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2024.10.08 Paris2024 Medalists’ Voices

神様も味方につけた女王 ー 自らを不器用と語る謙虚なオリンピックチャンピオン(レスリング・元木咲良)

レスリング女子フリースタイル62kg級で金メダルを獲得した元木咲良選手(PHOTO:Yohei Osada/AFLO SPORT)

元木 咲良

運動神経は決して良くないと公言する元木咲良選手。そんな彼女のレスリングが、奇跡的な勝利をもたらし、オリンピアンである父も成し得なかったオリンピック金メダリストの栄光へと導いた。謙虚な女王にその本心を聞いた。

メンタル面での成長実感

――元木選手、金メダル獲得おめでとうございます。金メダルを手にして一夜が明けましたが、どんなお気持ちでしょうか。

 ありがとうございます。ここまで来るのに、本当にたくさんの方に支えてもらって、力を貸してもらって、そのおかげでこの舞台に立てて、そして金メダルをとれたと報告することができて、本当にうれしい気持ちでいっぱいです。

――オリンピアンでもあり、スタンドで応援されていたお父様も喜んでいらっしゃいましたね。どんな言葉をかけてもらったのでしょうか。

 「よくやった」と言ってもらいました。

――お父様も叶えられなかったメダル獲得、しかも金メダル。本当に親孝行でしたね。

 そうですね。はい、 ありがとうございます。

――初日は1回戦フォール勝ち、2回戦テクニカルスペリオリティと順調な滑り出しでした。ただグレースヤコブ・ブレン選手(ノルウェー)との準決勝は、一時5点差のリードを許す苦しい展開になりました。最終的には、反り投げから逆転してフォール勝ちされたわけですが、あの試合、ご自身はどのように振り返りますか。

 あのブレン選手とは過去に2回対戦しているのですが、試合をするたびにすごく強くなっていることを感じます。今回、最初組んだ時に「わ、強い!何もさせてくれない!」と感じて、そして、最初にタックルをとられた時に、もう本当にビビってしまって。そこで自分はかなり弱気になり、パニックになってしまいました。しかも5点差がついてしまって、金メダルをとるためにここまで来たのに、ここで負けてしまったら本当にどうしようと思いました。最後、強引に技をとりにいったのですが、それももう浴びせ倒されそうになってしまって……。オリンピックでフォール負けはさすがに情けなさすぎると思って、ブリッジしようとしたところ、偶然投げることができて、気づいたら相手の上に乗っていたみたいな感じでした。

――狙ってかけたというより、無我夢中で出した技だったのですね。

 そうです。反り投げなどやったこともないですし、普段の練習だと膝が危ないと感じるので怖くてできない技です。試合でも練習でもやったことがない技で「神様が助けてくれた」という感じでした。まさに奇跡というのか……、自分でもすごくびっくりしました。

――オリンピックの神様がいたような感じですね。「オリンピックには魔物がいる」はよく聞きますが、オリンピックの神様を味方につけた人はなかなかいないですよね。

 たしかに、そうですね(笑)。

スポーツが苦手な金メダリスト

――決勝はイリーナ・コリャデンコ選手(ウクライナ)との対戦となりました。先制こそ許したものの、準決勝と比べると冷静に対処されていた印象もあります。実際、ローシングルからアンクルホールドといういい技の流れで逆転できましたが、試合前にどのようなことをシミュレーションされていたのでしょうか。

 前日の準決勝は自分に負けそうになってしまったので、まず気持ちで負けないということを大事にして、強気で前に出続けようと思いました。相手選手は私のことを結構研究していて、タックルに入っていくところを待って、カウンターを狙ってくるだろうと分かっていました。そのまま入ってしまえば、もう相手の思うツボになってしまうので、まずは前に出続けて、相手が分かっていても足が引くことができない状況をつくってからタックルに入るという、自分の想定していた通りの試合展開になったかなと思います。

――分析通りに試合ができたのですね。

 終わってみれば、そうでした。

――元木選手はいろいろな負けを経験する中で、映像で確認したり、自分でノートをつけたりしていると伺いました。研究すること、自分の行動を言語化することは大切ですか。

 そうですね。私は不器用なので、体で覚えるということがあまりできないんです。だから言語化することでまずは仕組みを頭で理解してから体を動かすという方が自分には向いています。研究というか、動画を観たり、直接聞きに行ったりすることで身になるということの方が多いかもしれないです。

――元木選手は「あまり運動神経が良くない」と普段お話しされていますが、一方で、「レスリングは運動神経を鍛えられるからいい」とおっしゃる選手たちも多いです。元木選手ご自身はその点についてどう思われますか。

 実際のところ、私はスポーツが全然できなくて、本当はレスリングもあんまりできないんです(笑)。レスリングも運動神経が良い方が有利なことは間違いないのですが、レスリング、とくにフリースタイルは、全身を使えて、いろいろな技術があって、さまざまな技があります。人それぞれ持っている技が違いますし、100人いたら100通りのレスリングがあるので、模索すれば自分のような選手にも合う戦い方が必ずあるというのが、レスリングの魅力であり、いいところだと感じています。

――スポーツが得意ではないと思っているお子さんも少なくないと思うので、それも一歩踏み出す勇気になりそうですね。

 そうですね。できないからといって最初から諦めてしまうよりは何か探してみるのがいいですよね。100パターンあったらその100通りをやってみれば、何か一つ自分に当てはまることがあるかもしれません。そうやって探すことも楽しいと思いますし、実際にできるようになればすごくうれしい。まずはやってみるということがすごく大事だと思います。

元木咲良選手は決勝戦を振り返り「想定していた通りの試合展開だった」と話す(PHOTO:KAWAGUCHI/PHOTO KISHIMOTO)

伝えていきたいレスリングの面白さ

――初めて体験したオリンピックはどんな舞台でしたか。

 自分が想像していたよりもはるかに本当に大きな舞台で、本当にたくさんの方が応援してくれました。国境を超えて世界が一体となっていることも感じましたし、オリンピックは特別だなと思いました。

――そういう特別な舞台であるオリンピックのチャンピオンになりました。ますます注目も高まると思いますが、届けていきたい思いはありますか。

 自分は能力が高いわけでもありません。ケガだったり、敗戦だったり、挫折だったり、いいことも悪いこともいろいろと経験してきましたが、それでも何一つ無駄なことはなかったと思います。いいことも悪いことも嫌だと感じることもつらいと思うことも、すべてが自分の糧になる。そのことを皆さんに伝えたいですね。

――いいお話ですね。さまざまな人に勇気を与えると思いますね。成功の連続ばかりだったわけじゃない元木選手の言葉だからこそ、力をもらえると感じました。最後に読者の皆さんにメッセージをいただけますか。

 日本に帰ってからは、レスリングの魅力を伝えたいです。レスリングはポケモンバトルに似ていると思います、選手それぞれにタイプ、得意技などの特徴があって、自分の体を使ってやることで進化もしますし、相性もあります。トップレベルになればなるほど、その特徴は全然違いますし、世界各国で見てもタイプが同じような選手は全くいなくて、いろいろな戦い方があります。そういう選手たちが試合をするのは見ていてもやっていてもすごく面白いです。そして、その中でも日本の選手たちは技術が飛び抜けていて、すごく美しくて、スピードがあって、レスリングに関して世界一誇れる国だと思っているので、レスリングの魅力をぜひ伝えていきたいと思います。

――大変お疲れのところ、本当にありがとうございました。これからも頑張ってください。

 ありがとうございます。

元木咲良選手(PHOTO:KAWAGUCHI/PHOTO KISHIMOTO)

■プロフィール

元木咲良(もとき・さくら)
2002年2月20日生まれ。埼玉県出身。父・康年氏は00年シドニーオリンピック代表。13年全国少年少女選抜選手権で優勝。18年世界カデット選手権に出場し優勝するも、インターハイは3位に終わった。21年全日本選抜選手権女子57kg級で2位。その後、前十字靭帯の断裂を乗り越え、22年にジュニアクイーンズカップU20-59kg級で優勝。22年U20世界選手権で優勝し、その後の世界選手権では女子59㎏級3位。階級を62㎏級に上げ、23年全日本選手権で優勝、同年の世界選手権で2位となる。24年アジア選手権では女子62㎏級で2位となるも、その後のパリ2024オリンピックでは女子62㎏級で金メダルを獲得した。育英大学助手。

注記載
※本インタビューは2024年8月11日に行われたものです。

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