JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
本多 灯(競泳)
男子200mバタフライ 銀メダル
■メダルのすごさに実感がなく
――改めて、メダル獲得おめでとうございます。
うれしいです、ありがとうございます。
――初のオリンピック出場で、見事な銀メダル獲得だったと思うんですけれども、率直に感想をお聞かせください。
自分のベストとして自分のレースができて、銀メダルがとれて素直にうれしいです。
――先ほどの会見でも実感はあまりまだ湧いていないとおっしゃっていましたが、時間も経って、少しずつ実感が湧いてきていますか。
銀メダルをとったという喜びは終わった後にあったのですが、みんなから「おめでとう」と言われるほどのことなのかなと……。まだすごさが実感できていないです。
――なるほど、終わった瞬間は2位で、かなりうれしそうでしたけど、そこまで銀メダルのすごさを感じていなかったんですね。
はい。本当にそこまですごいことなのかと、不思議な感覚です。
――前半から冷静でいられたというコメントもあったと思いますが、他の大会と比べて何か違いは感じましたか。
他の大会と違うところは「大舞台」といわれるだけで、自分のモチベーションや気の持ちようもほとんど変わらなかったです。それが今回銀メダルをとれた原因だと思います。
――レースになってしまえば、どんな大会でも考えることはほぼ一緒ということですか。
そういうことだと思います。
――一般的に8レーンは不利だと言われます。その難しさと泳ぎづらさは感じませんでしたか。
予選、準決勝と、結構真ん中付近のレーン(ともに3レーン)で緊張してしまって、ギリギリ8番目で決勝となりました。決勝に残れた時点で8番だからもう下がることもない。あとは上がるだけで、逆にプレッシャーもなかったので、8レーンで良かったと思います。
――今回の競泳は、予選や準決勝が夜の深い時間で、朝に決勝でした。そこに対する調整はチーム全体でもされていたと思うのですが、本多選手はいかがでしたか。
僕は日々の練習から朝の決勝をすごく意識して練習をしてきました。午後は体が動いている状態だから準決勝は通過することができると信じて、全ての練習を朝の決勝に合わせて調整してきました。
――どちらかというと、予選や準決勝の方がピークではなく難しさがあったということですね。
はい。朝の方がもうやる気というか、やれる感じがしていました
――悪い流れをかき消していったというコメントがありました。競泳陣の中で、本多選手の明るさがまさに火をともしたように感じました。明るくしようという意識的に努める部分と、自然な性格の部分は、どのくらいの割合だったのでしょうか。
半々でした。自然にこのような感じでやってきたので、初めがどんな感じだったかも覚えてないです。自然にそう振る舞えていたということと、一方で盛り上げるために意識してやっていた部分もあって、本当にちょうど半々ぐらいの感じだと思います。
――本多選手の笑顔でファンも増えたと思います。ご自身で分析していただくと、一人のスイマーとして今回メダルがとれた要因はどこだと思いますか。
コロナ禍で去年は全く予期せぬことが多かったのですが、そのなかで自分が今まで以上に練習をして力を蓄えたらオリンピックに出られると思いましたし、今がチャンスなのではないかとも考えました。日本の200mバタフライはすごくレベルが高く、オリンピックに出たら決勝に残ることは可能だと思っていました。自分の目標はオリンピックの金メダル、世界記録樹立なので、この延期した期間に休むとかだらけるという考えはありませんでした。今回は銀メダルという結果でしたが、常に目標に向かって貪欲にやってきたのが良かったと思います。
――逆に差をつけようという気持ちですね。
僕もなぜそういう気持ちが湧いてきたのか分からないのですが、より強く湧いてきました。
■日本代表選手団のエースとして
――日本選手権もそうでしたし、予選もそうでしたが、それこそ有言実行で自己ベストを2秒ほど更新したと思います。ISL(国際水泳リーグ)に参加した時、世界のレベルを感じてそこからモチベーションが変わったという話も伺いました。
僕は本当に水泳が好きで、今までめげずにやってこられたのも好きなことが理由の一つでしょう。ISLを経験して、自分とトップの差が分かった気がします。明確な理由を提示することはできませんが、自分の中で何かが変わった感じがあります。今までいろいろな選手がそういう言葉を言ってきているのを聞きましたが、自分でもこういうことがあるのだと身に染みて分かりました。GMである北島康介さんからISLに誘っていただき、感謝の気持ちもより強くなりましたし、自分に運が来ていると感じますね。
――自己ベストを更新していくのは、すごいです。
今回はオリンピックでのメダルをとりたかった。色は関係なく表彰台を意識していました。ただ、この目標を考えると、日本選手権でベストが出たとはいえこのタイムでは絶対メダルをとれないと思っていました。そう思うとますますやる気が出てきましたし、自分自身、強気になれたというか、ポジティブになれました。この試合でもしベストが出たらオリンピックで勝利確定だと思うようにやってきました。
――逆にこのタイムが出たらいけるなということですね。
はい、そうです。自分の場合は、今回本当に良かったと思います。
――競泳では本多選手が男子の唯一のメダリストになりました。その点はどう思われていますか。
みんなが支えてくれたので、メダルは僕だけのものではないと思っています。瀬戸大也選手も最後のレースは惜しかったし、誰もが熱いレースだったと言います。みんながすごく悔しい思いをしているので、次の世界選手権や3年後のパリオリンピックで絶対に盛り上げてくれると思います。僕も、その勢いを作る人材の一人になれればいいなと思います。
――これから日本代表チームを引っ張っていく立場ということですね。
僕が日本のエースだと胸を張って言えるように、記録を更新し続けていきたいです。
――大会期間中、周りに気を遣う部分はありましたか。
自分のレースまでは、僕がやりたいようにやってきました。たぶんやり過ぎたところもありましたが、レースがあるからということでみんなが許してくれた部分もあったと思います。自分が応援してもらったので、今度は恩返しとして自分の全てを出して他の選手を応援したいと思いました。自分がやれることは終わりましたが、やり切ったかなと思います。
――200mバタフライは、5大会連続で日本勢によるメダル獲得となりました。途切れさせてはいけないという気持ちもあったでしょうが、決勝に一人だけが残り、その辺のプレッシャーを感じたことはありましたか。
プレッシャーはありましたが、決勝を泳ぐ前にはなかったですね。もう「楽しむだけ、自分のレースをするだけ」というのを強く思っていました。やはり、自分がメダルをとりたいという気持ちが一番なので、日本チームとして途切れさせてはいけないというよりも、自分のためのレースができたと思います。結果的にメダルがとれたこともすごくうれしいです。
スポーツは人を感動させる力があるものだと思っています。初めてオリンピックに参加しましたが、今回は特殊なオリンピックだったと思います。コロナ禍によって今すごく不安を感じる世の中だと思うのですが、日本代表選手団はそれらを吹き飛ばす活躍を見せてくれています。オリンピックは多くの競技が集まるので、より盛大に感じると思います。毎年行われる世界選手権やパンパシフィック選手権などと同様に、他競技でも世界大会がありますから、オリンピックに限らずスポーツによって世界中が盛り上がることができると感じます。
――無観客というのは本多選手にとってどのように影響しましたか。
オリンピックというのはいっぱい人がいて、会場では興奮に包まれた状態だと思っていました。でも今回、日本代表選手団はもちろん、他の選手団も応援してくださって、それでも鳴り止まない声援がありました。もちろんもっとお客さんがいたほうが盛り上がったと思いますが、無観客でも自分の中では本当に世界一盛り上がっていたみたいな感じであまり影響はなかったです。
■プレッシャーを跳ね返す男
――新型コロナウイルス感染症の拡大で、いろいろな報道などもあったと思うのですが、オリンピックを開催することに対しては否定的な声もありました。本多選手はこのような難しい状況をどのように受け止めて来ましたか。
皆さんの気持ちはそれぞれだと思うんですが、まずは開催を許してくれたこと、また協力していただいた方々に、本当に感謝の気持ちで「ありがとう」と言いたいです。僕はこのコロナ禍だからこそ、スポーツで盛り上げることで不安をなくして世界が良い方向に向かうと信じています。こういう状況に持っていけるのがスポーツの力だと思いますので、みんな僕らにそのことを託して頑張ってほしいと思ってくださったのかなと思います。
――銀メダリストとなりました。オリンピックメダリストとして今後は注目もされます。一生、銀メダリストという称号が本多選手につきまとってくることもあると思うんですよね。それが重荷になっていくかもしれないし、力の源になるかもしれません。それに関して本多選手はプレッシャーと向き合うことを含めて、どのように感じていらっしゃいますか。
僕はプレッシャーを跳ね返す男だと思っています。注目されることはありがたいですし、自分自身も有名になりないという承認欲求が強い人間だと思っていますから、そういうのは本当にうれしいです。でもたぶん、いろいろな選手がプレッシャーに耐え抜いたり、またはちょっと苦しんだりした人もいると思うんです。(大橋)悠依さんもその一人だと思いますが、そういうのを見て複雑な気持ちにはなります。
でも僕は、レースをする楽しさの方が勝ると思っていますので、その楽しさを忘れなければ逆にプレッシャーを自分のものにできると思っています。「常に前向きな気持ちで楽しさを忘れない」というのは自分のモットーなので、その気持ちを忘れず競技人生を全うできればいいです。
――プレッシャーの重圧に対してもむしろ歓迎するってことですね。
でもこれくらいではまだまだだと思っているので、こんなので喜んではいけないと思います。僕は世界一有名になりたい。それは夢ですが、スポーツ選手というのはすごく尊敬されるものだと思っています。本当にまだまだ足元にも及ばないと考えれば、全く足りないと思います。自分にとって良いことだと思いますし、常に向上心を忘れないということが重要だと思っているので、楽しさと向上心を続けて競技人生を全うしたいです。
――少し真面目な話でいうと、スポーツとかオリンピックの価値とか素晴らしさとかを伝えていかないといけない立場になっていくと思うのですが、これからどういうことに取り組んでいきたいと思いますか。
日本のエースとして競泳界を引っ張っていきたいと思いますし、やはり今回競泳でメダルが3つしかとれなかったことは本当に皆悔しい気持ちだと思います。僕のこの泳ぎで日本のチームを良い方向にもっていきたいです。僕がこのチームを変えたいと思っていますし、この競泳の素晴らしさ、スポーツの素晴らしさをどんどん広めていき、本多灯のイベントを創りたいですね。
――ありがとうございます。最後の質問になりますが、パリオリンピックも含めて今後の目標をお聞かせいただければと思います。
金メダルの選手とはすごく差が開いてしまいました。1位をとった選手はきっと張り合いがなかったので、自分のレースをするだけだという気持ちだったと思うのですが、スポーツは勝負の世界なので、ここで負けるかもと思わせることができないといけないんですよね。3年後のパリオリンピックでは僕が金メダルをとれるように、1位をとったクリシュトフ・ミラク選手(ハンガリー)に楽しんでもらえるような試合をしたいです。自分たちが楽しめれば世界中も楽しめると思います。できれば世界記録に近づけるように日々精進して、3年後のパリでは金メダルをとりたいと思っています。
――世界レベルですと1分50秒台ということになります。
僕は、目指すべきはそれを超えて49秒台だと思っています。常に上を、想像の上を行かないと勝てないと思います。
――ここ半年の本多選手の自己ベストの縮め方を見ると、いけるのではないかという気もします。
僕もこんなところで止まっている暇はないと思っています。半年で1.5秒、2秒弱タイムを縮めてきたので、この調子でずっとキープしていければ楽しさも倍増しますよね。
(取材日:2021年8月2日)
■プロフィール
本多 灯(ほんだ・ともる)
2001年12月31日生まれ。神奈川県出身。幼稚園の頃に水泳を始める。19年の世界ジュニア選手権では200mバタフライで2位。20年、21年に日本選手権優勝。初出場となった21年東京2020オリンピックでは男子200mバタフライで、自己ベストを更新して銀メダルを獲得。ATSC.YW所属。
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