゲームをうまく進められたことは素直にうれしく思います。
――東野選手は、渡辺選手が言っていた覚悟という部分について、どのように心を整えてきたのでしょうか。
東野 勇大くんはダブルスが2種目でした。そこに挑むと決める覚悟が本当にすごいと思いましたし、勇大くんのその部分をリスペクトしていました。やっぱり自分ができるかといえば絶対できないし、普通はできないことを成し遂げていて、その覚悟を見て自分も受け入れて一緒に頑張っていこうという気持ちになれました。
■圧倒的なコミュニケーション力を武器に
――先ほども記者会見のなかで、福島で出会った時からお二人のダブルスのプレーは息が合っていたというお話をされていました。でも、中学生の頃は男女が一緒にプレーすることに恥ずかしさがあったり、照れくさかったりするのではないかと想像するのですが、実際にご本人たちが最初にペアを組んでミックスダブルスに向き合うようになるのは、どのようないきさつだったのでしょうか。
東野 本当に恥ずかしさもあって、話す、コミュニケーションをとるということをせずに、あうんの呼吸だけで高校までやって来ました。社会人になって勝てなくなった時に初めてコミュニケーションの大事さを感じて二人で話し合うことによって、またより一層進化することができました。
――では、今のようにコミュニケーションをとるようになったのは、社会人になってからなんですね。
東野 はい、そうですね。ちゃんと話すようになったのは社会人になってからです。
――高校卒業後も、同じ職場で一緒にプレーすることになるわけですよね。
渡辺 高校生まではそもそもミックスダブルスという種目の大会が圧倒的に少ないので、それこそ練習する機会もあまりないですし、話すこともなかなかなかったので、仕方がなかったかもしれないですね。それでも高校生のくくりでは成績を出せていました。社会人になって、(東野)先輩も言っていたように、勝てなくなる時期は壁がありました。そして、その壁を乗り越えるための手段として、コミュニケーションが必要だったと思うのです。今は僕らのミックスダブルスにおいてコミュニケーションがかなり主軸の要素になっていて、鍵の部分だと思っていますし、そこにすごく頼っています。
コミュニケーションをとることによって、自分たちのモチベーションもすごく上がっている実感もありますので、これはもう続けていかなければいけないと思います。少しでも「ミックスダブルス面白いな」とか「ミックスも選択肢にあるんだ」というふうに思ってくれて、ミックスで世界をとりたいなって思ってくれる後輩たちが増えればうれしいです。
――二人がプレーの合間に手と手を合わせてタッチしますが、いつからやるようになったんでしょうか。
渡辺 記憶にないです(笑)。
――無意識のうちにやるようになったんですか。
渡辺 他のペアと比べても、コミュニケーションが圧倒的に多いことが、僕らにとってはすごく強みだと思います。言葉にしたり、体で表現したりして相手に伝えることでさらに理解が深まります。実は違うことを考えていたりすることもあるので、一つ一つ言葉に表現して伝えることによって相手にもきちんと伝えていきます。この部分を大事にしていますし、これからもそれが必要だと思っています。
――お二人が客観的に“ワタガシペア”を見た時に、どんなところが強み、魅力だと思いますか。
東野 自分たちの魅力は、他のペアとは全然違うローテーションがすごく多くて、スピード感のあるプレースタイルと思います。ただ、昨日の3位決定戦の最後の20オールからのゲームは、作戦は関係なくて、気持ちの勝負で勝てたというのが大きいんじゃないかなと思います。あのような展開になってくると気持ちが引いてしまった方が負けると思ったので、お互いコミュニケーションをとって、強気でいこうと話し合って本当に強気でいけたのでそこが良かったんじゃないかと思います。
渡辺 気持ちの面は先輩が話してくれたので、戦略的な話をすると、僕らは攻撃している時が強いんですね。攻撃の展開を増やせると勝率も上がるし、そこを目指していましたけどなかなか思い通りにいかなかったんです。そこで、話してコミュニケーションをとっていたおかげで、自分がここに打つとか、パートナーがここに打ってくれるっていうのを信じることができるようになってきました。要所要所でしっかり我慢しながらも攻撃の展開を作るということができたと思っています。
昨日も2ゲーム目で劣勢になった時に先輩に声をかけてもらって、もう1回踏ん張ることができたのがすごく大きかったです。ファイナルにいっていたらきっとまた結果は違ったかも分かりませんが、やはり「二人じゃないとダブルスってできないんだ」と改めて実感しました。
■オリンピックメダリストとして果たす役割
――お二人は、他の大会と比較してオリンピック独特の違いなどは感じましたか。
東野 他の大会は試合があるごとにすごく楽しくて「もう1試合、もう1試合」という気持ちになるのですが、オリンピックは期待などのプレッシャーが大きく、プレー中も何度も引いてしまったように「楽しみたい」という言葉も口だけになってしまって、実際にはなかなか楽しむことができませんでした。試合をしてみて、やはりオリンピックは他の大会と全く違うと感じ、今回良い経験ができました。
渡辺 僕自身としてはオリンピックというものに対して、そこまで特別な意識はありませんでした。でも実際にやってみると、思い通りにいかなかったりとか、プレッシャーに押しつぶされそうな状況が発生したりしました。それはなぜかと考えると、確かに僕自身は特別とは思っていないですが、周りの方々は「オリンピックはすごいよね」「オリンピックって価値があるよね」「オリンピックで人生が変わるよね」と9割9分の人が思っているわけです。自分に目を向けられた時に、自分ではそう思ってないけど、周りからそう思われている。結果的に、自分自身もどこかで特別な意識を持ってしまっていたのではないかと。
ただ、裏を返せば、銅メダルをとれたのもそのおかげなのだと思います。そういった周りのプレッシャーや期待というものが明らかに他の大会よりもすごいと感じていて、オリンピックはそういう舞台にある意味なっていて、世界や日本の大多数の人がそう思ってくれているおかげで、オリンピックで勝つと人生が変わったりするのだと思います。
僕自身はメダルがとれたことにすごく意味があると思います。もちろん金メダルだったらもっと素晴らしい人生が待っていたかもしれません。オリンピックはメダルをとることに重要な意味のある大会だったと思います。
――改めて、私たちが二人を楽しめないようにさせていたのかもしれないですね。
渡辺 楽しめた部分もあるし、いろいろと感じることができました。それはオリンピックというものだから経験できたことです。逆にいつもの大会であれば、もしかしたら人生は変わらないのかもしれません。そして、こうやってメディアにたくさん取り上げてもらうこともないかもしれません。オリンピックはすごく特別な存在で価値のあるものなんだと改めて思います。
――オリンピックメダリストとして、今後またお二人が注目され、バドミントンという競技が注目してもらえるようになるかもしれません。バドミントンをやりたい子どもたちも増えてくると思います。メダリストとしての覚悟を、ぜひ一言ずついただけますか。
東野 先ほど勇大くんが言ってくれたように、日本のミックスダブルスはなかなか試合がありません。ミックスダブルスという種目があることが、バドミントンをやっている子どもたちにももっと伝わるといいですね。覚悟を持って、ミックスダブルスの魅力を知ってもらい、楽しさを伝えていけるように臨みたいです。
渡辺 もう全部言ってもらいました(笑)。覚悟を決めてやるだけだと思っていますし、僕は引っ張っていくというタイプではないですけど、僕らの背中を見て、何かを感じてくれたらうれしいです。後輩たちが僕らを目指して頑張りたい、世界で戦いたいと思ってもらえるようにまだまだ頑張らないといけないなですね。
――お二人の言葉力が強く、ますます期待が高まります。今大会は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあって1年延びました。また、1年延びたものの、開催については賛否両論ある状況になりました。お二人はオリンピックに出場するアスリートとして、どのように受け止めていらっしゃいましたか。
東野 延期については勇大くんともっと練習が積めるし、もっともっと成長できるとプラス思考で考えることができました。ただ、開催するか開催しないかとなった時には、やっぱり開催された時にいいプレーができるように、自分たちの心と体の準備はしてきました。
渡辺 僕ら選手は、大会があるものだと思って準備するしかありません。そこを目指してやってきた選手たちもたくさんいるので、僕らが大会開催について何か言うことはできません。選手の立場からすれば準備するしかないですよね。難しい1年でしたが、こうやって無事に大会が開催されて、選手一個人の意見としてはうれしいです。賛否両論がありますが、選手の立場からすれば開催されたことは誇りに思いますし、感謝の気持ちを述べたいと思います。これで終わりにするのではなく、「スポーツは面白い」「バドミントンってまだまだこんな面白さがあるよ」ということを今後伝えていくというのが、僕らの役目なのかなと思っています。
――本当におっしゃる通りですね。お二人が果たしていく役割も大きくなると思いますがぜひ頑張ってください。心から応援しています。ありがとうございました。
渡辺・東野 ありがとうございました。
(取材日:2021年7月31日)
■プロフィール
渡辺 勇大(わたなべ・ゆうた)
1997年6月13日生まれ。東京都出身。小学1年の時に両親の影響でバドミントンを始める。中学は父親の後輩が総監督を務めていた福島県富岡町立第一中学校に入学。1年先輩の東野有紗と出会いペアを組む。2018年、全英オープンの混合ダブルスで日本史上初の優勝。20、21年と男子ダブルスで2連覇を達成。21年東京2020オリンピックの混合ダブルスで銅メダルを獲得、男子ダブルスでは5位入賞。日本ユニシス(株)所属。
東野 有紗(ひがしの・ありさ)
1996年8月1日生まれ。北海道出身。福島県富岡町立第一中学校3年の時に全日本中学選手権で女子ダブルス優勝を果たす。2018年には、渡辺とのペアで出場した全英オープン混合ダブルスで日本史上初の優勝。20年全日本選手権混合ダブルスで4連覇を達成。21年全英オープンの混合ダブルスで優勝。同年の東京2020オリンピックでは、混合ダブルスで銅メダルを獲得。日本ユニシス(株)所属。
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