ロンドンオリンピックのレスリング女子フリースタイル48キロ級で、小原日登美選手が決勝で2008年北京オリンピック銅メダリストのマリア・スタドニク選手(アゼルバイジャン)を下し、オリンピック初出場で金メダルを獲得しました。同階級の金メダルは日本勢で初めてです。
以下は試合後の小原選手のコメントです。
――夢がかないましたね
まだ実感がないんですけど。これが最後の試合って決めていたので、みんなに笑顔を見せることができて一番幸せというか、よかったと思います。
――第1ピリオドを取られたけどよく立て直しましたね
相手がすごい勢いで来て、強く感じました。もしかしたら負けるかもしれないと一瞬よぎったんですけど、そこを乗り切ったときに監督やコーチから大丈夫と言われて、アドバイスも受けて、それを指示通り冷静にできたことが勝ちにつながたっと思います。
――レスリングの出来は?
決勝は(1ピリオド)とられてしまったけど、どんな試合であっても、何があっても優勝を目標にやってきたので、それを達成できました。今までやってきた練習に悔いはないという思いでマットに立って、念願のオリンピックのメダルを取ることができて、やりきったという気持ちです。
――階級を48キロに落としてきつかったのはいつですか?
(2010年の)アジア大会で負けてからですね。51キロのときと同じように勝てるだろうと思っていたけど、そこで負けてから思うように練習もいかず、体重のコントロールも難しくなりました。アジア大会の負けがあって、ああいう思いを自分もそうですけど、周りにもさせたくないと教訓にしてやってきたたので、あの負けがあったから今があると思います。
――いろいろあったこの10年を振り返っていかがですか?
準決勝が終わって決勝までの時間、今までのことがいろいろ浮かんできました。初めて世界選手権に出たときとか。妹が世界選手権で負けて「日登美がオリンピックを目指した方がいい」と言われて、そのときから自分のロンドンへの道が始まりました。一人の力ではここまで来ることができなかったので、たくさんの人に支えられて、みんながついてるから怖くないという気持ちで臨めました。旦那からもらった手紙の「オリンピックに魔物はいない」という言葉に勇気づけられて、思い切りやろうと思いました。
――初めてのオリンピックでしたが?
「世界選手権と変わらない」と言い聞かせていた。今日もオリンピックと思わないように。試合というよりもスパーリングができるのもあと4回だと思って、思い切りやろうという気持ちでいました。あまりオリンピックと思わないでやりました。
――オリンピック前から引退を公言していましたが?
ロンドンオリンピックのために復帰したので、その先はないです。ここがゴールだと決めていたので。復帰したときからこのオリンピックで引退と決めていました。(今も気持ちは)変わらないです。どんな結果に終わってもこれが最後だと思っていました。思い切りやろうと。唯一かなえられなかった夢がオリンピックでした。それがかなってこれ以上のものはないです。
――今後はどうしていきたいですか?
今までは旦那にも支えてもらって、自分の選手生活が中心でした。自分が支えてきてもらった分、これからは旦那にもご飯を作ったり、普通の生活をしたいです。主婦をさぼっていたので(笑)。
――背中を押してくれた妹にはどんな言葉をかけたいですか?
ありがとうという言葉です。こっちに来る前、妹から手紙をもらったんですけど、妹もありがとうって書いてくれました。自分は妹が戦ってきたこの階級で、妹からバトンを引きつぎました。妹がいたからこのオリンピックに立って金メダルを取ることができたので、本当にありがとうという気持ちです。
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