JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
稲見 萌寧(ゴルフ)
女子個人 銀メダル
■実感の湧かない銀メダル
――銀メダル獲得おめでとうございます。オリンピックのゴルフ競技で初のメダル獲得ということもあって歴史に名を残すことになりました。率直な感想をお聞かせください。
夢の舞台に立てたことが私も奇跡だと思っています。オリンピックの開催が1年遅れたからこそ出場できましたし、これは本当にいろいろなタイミングや運命が積み重なったからこそ。金メダルはとれなかったですが、チャンスをものにできて銀メダルをとれたということは本当にうれしいなと思っています。
――メダルを目指すというよりは、とにかくオリンピックの舞台に立つことがうれしかったのでしょうか。
出場することが本当にうれしくて、私にとってはお祭りみたいな感じでした。
――確かに、ホールアウト後のインタビューを聞いていても、毎日楽しそうな雰囲気が画面からひしひしと伝わってきました。
はい、すごく楽しかったです(笑)。
――他の大会との違いはあまり感じなかったとおっしゃっていました。例えば会場の雰囲気や、あるいは無観客だったことはどのように感じましたか。
最近はトーナメントも観客がすごく多くなってきました。私は人気のある選手と同伴になる組み合わせが多いので、有観客の場合、ギャラリーの半分くらいの方が一緒に回って観戦してくださる感じになります。だからこそ、オリンピックは本当に人が少ないと感じました。
――それが何かプレーに影響する部分はありましたか。
いや、とくにはなかったです。普通に楽しく回っていました。
――渋野日向子選手が全英女子オープンで優勝したのを皮切りに、今年に入ってマスターズで松山英樹選手が優勝して、笹生優花選手と畑岡奈紗選手が全米女子オープンのプレーオフで戦う……といったように、世界の大舞台、メジャートーナメントで日本人ゴルファーの活躍が目立っています。そして、今回は稲見選手がオリンピックで銀メダルを獲得しました。稲見選手にとって刺激になっている部分というのはありましたか。
刺激というより、尊敬ですよね。本当に海外で戦うことは相当な決断力も必要ですし、自分の未来もかかっていますしね。畑岡奈紗ちゃん、笹生優花ちゃんは英語ができますが、海外に行って日本語が喋れない環境になれば、自分の体や心に疲れが出てくると思います。そのあたりを考えても、向こうで戦おうという決断をすること自体が本当に尊敬できる部分だと思っています。二人とも頑張っているから私も頑張らなきゃという思いはありますけど、それよりも本当にすごいという思いが強いですね。
――とはいえ、オリンピックで勝つのが一番難しいかもしれませんよね。出場人数も限られていますし、4年に1回ですし。そういう舞台で、世界の名だたるプレーヤーに混ざってこの銀メダルをつかんだということに関しては率直にどう思いますか。
うれしいという気持ちが一番ですけど、全然実感は湧かないです。全英女子オープンとか全米女子オープンとかマスターズとか、本当にすごいメジャー大会で優勝というのは快挙!すごい!という感じはあるんですけど、自分がその立場になってみるとあまり実感が湧かないです(笑)。そもそも優勝というわけじゃないですしね。だからこそ、余計に実感が湧かないのかもしれません。
――正規のラウンドの最終18番ホール。セカンドショットで手前のバンカーに入れてしまいました。前日のセカンドショットでオーバーしたことも影響したのかと思うのですが、今振り返ると、あの場面は金メダルの分かれ目と考えた時に、自分の中でこうしておけばよかったと思われることはありますか。
もちろんしっかり振り抜いておけば良かったというのはあるのですが、でもそれを言っても仕方がないこと。終盤あまり良くない流れでしたが、それでもプレーオフではしっかり勝てたということは逆に良い終わり方だったなっていうふうに思いますね。負けて終わっていたら、ずっと悔いが残っていたと思うんですよ。
――勝って銀メダルとなりましたものね。
そうですね。金メダルはとれずに負けましたが、でもそこから負けたものをもう一度勝ってとり戻したというような感覚はあります。
――プレーオフはこれまでプロ入り後3戦3勝。今日が4戦目で、見事銀メダルを獲得しました。プレーオフはご自身も得意だと感じているのでしょうか。
はい。得意分野です。プレーオフは本当に楽しめますね。
■相手のミスより自分の向上に期待して
――プレーオフの相手となったリディア・コ選手(ニュージーランド)とティーグラウンドに向かう前、談笑しているのが印象的でした。あの時はどのようなお話をされていたんですか。
基本的に、私は英語が喋れないので会話はできないのですが、友達で韓国人の子がいて韓国語を教えてもらっていたので、「今日はすごく暑かったですね」といった本当に他愛もない感じの会話を韓国語でしていました。
――18番ホールは先にホールアウトして、コ選手はパットを入れ返してくる心づもりでいたという雰囲気を感じていました。普段から相手は入れてくると思っているのでしょうか。プレーオフなどを戦っていると、つい「外して!」と相手のミスを願ってしまうこともありそうですけど、稲見選手は常に「よし入れてこい!」と思っているのでしょうか。
思ってしまうのは仕方がないことだと思いますし、実際全く思っていないと言えばうそになると思います。でもやっぱり相手のミスを期待するよりも、自分で勝ちとった方が気分も良いですよね。そもそもそれが自分の実力だと思いますので、全部相手がうまくいく設定で考えて、自分がその上にいけば良いという考え方にしています。相手が落ちることを期待するよりも自分が向上した方がいろいろと良い方向につながると思うので、あえてそう考えるように頑張っています。
――プレーオフで勝負が決まりホールアウトした後も、優勝したネリー・コルダ選手(アメリカ)を含めて3人それぞれが「良く頑張ったね」といった雰囲気でたたえ合っているように見えたのですが、実際にはどのような感じだったのでしょうか。
日本人選手も良い人は多いですけど、海外の選手は相手を祝福する気持ちがすごく強いと思います。自分のことはもちろんすごく大事にしていますけど、さらに他人のことも褒めていて。2日間一緒に回ったマリア・ファシ選手(メキシコ)は、私がパー4のセカンドショットが入ってイーグルをとった時も、私より先に喜んでくれていました。みんなグータッチしてくれて祝福してくれたので、このような人たちの中でプレーしていると自分の心が洗われるような感覚がありました。そういうところを含めて外国人選手が好きです。見習えるところは見習いたいなと思いますね。
――そうやって考えると、海外ツアーにチャレンジしてみたいという気持ちも出てきますか。
単発でのチャレンジはしてみたいという気持ちはあるんですけど、主体は全部日本ツアーに置いてという感じで考えています。
――ホールアウトした後、最後に畑岡選手ともハグされていましたね。おそろいのユニフォームを着てというのは、ゴルフの場合あまりないと思うのですが、同じ日本代表チームとして戦っているという意識はありましたか。
奈紗ちゃんも本当にすごい選手で、いろいろな面で尊敬していますし、質問もいろいろさせてもらいました。試合中には、終始私も奈紗ちゃんのことを応援していましたし、頑張ってほしいという気持ちでいました。もちろん自分も頑張りたいという思いでやっていましたけど。練習ラウンドも何回か一緒にさせてもらい、ナイスプレーの時はお互いナイスプレーって言い合ったり、あのホールのあそこが難しかったなと思ったらその辺をちょっと伝えてみたり、いろいろ話し合いました。一番チームっぽく感じたのは服部道子コーチの存在です。選手第一に考えてくれて、陰でも表でもサポートしてくださったので、ゴルフはもちろんそれ以外の悩みも相談できました。道子さんの存在が本当に大きかったですし、道子さんがいたからこその日本チームだったと思います。
――道子さんが泣いている姿がカメラにも映っていました。
えっ、そうなんですか! 私、気づかなかったです(笑)。
――感極まって泣いていらっしゃいましたよ。きっと本当に喜んでいらっしゃると思います。
良かったです!
――7月に行われた試合で稲見選手のプレーを取材させていただいたのですが、必ず他の選手がホールアウトするまでずっとグリーン側で待っているのがすごく印象的でした。次のホールでオナーになる選手は、先に次のティーグラウンドに行って待っているというケースもちらほらありましたが、稲見選手だけはホールアウトするのを見届けて、それから次のホールに行くということをしていました。そこには同伴選手へのリスペクトを感じました。
わざといるようにしているという意識はないです。ただ、自分がマーカーを担当する選手のスコアは、全て自分の目で確かめてしっかり書いていくことがゴルファーの責任の一つです。相手のスコアによって自分の打つ順番も変わりますし、自らしっかりと確認したものしか信じないと決めているので、しっかり選手のプレーは見届けるようにしていますね。
――ゴルフには競技委員こそいますけど、いわゆるレフェリーや審判みたいな人たちがいません。だからこそプレーヤー自らがフェアに戦わなきゃいけないですし、選手や競技をリスペクトすることを大切に実践しているということなんでしょうね。
ええ、そうですね。それはあります。
■ゴルフ人口を増やすのも宿命
――新型コロナウイルス感染症拡大の影響で大会が1年延期になりました。でも、そのおかげで順位もランキングも上がって、オリンピックの代表に選ばれたということもあったと思います。一方で1年期間が延びることでご自身として、「チャンスだからチャレンジしていこう」と思ったことはありますか。
全くなかったです。もともと全然オリンピックに出場できるようなランキングじゃなかったですし、本当に最後の最後まで全く分からなかったですし。まずはツアーで勝ちたいという気持ちの方が強かったです。ツアーで勝たないとオリンピックの選考に影響するランキングも上がらないですし、まずはツアーを勝つために自分に足りないものを考えて、オフにいろいろとやってという感じでした。
――2020年から稲見選手の快進撃が続いているなか、オリンピックが現実にやってきました。ご本人の中ではオリンピックをどのように意識するようになっていきましたか。
調子が良くなってきて、最初の方はトーナメントでも本当に勝てる気持ちしかなかったんですけど、途中から今度は勝つのが当たり前というプレッシャーを感じ始めました。完璧主義者のところがあって、いろいろ求めるために追い詰めすぎたり、メディア対応にいろいろ苦労したり、練習の量が減ってしまったり、なかなか集中できずストレスが増えてしまって、最後の方は本当に試合に出たくないなと思うくらいきつかったです。そこでちょっと予選落ちが何試合か続いたのですが、逆に予選落ちしたことで本当にすごく気持ちは楽になって、これで当たり前の基準値が下がると思いました。予選落ちがうれしかったんです(笑)。もちろん、予選落ちという結果は嫌ですが、次の日に「やっと休める!」という感覚もあって。そこからまた調子が上がりましたし、気づけてうまく修正できた面がありました。今考えると、予選落ちをして休めたことが良かったと思っています。
――負けから学ぶとか、負けをうまくプラスに転換するということですね。
そうですね。勝ちから学ぶものはあまり多くないですが、負けからの方が学ぶものは大きいと感じます。
――飛距離を伸ばしたいという話をされていました。銀メダルということは、次は金メダルをめざすという伸びしろがあると捉えることもできるということですね。さらに上を目指してまたチャレンジしたいと感じたのでしょうか。
はい、そうですね。人から言われても直すことはできないですが、自分で気づいたら本当にやる気が出せると思います。ただ自分で気づかなくては意味がありません。日本ツアーですと飛ばない方ではなく、普通か普通より上というくらいだったのですが、今回は本当に悲惨なくらい置いていかれる感じで、周りの飛距離のすごさを痛感しました。
――びっくりしましたか。
最初の2日間の選手はとくに海外でもトップクラスの飛距離の選手たちだったので余計にそう感じました。パワーをつけていかないとこの先どんどん苦しくなっていくと感じましたし、心の底から頑張ろうと思えました。
――だからこそ、オリンピックが終わってすぐ明日からまた練習ってことですか。
はい、そうですね。(笑)
――今回のオリンピックは開催されるか賛否両論のところもありました。そういうなかで稲見選手は率直にどのような事を考えていたのでしょうか。
オリンピックの開催は、私自身も厳しいかなと思っていました。本当に苦しんでいる方もたくさんいらっしゃいますしね。一方で、私の場合はそうした延期の状況があったからこそチャンスをいただけた感じでもあることを考えるとちょっと複雑でした。オリンピックでメダルをとるとテレビに取り上げられます。私がオリンピックに出ることで、これからゴルフを始めようと考えているお子様たちにも、ゴルフの楽しさに気づいてもらえたらうれしいです。ゴルフ人口を増やすことは私たち女子プロの宿命でもあると思っているので、そういう意味でもオリンピックに挑戦しました。
――これで終わりじゃなくて、これからまたスポーツやゴルフの価値をメダリストとして発信していくことも大切になりそうですね。頑張ってください。
ありがとうございます(笑)。私、みんなから「緊張していたね」などとよく言われるのですが、全く緊張しないタイプなんです。小さい頃から目立ちたがり屋というのはあるのですが、人見知りも全くしないですし。海外の選手でも英語が全く分からないのに、自分から話しかけに行っちゃうくらいで(笑)。これは生まれ持った性格ですね。集中すると結構顔に出やすくて「怖い」とか「話しかけづらい」と言われるのですが、性格は間逆なんです(笑)。
――確かにクールなイメージがありますね。
本当に全然。初対面の人にも、「喋ったら面白い人なんですね」とよく言われます(笑)
――それもぜひ伝えていきましょうね。
はい(笑)。
――最後に、他の競技の選手たちが同じ大会で競い合うのもオリンピックならではの魅力だと思います。他の競技や選手から刺激を受けたことは何かありましたか。
私、普段スポーツとかテレビは見ないんです。ゴルフも基本的に見ないのですが、それでもテレビをつけるとオリンピックをやっていたので結構いろいろと見ましたね。開会式の日に選手村で一緒に写真を撮ってもらった選手やそのプレーも気になりました。あの選手はこんな雰囲気だったのに、試合中はこういう感じなんだねというのも楽しめました。そういう面でも、こうした出会いも本当に良いことだなってあらためて実感しました。
――競技の垣根を越えてできた仲間も大切にして、ぜひこれから先も持ち前の明るさで大活躍を期待しています。
はい、ありがとうございます!
(取材日:2021年8月7日)
■プロフィール
稲見 萌寧(いなみ・もね)
1999年7月29日生まれ。東京都出身。小学4年生でゴルフを始める。2018年プロテスト合格。10代最後で出場した19年7月の試合でツアー初優勝を果たす。20年にツアー2勝目。21年に通算7勝目を挙げるなど好調のなか、東京2020オリンピックに出場。大会ではリディア・コ選手(ニュージーランド)とのプレーオフを制し、日本ゴルフ史上初となる銀メダルを獲得した。都築電気(株)所属。
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