パリ2024オリンピックの競泳TEAM JAPANで唯一となるメダルを獲得したのが弱冠19歳の松下知之選手だった。「オリンピックの舞台に立つことがかなわなかった選手たちの思いまで背負って戦った」という、若きオリンピック銀メダリストの本音に迫る。
――初出場のオリンピックで銀メダル獲得、本当におめでとうございます。まずは率直な感想をお伺いできますでしょうか。
ありがとうございます。メダルをとれたことはもちろん、周りの方々がそれ以上に喜んでくれて本当にうれしかったです。
――周りの反響はいかがですか。
友達や知り合いの人もすごく喜んでくれましたし、あまり連絡をとっていなかった中学時代の友達なども観てくれていて、多くの人たちから「おめでとう」と言ってもらいました。オリンピックで活躍できたことは良かったと思っています。
――試合を振り返ってください。予選は5位通過でした。その時点でご自身はどの程度の手応えをつかんでいたのでしょうか。
予選は午前中でしたが、午後の決勝に向けては体も絶対に動くようになるという自信もありましたので、予選からほぼ全力に近い形で泳いでいました。予選ではゴールにタッチして時計を見て、「決勝ではタイムをどこまで上げられるだろうか」と考えていました。
――決勝のレースはどんなところが良かったでしょうか。
真ん中のレーンで泳いでいたレオン・マルシャン選手はすごく飛び抜けていましたが、その周りの選手たちが前半に意外とついていかないレース展開になったので、まずはそこにしっかり食らいついていって、自分の持ち味である後半の泳ぎを意識していました。前半を周りの選手から離されないペースで行けたことが、銀メダルにつながったのかなと思っています。
――お話を伺っていると、周りが見えていて、冷静に泳げていたのかなという印象を受けます。松下選手自身は、普段から冷静に周りを分析しながら泳ぐタイプなのでしょうか。
自分はレース後半に自信があります。離されすぎてしまうと追いつくのが厳しくなってしまいますが、ある程度の距離でついていけば追いつくことができると思っていたので、後半の持ち味を活かすためにも、前半は焦らずいこうということで、決勝のレースでは冷静に泳げていたかなと思っています。
――自由型が得意なため最後に追い込んでくるレースになりますが、決勝ではどのあたりでいけそうだという手応えを感じたのでしょうか。
平泳ぎを泳いでいる時点で、ラストのクロールで追い上げられる余力が残っていたので、そこでいけるかなという気はしていました。
――そういう手応えを感じると、泳ぎながらワクワクするような気持ちが湧き出てくるようなものなのでしょうか。
そうですね。早くラストの自由型になってほしいという気持ちもあったのですが、焦ってペースを上げずに、「このまましっかり余力を残したままいこう」と思って、自分を落ち着かせるようという感じでいました。
――そうして2着となり、プールサイドに上がり、メディアからインタビューを受けました。どのあたりから銀メダルの実感が湧いてきましたか。
一番実感したのはチームメイトに会った時と表彰式ですかね。メダルを授与された時は、今まで見たことのない景色を見られたような感覚でしたし、本当にうれしかったです。
――今回、競泳チームとしては松下選手が唯一のメダルとなりました。チームの中ではどんな雰囲気で迎えられたのでしょうか。
今回メダルをとったのは僕だけでしたが、メダルまであと一歩という選手もすごく多かったので、居心地が悪いようなこともありませんでした。自分が一歩だけ踏み出してメダルをとることができただけなので、みんなでまたメダルに向かって頑張ろうというイメージはできています。
――競泳は、リレーのようにチームで戦う種目を別とすると、基本的に個人競技です。それでも、競泳チームはみんなで一緒に応援をしていて、チームワークを大切にしている様子が伝わってきます。どのような気持ちで皆さんは戦っていらっしゃったのでしょうか。
自分は今回初めて世界のトップで戦う代表チームに入ったので、緊張や不安もあったのですが、ベテランの先輩方が皆さん本当に優しくて、自分もチームにすぐ溶け込むことができました。いい意味で上下の壁がなかったですし、みんな集中すべきところでは集中していましたし、チームの雰囲気はすごく良かったのではないかと思います。
――オリンピックに初めて参加してみて、他の大会との違いや魅力を感じた部分はありましたか。
注目度も違いますし、一人一人みんなが懸ける思いも違います。そういうものが会場の雰囲気にすごく出ていて、選手たちが人生をかけて戦っているんだなというのはすごく感じました。
――他競技の選手たちもいる選手村も、世界選手権のような水泳だけの大会とはまた違いそうですね。
まだパリに到着していないスポーツもありますが、自分たち以上にメダルが期待される柔道のような競技の選手たちもいます。そういう人たちはすごくオーラがあって、「すごいな」とみんなで話していました。
――ちょうど記者会見も同じタイミングになりましたが、そのオーラはどのようなところで感じたのでしょうか。
格闘系ということもあるのかもしれませんが、すごくピリピリしているというのか、緊張感を感じました。自分たちはそれぞれマイペースにやるという雰囲気ということもあって、競技ごとにチームの雰囲気が違うものなんだなと実感しました。
――なるほど。オリンピックメダリストとして注目を集めることになります。スポーツの価値、オリンピックの価値を、今後どのように多くの人たちに伝えていきたいですか。
スポーツ自体が本当にすごく楽しいものだと思います。そして、他にも世界大会がありますが、オリンピックとなるとやはり一味違います。自分は勝負することが好きなのですが、オリンピックをみんな目指してほしいですし、 この雰囲気を味わってほしいと思います。
――オリンピックに出てみて、松下選手が初めて体験したことはありましたか。
オリンピックのレースに関して、自分は「自信を持って臨めた」と話していたのですが、 実は、控えスペースでは本当に生まれて初めて足が震えるという経験をしました(笑)。
――そうとは分かりませんでしたが、本当は震えていたのですね。
はい、めちゃくちゃ震えていました(笑)。代表に選ばれずここで泳げなかった人の分まで背負って戦うという思いもあって、気づいたら足がプルプル震えていました。緊張なのかはわからないですけど、本当に初めての体験でした。
――貴重なお話をありがとうございました。本当におめでとうございます。
ありがとうございました。
松下知之(まつした・ともゆき)
2005年8月1日生まれ。栃木県出身。24年3月の日本代表選考会の男子400m個人メドレーで派遣標準記録を突破する4分10秒04のタイムで優勝、パリ2024オリンピックの出場権を獲得する。同年パリ2024オリンピックでは後半にスピードのある泳ぎを見せ自己ベストを1秒以上更新する4分8秒62のタイムで銀メダルを獲得。東洋大学、スウィン宇都宮スイミングスクール所属。
注記載
※本インタビューは2024年8月4日に行われたものです。
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