セーリング混合ディンギーで銀メダルを獲得した岡田奎樹選手・吉岡美帆選手ペア。パリ2024オリンピックで新たに誕生した種目で、セーリング界20年ぶりのオリンピックメダル獲得へと導いたカギは、二人の信頼関係を深めるコミュニケーションだった。
――お二人にとってはオリンピックで初の銀メダル、セーリングとしても20年ぶりのメダル獲得ということになりました。おめでとうございます。
<二人> ありがとうございます。
――マルセイユでメダルを獲得してパリへ戻っていらっしゃいました。少し時間が空きましたが、改めて今、どのようなお気持ちでしょうか。
<岡田> 非常にうれしかったです。フィニッシュした瞬間が一番うれしく感じたのですが、その後にメダルをかけてもらって、多くの人から祝福のメッセージをいただいて、さらに喜びがどんどん湧いてきている感じです。
<吉岡> フィニッシュした瞬間は実感がなかったのですが、メダルセレモニーでメダルをかけてもらってからすごく重みを感じて、そこで実感することができました。3度目のオリンピック挑戦だったんですけど、今までの努力が報われたと思います。今は幸せな気持ちです。
――メダルの重みはいかがですか。
<吉岡> 本当に重く感じました。現物としても想像以上に重かったのですが、このメダルの重みの中にいろいろな重みが詰まっていると感じています。
――先ほど岡田選手から祝福のメッセージが届いているとおっしゃっていましたが、反響はいかがでしょうか。
<岡田> もちろん大きかったです。「おめでとう」という文章はそれほど変わらなかったのですが、数自体はすごく多くもらいました。
<吉岡> 私も他の大会とは比較にならないくらい、たくさんのメッセージをもらいました。
――昨年の世界選手権で優勝したことで、かなりの手応えを持ってパリ2024オリンピックのスタート地点に立ったと思います。予選も前半戦は好調が見てとれました。一方で、中盤からはオーストリアの選手が調子を上げてきましたよね。お二人はどんなことを話しながらレースと向き合っていたのでしょうか。
<岡田> すごく細かい話になりますが、点数が少しずつ開いてある程度展開が確定し出してから、メダリスト同士の点数の勝負になるのかなと想定していました。最初はゲーム展開がみんなに平等なので、前半戦は、自分たちが積極的にレースをして点数をとりにいかないといけないと考えていましたが、自分たちは初日、2日目とロースコアの点数で運ぶことができました。他方で、オーストリアの選手たちは失格が一つありましたので、 あまりマークをしていなかったのが実情でした。1回失敗するとかなりのダメージを受けてしまうので、失格などをしてない選手たちを広くマークしようということで、周囲の点数も意識したレースというのを3日目以降に行いました。ただ結果として、そこで自分たちが点数を落とすことになってしまい、暫定総合成績が3番という形でメダルレースに進むことになりました。
――メダルレースを前にして暫定3位というのはお二人にとって想定内だったのでしょうか。
<吉岡> 気持ちとしては、やはりもっと上でメダルレースに臨みたいとは思っていたのですが、でもレースをしてみると、1位と2位の選手は私たちよりも速くて、実力は上だったのかなというふうに感じます。
――最終的には銀メダルという結果になりました。どのようなコミュニケーションをとりながら、最後のメダルレースを運んでいらっしゃったのでしょうか。
<吉岡> 私たちは上と下、2位とも4位とも点数が近かったので、 2位を狙っていくのか、または攻めて4位に落ちないように銅メダルを確実に狙いにいくのか、いろいろなことを考えました。予選シリーズで私たちがうまくいったのは、自分たちのコースをとって自分たちのレースをするというのがうまくいったので、最後のメダルレースも自分たちのレースをしようと話し合って決めました。
――レースをしていて、どのあたりでメダルの手応えを感じられたのでしょうか。
<岡田> 予選の時点で、船のスピード自体も良かったですし、風の見立ても良かったので、メダル自体は固い方なのではないかと想定していました。ただ、金メダルも可能性としては十分にある位置にずっといたので狙っていたのですが、結果としてやはり微妙なバランスが影響したと思います。メダルレース決勝のレースの前に点数差が大きくなってしまって銀メダルという結果だったのでその点は残念でした。自分たちの実力的にも戦略的にもう少し変えていたら金メダルの可能性もあったでしょうが、逆に言えば、ちょっとでも戦略が失敗していたらメダル圏外ということもありえたと思います。
――海の上で、そうした紙一重の駆け引きがあったのですね。
<岡田> そうですね。今まで経験したオリンピックでは、明らかに金メダルをとる選手の実力が上で、もう「どうぞとってください」みたいなこともあったのですが、今回混合ディンギーになって、上位 4、5艇くらいは、誰が金メダルをとってもおかしくないくらい実力が拮抗していました。
――混合ディンギーが新設されることになり、吉岡選手に対して岡田選手からLINEが届いたと伺っています。どう感じましたのでしょうか。
<吉岡> 私は元々、東京2020オリンピックが終わってから競技を続けるか悩んでいて、一度競技から離れたのですが、やはりもっと高いところを目指したいという気持ちがすごく芽生えてきました。そのタイミングで岡田選手からLINEをもらったので、「これはチャンスだな」と感じて率直にうれしかったですし、岡田選手とならいい成績が出せるんじゃないかと思いました。そこから話が進んでペアを組むことになりました。
――岡田選手はどのような思いでLINEを送られたのですか。
<岡田> チャンスがあるのでやりたいなと。パリ2024オリンピックでもやりたいというのは、東京2020オリンピックが終わる前からも思っていたので、ペアを探した時に吉岡さんがベストだろうということになりました。先ほど吉岡さんがおっしゃったように、続けるかもわからない状態だと話を聞いていましたので、「続けるならばぜひ私に声をかけてください」ということで連絡させてもらいました。
――LINEを送るのも勇気が必要ですよね。
<岡田> いや、とくにそういうわけではなかったですかね(笑)。「1回、乗ってみましょう」と、そんなに重くならないように軽い感じで話をさせてもらいました。 元々この470級という種目は男女別だったのですが、パリ2024オリンピックでもしかしたら消滅して存続できないという話もあったんです。そういう中で混合ディンギーという形で継続したので良かったなと安心しました。
勇気を持って一歩踏み出すという意味でいえば、オリンピックを目指すと決めて、高校で親元を離れて寮に入ってヨット留学をすることになったのですが、その時は勇気が必要だったなと思いますね。
――岡田選手からはそれほど重いメッセージではなかったということでしたが、吉岡選手はどのように受け止めたのでしょうか。
<吉岡> はい、私も重くは受け止めていなかったです。
――まずは乗ってみようかという感じですか。
<吉岡> そうですね。直接会って、お互いに意思確認をして「目指すところは一緒だな」と思ったのでペアを組もうと思いました。
――お二人の強みはコミュニケーションだと伺っています。具体的にどのような部分が、お二人ならではの強みだと思いますか。
<岡田> チームの絆が深まったポイントは、セーリングに関して隠し事をしないことかなと思います。率直に思ったことをきちんと伝える。分からないことは分からないと言う。はっきりさせることが大切なのかなと思っています。相手の隠し事がないとわかれば、信頼や信用ができるようになります。その信頼感が徐々に高まって、チームの絆というのができていくと思っています。
<吉岡> 岡田選手が言ったように、最初はごまかしていたこともあったのですが、分からないことははっきり分からないと伝えて意思疎通することで、コミュニケーションがとれていたのではないかと思います。
――良くないことは良くないとお互いに言い合うことも大切だということでしょうか。
<岡田> そうですね。ただ、「良くない」という言い方ではなく、自分がそれは良くない行動なのではないかと思ったら、その行動の理由を聞くようにしています。吉岡さんに「それは正しいアクションだと思うのか」「ちょっと変える余地があったのか」という話を聞いて、もし完璧に良いと思っての行動だったという話になれば、その時に初めて「僕の意見はこうでした」といった新たな意見を伝えた上で、「それらを天秤にかけてどう思いますか」というように話を進めていました。
――なるほど、コミュニケーションを通して信頼関係を深めるための大事な考え方ですね。今回のメダル獲得によって、セーリングというスポーツが注目されるきっかけになると思います。子どもたちが一人では簡単に始めることができないスポーツかもしれませんが、セーリングの魅力などぜひ教えていただけますか。
<岡田> 子どもがセーリングを体験するには、それほど金銭的なハードルは高くなくて、海場やヨットハーバーに行けば気軽に体験できる場所があります。一番ハードルが高いのは、「海は怖いよね」と思っている人が圧倒的に多いというところですかね。「海に行く」というのが一歩踏み出す勇気が必要なアクションかもしれません。海の素晴らしさ、自然の素晴らしさを伝えていけば、おのずと1回ぐらいはヨットに乗ってみようかなという気持ちになるんじゃないかなと期待しています。
<吉岡> まずはヨットに乗ってみてほしいなと思います。私が初めてヨットに乗った時、「風だけでこんなに進むんだ」と感じました。海を感じますし、風を切る感じがすごく気持ちいいので、まずは乗ってみるという勇気を出してほしいと思います。
――最後に、お二人から何かメッセージがあればお聞かせください。
<岡田> ヨットは個人のスポーツと思われがちですが、社会を映し出しているような面もあって、いろいろな人の意見が必要になります。セーリングはいい風をとらないとダメなのですが、一流になると誰もがみんなある程度いい風をとります。動くに動けないがんじがらめの状態で、自ら判断して場面を動かしていかなくてはいけない局面が出てくるんですが、それでも自分が動くことでいい風を逃がしてしまうこともあります。勇気は非常に大切なのですが、それは一人だけにフォーカスしているわけではなく、実際にはみんなで決めているんです。風が見える天才とか、判断がすごいとかとよく言われるのですが、僕だけがそうやって考えて判断しているわけではなくて、吉岡さんだけでもなく、コーチだったり、監督だったり、いろいろな人が関わって判断しているんだというのを本当は言いたいですね。
<吉岡> 私は15歳からヨットを始めました。大学までは全日本でも予選落ちするように全然成績を出せない選手だったのですが、そこで声をかけてもらってオリンピックを目指すことになりました。オリンピックを目指せるレベルではなかったので、今ここで銀メダルをとっていることが不思議なくらいです。だからこそ、本当に努力し続けたらここまで成長できるということをみんなには知ってほしいなと思います。
――お二人とも、ご謙遜も多分にあるとは思いますが素敵なお話でした。ありがとうございました。そして、本当におめでとうございます。
<二人> ありがとうございます。
岡田奎樹(おかだ・けいじゅ)
1995年12月2日生まれ。福岡県出身。ポジションはスキッパー。5歳の時にセーリングを始める。OP級世界選手権、国体、インターハイの各大会で優勝を飾るなど、セーリング界の若手選手をけん引する存在となる。2021年東京2020オリンピック男子470級では外薗潤平選手とのペアで7位入賞。23年オランダ・ハーグで開催された世界選手権混合ディンギーで吉岡美帆選手とのペアで金メダルを獲得。24年パリ2024オリンピックでは銀メダルを獲得した。トヨタ自動車東日本株式会社所属。
吉岡美帆(よしおか・みほ)
1990年8月27日生まれ。広島県出身。ポジションはクルー。15歳の時に、高校の部活動でセーリングを始める。2016年のリオデジャネイロ2016オリンピックでは女子470級で5位、21年東京2020オリンピックでは7位と吉田愛選手とのペアで2大会連続入賞を果たす。18年の世界選手権では、日本の女子では初めてとなる金メダルを獲得。23年オランダ・ハーグで開催された世界選手権混合ディンギーで岡田奎樹選手とのペアで金メダルを獲得。24年パリ2024オリンピックでは銀メダルを獲得した。株式会社ベネッセホールディングス所属。
注記載
※本インタビューは2024年8月11日に行われたものです。