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2024.10.08 Paris2024 Medalists’ Voices

この歩みを止めたくない ー 40年ぶり金メダルの栄光を未来につなぐために(レスリング・文田健一郎)

グレコローマンでは40年ぶりとなる金メダルを獲得した文田健一郎選手(PHOTO:Reuters/AFLO)

文田 健一郎

東京2020オリンピックでは銀メダル。その銀メダルを、単なる悔しい思い出のままにしたくない。パリ2024オリンピックのレスリング競技、グレコローマンでは40年ぶりとなる金メダルを獲得した文田健一郎選手の思いに迫る。

銀メダルの悔しさ

――金メダル獲得おめでとうございます。

 ありがとうございます。

――グレコローマンでは40年ぶりの金メダルとなりました。今、どんなお気持ちか、お聞かせいただけますでしょうか。

 東京2020オリンピックの銀メダルは、僕の中でやはりすごく悔しいメダルでした。そこからパリ2024オリンピックの金メダルを目指して競技に取り組んできたのですが、どこか東京2020オリンピックが終わっていないような感覚がありました。この3年間、「オリンピックの借りをオリンピックで返す」ということをつねに意識しながら生活してきたので、パリで金メダルをとることで、東京の銀メダルを悔しいだけではないメダルにできたことが、今、一番うれしいです。

――3年前、本誌インタビューの中で「レスリングだけじゃなくて東京2020オリンピックでの銀メダルという結果が、振り返った時に良かったと思えるような人生にしたいですし、しなければいけない」とおっしゃっていました。今、振り返って、この言葉をどのように感じますか。

 本当に思っていた通り、そういう気持ちでこの3年間を過ごしてきました。人生を長い目で見た時に、銀メダルがあったからと思えるようにしようっていう思いもありましたし、なるべく早くそう考えられるようになるためには、やはりこのパリ2024オリンピックで金メダルをとることが大きいと思っていました。自分の中ですごく落とし込みやすい目標ですし、東京2020オリンピックの銀メダルに対する印象をしっかりと変えられる一つの出来事になるはず。東京2020オリンピックの銀メダルは、どちらかといえばあまり見たくないメダルだったのですが、今は自分の中ではパリ2024オリンピックで獲得した金メダルと同じか、それ以上に大切なものだなと感じています。

――そう伺うと、今大会の金メダルによって、前回大会の銀メダルがより価値の高いものにしてくれた感じを受けますね。

 本当にそうですね。絶対に悔しい銀メダルのままで終わらせたくないと思い続けてきて良かったです。いろいろな思いが銀メダルに詰まっていますし、大切なメダルであることに変わりはなかった。自分のイメージや印象だけで、あの銀メダルを悔しいだけにしたくないって思っていました。今回パリの地で金メダルを獲得できて、自分の中のイメージや印象を変えられたことはすごくうれしいです。

――私たちは、文田選手がそうして努力してきた裏側を見ることはできないのですが、実際どのように乗り越えていらっしゃったのでしょうか。

 つらいことは本当に多かったです。それこそ、東京2020オリンピックが終わってからは銀メダルを獲得する夢をよく見ていました。決勝で負けて銀メダルとなった瞬間に起きるんですが、それは東京2020オリンピックのマットの時もあれば、パリ2024オリンピックのマットの時もあって、本当に何回も見ていたんですね。そのたびに、「また銀メダルだった……」と思いながら起きて、「あ、夢か」と思って安心するといったような感じでした。
 でも、そういう夢を見るうちに「戻った」と思うようになりました。そういう夢を見るたびに、銀メダルが夢で済んだからこそ、「戻れた、ラッキー」と思うようにして、「次は銀メダルじゃない結果にするためにもっと頑張ろう」と、もう一度そこからまた金メダルを目指してしっかり頑張ろうと気持ちを切り替えるようにしていました。その夢を見るたびに「この1日を大事にしよう」と思って取り組んできました。

――陸上競技や競泳での銀メダルは2番目にいい記録ということで獲得できますが、対戦型の競技の場合、決勝で敗れてもらうのが銀メダルという側面があって、悔しさが伴いますね。

 そうですね。その分すごく悔しさが増しますし、銀メダルは決勝で負けたその敗北を突きつけてくる証明書のような感覚があります。僕にとってはメダル単体で考えると悔しさ、その時の敗北ということをすごく強く意識しますね。

金メダルが決まり雄叫びを上げる文田健一郎選手(PHOTO:Reuters/AFLO)

身体的特徴を活かして

――グレコローマンでは40年ぶりの金メダルということになりました。文田選手ご自身は、新たな歴史を打ち立てたことについてどのようにお感じになっていますか。

 40年ぶりであることを問われた時に、「グレコローマンの歴史が再び動き出した」と言ったのですが、1日たって考えてみると、それは違うのかなと思うようになりました。この40年、決して止まっていたわけではなくて、直接戦った太田忍先輩だったり、ロンドン2012オリンピックで銅メダルを獲得した松本龍太郎先輩だったり、本当に偉大な先輩方がその金メダルを目指してグレコローマンという競技に取り組んで、世界と戦ってきました。歩みは一度たりとも止まったこともなく、もがいてもがいて、次の1歩と思って足を動かし続けてきたことが僕につながって、そしてまた1歩踏み出せたということなのかなと思ったんです。たまたま僕がバトンを受け取ったこのタイミングが40年ぶりだっただけであって、止まっていたわけではないと思うようになりました。
 金メダルをとって、40年ぶりにもう一度踏み出せたこの歩みを絶対に止めたくないです。もちろん、ここからまた何十年金メダルをとれなくなる可能性もあります。僕が1歩踏み出したことで、僕のことを倒そうとしている選手だったり、グレコローマンで頑張っている高校生や中学生だったり、僕の試合を観て「グレコローマンはすごいな」と思ってくれてこれからレスリングを始めてくれる子どもたちだったり……、さらにもう1歩踏み出すための原動力になったらいいですよね。僕がこの40年ぶりに金メダルを獲得したことで、「あの時、大きく変わったよね」と後に語ってもらえるようになればすごくうれしいですし、そういう生き方をしていきたいです。

――太田忍選手の話が出ましたが、3年前に、「忍先輩に金メダルを見せつけてやりたかった」とおっしゃっていましたよね。

 直接やりとりはしていないのですが、忍先輩から「感動した。文田、お前は神になった」といったようなメッセージがきていました。でも、そうやって僕のことを心から褒めて祝福してくれるのは、忍先輩がレスリングにもうすでに未練がなくて、今は本当の総合格闘家になったからこそだと思います。本当に金メダルに一番近い存在だったと思うので、忍先輩がもう1歩足りなかった世界に僕が行くことができたことはすごく誇りに思います。

――文田選手のような力強いレスリングは、どちらかいえば海外選手の方が得意で、日本人選手はなんとかそれを防ぐといった感じの戦い方をしてきたと思います。逆に文田選手が投げ飛ばすのを海外選手たちが恐れて、なんとかそれに対応しようとしている様子が伝わってきますよね。文田選手ご自身が一人のレスリング専門家として、「文田健一郎」というこのレスラーの魅力をどのように評価するのでしょうか。

 それを語るのは、なんだか恥ずかしいですね(笑)。

――はい、そうかもしれませんが、ここはぜひ(笑)。

 自分の身体的特徴を競技に活かすことがうまいと思います。自分の身体的特徴と、自分の戦い方や戦略、自分が大事にしていきたい技……、自分の体を分析して、自分に合った技、通用する技を選んで、練習に取り組む力はすごく強いのかな、と。反り投げができるから強いとか、体が柔らかいから相手がやりづらいとか、そういうことではなく、自らの特徴をレスリングに活かす武器にできる部分については、一流なのではないかと思います。

――丁寧にお答えいただき本当に感謝しています。レスリングの魅力をこれからも伝えていってください。

 ありがとうございます。頑張ります。

文田健一郎選手(PHOTO:Koji Aoki/AFLO SPORT)

■プロフィール

文田健一郎(ふみた・けんいちろう)
1995年12月18日生まれ。山梨県出身。小学5年でレスリングを始める。グレコローマンスタイルの選手だった父の影響で、中学に入学後にグレコローマンスタイルに転向。父親が監督を務める高校のレスリング部に所属し、技を磨いた。2017年には世界選手権に出場し、グレコローマンスタイルの日本選手としては34年ぶりとなる金メダルを獲得。19年には世界選手権で2度の金メダルも獲得。21年東京2020オリンピック男子グレコローマンスタイル60㎏級で銀メダルに輝いた。22年に世界選手権では3位、翌年の世界選手権で2位となり、パリ2024オリンピック出場が内定した。24年パリ2024オリンピック男子グレコローマンスタイル60㎏級で優勝。グレコローマンスタイルの金メダル獲得は40年ぶりの快挙となった。(株)ミキハウス所属。

注記載
※本インタビューは2024年8月7日に行われたものです。

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