ラグビー女子日本代表のキャプテンとしてチームを引っ張る平野優芽選手。東京2020オリンピックで味わった悔しい思いを胸に、パリ2024オリンピックでの飛躍を誓う彼女が、今、語ることとは。
――2021年、東京2020オリンピックが開催されました。初めて出場された感想を教えてください。
自国開催の東京2020オリンピックに出場することを目標に、幼い頃からプレーしてきました。夢の舞台に自分が立っていることは現実味がなかったですが、誰もができるわけではない経験をさせていただいて、今振り返っても成長や自信につながったと感じることができました。思っていたよりもプレッシャーや緊張はなく、いつもの大会と同じように心から楽しむ気持ちでプレーすることができましたし、ラグビー人生の中でも大きな思い出といえる経験ができたと感じています。新型コロナウイルス感染症が拡大する難しい状況の中でも無事に大会が開催され、その場に立てたことは本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ただ、無観客開催の難しさがあったのも事実です。欲を言えばもっとたくさんの方々に観ていただきたかったですし、家族や友人の前でプレーすることが叶えば本当に最高でした。結果としてはアジアのライバルである中国にも負けて実質最下位で終わり、すごく不甲斐なく、やり切れない心残りがあります。楽しい思い出というより悔しい思い出となりました。パリではもっともっといい結果を残したいと思います。
――選手村などで、さまざまな国のさまざまな競技のアスリートたちとコミュニケーションをとれるところも、オリンピック本来の醍醐味ですよね。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、そうしたコミュニケーションは難しかったかもしれませんね。
私たちは選手村に宿泊せず、その近くの別の宿泊施設に泊まっていました。開会式も参加できずテレビで観ていたので、オリンピックに自分が参加している実感を味わうことができなかったのですが、大会終了後に、1日だけ選手村にも行くことができました。選手村や食事会場などで、これまでテレビで観ていたTEAM JAPANの選手たちや海外の有名選手たちを見た時には、同じような場所で私たちも戦っていたことにあらためて驚きを感じつつ、一ファンになっていました(笑)。
――パリ2024オリンピックも近づいてきました。今度はもう少し深いコミュニケーションもとりやすい環境になるでしょうから、楽しみにしたいですね。
はい、そうですね。23年、今年はオリンピック出場権をかけたアジア予選が控えています。そこでしっかりと出場権を獲得するまでは気が抜けません。私個人としてもチームとしても、それが今年最大のターゲットです。
――5年前、18年のアジア競技大会では史上初の金メダル獲得に貢献されました。その当時、手ごたえや課題はどのように感じましたか。
私が日本代表入りした17年頃からアジアで負けたことがなかったので「勝てる」と思っていました。優勝した時はホッとしましたが、僅差の試合だったので、アジアで圧倒する力がないと世界で戦えないとも感じました。アジア予選の舞台で圧倒できる力をつけてパリオリンピックに向かいたいと思っています。今、世界上位12カ国のみが参戦できる「ワールドシリーズ」でツアーを回り、世界の強豪と試合をしています。試合を経験しながらチームとして自信をつけているところですが、若い選手も多いので、オリンピック出場をかけた大事な大会のプレッシャーに勝てるかどうか、自分たちの力を全て発揮できるかは不安に感じている部分もあります。ただ、私たちが持っている力を全部出せれば、アジアでは圧倒できるという自信もあります。
――平野選手がラグビーというハードなスポーツにチャレンジしてみようと思ったきっかけを教えてください。
父と祖父が元々ラグビーをやっていたので、ずっと身近にラグビーというスポーツがあった影響が大きいと思います。小さい頃からすごく活発で外で遊ぶのが大好きでした。ラグビー以外にも、野球をはじめいろいろなスポーツや遊びを男の子たちに混ざって楽しんでいました。そのような中で、近所にあったラグビースクールの体験会に父に連れていってもらったことがきっかけとなり、「ラグビーをやりたい」と思って始めることになりました。
――さまざまなスポーツがある中で、ラグビーのどんなところが幼い平野選手にとって魅力に感じたのでしょうか。
一番はタックルなど、コンタクトスポーツという部分にすごく面白さを感じました。
――恐怖心はなかったのですか。むしろ、闘争心が駆り立てられる感じですかね。
はい、そうですね。最初から全く恐怖心はなかったですね。
――他の選手より優れていると感じるご自身の長所はどんな部分ですか。ここを観てほしいというプレーなどがあれば教えてください。
アタックでいえば、ステップと呼ばれるひざの緩急を使って相手の背後に走り抜けるプレーを得意としています。ディフェンスであれば、やはり一対一のタックルは自分の強みかなと感じています。
――まさに、ラグビーの申し子のようですね。スポーツに取り組む上で心がけていることはありますか。
ラグビーもそうですが、チームスポーツは自分の活躍だけでは勝てません。どれだけ素晴らしい能力を持っている選手が集まっても、チームが一つにならないと勝てないというのは、これまで経験してきて私自身すごく感じてきたことです。だからこそ、痛いことやきついことも率先してできるか、チームのためにどれだけ自分が犠牲を払えるか、自分の活躍ではなく仲間のことを思ってどれだけ頑張れるかが大切だと感じます。コンタクトが多いラグビーだからこそ、私自身、そういった気持ちの強さをすごく大事にしています。
――チームが優勢な時は発揮しやすいそうした気持ちも、劣勢で苦しい展開だと心が折られてしまうこともあるのではないかと思います。チームメイトを鼓舞するために、声をかけてコミュニケーションをとるのか、プレーを通して伝えていくのか、どのような意識で臨むのでしょうか。
そもそもみんなの前に立ってしゃべるのが得意なタイプではないので、プレーでしっかりと先頭で見せられるようにと心がけています。ただ、今、チームでもキャプテンを任される立場なので、自分が何かを率先してやろう、自分が引っ張ろうという気持ちだけではなく、なるべく周りを見ながらチームメイトが感じていることや考え、不安な気持ちなどを感じとって、それを後ろからうまく軌道修正していくような形のキャプテンになろうと心がけています。
――ご自身がプレーする上で、影響を受けたり、目標やお手本にしたりしているアスリートなどはいるのでしょうか。
私が代表に入った若い頃から世話していただいて、よく面倒を見てもらっていた先輩でもある横尾千里選手です。誰かがきつくて苦しんでいれば真っ先に声をかけに行き、自分が苦しくても周りのために行動できる選手です。声かけもそうですし、陰のサポートもそうですが、どんな状況でも自分の気持ちを抑え、チームに対してプラスになるようにチームファーストで動く。彼女の人間性に影響を受けて、すごく学ばせてもらうとともに、あのような大人になりたいと思っています。
―――22年は北京2022冬季オリンピックやFIFAワールドカップなどがあり、また、23年はWBCなどを通して日本国民が一つになって盛り上がり、あらためてスポーツの力を感じることができました。平野選手も何かご覧になって感じたことはありましたか。
私は元々野球が好きなので、WBCは観ていました。侍ジャパンがあれだけ勝って活躍していましたから、ラグビーの合宿中、普段は野球を観ないメンバーも一緒になって応援していました。そして、東京2020オリンピックのバスケットボール女子もそうでしたが、大会が終了してからも、メジャーリーグや日本のプロ野球が多くの方から注目されている様子を目の当たりにしています。大きな大会で結果を残したり、日本人の素晴らしさを選手たちが表現したりすることで、普段スポーツを観ない方も興味を持ってくださいますし、その後も応援し続けてくれる方がすごく増えると感じたので、私たちもそうなれたらいいなと思います。
――23年9月には15人制のラグビーワールドカップも開催されます。ラグビーに対する注目度が高まることと思いますが、7人制であるオリンピックのセブンズも注目されることにも期待が高まります。平野選手はラグビーのどのようなところをおすすめしたいですか。
7人制ラグビーは15人制ラグビーと比べて、スピード感、コンタクトの激しさ、個々のスキルの高さなども含めて、一人一人のプレーが輝くところが魅力です。また、難しいルールを知らなくても、観ていてシンプルにすごさが伝わるのが面白いと感じます。 試合は7分で終わるのですが、本当にハードです。観ている方は「7分で終わっちゃうの?」と感じるかもしれませんが、プレーしている私たちにとっては、その7分が永遠に続くような感じがして本当にきついんですよね(笑)。でも、それを乗り越えた後の爽快感も魅力です。
――日本のラグビーには「ノーサイド」という言葉があります。試合終了後には両チームがフレンドリーに語り合い親交を深める「アフターマッチファンクション」のような文化もあります。試合中は真剣に戦いながら、試合後はよき仲間として互いに称え合う。オリンピズムにも通じるラグビーならではの魅力でもあると感じます。平野選手は、ライバルの存在価値をどう考えていますか。
ニュージーランド代表にタイラ・ネイサン・ウォンという選手がいます。彼女も本当にいい選手で目標にしている選手の一人です。試合が終わった後はフレンドリーに話しかけてくれて直接の交流もあるのですが、プレーはもちろん、彼女が発揮するノーサイドの精神も含めて見習いたいと思っています。ライバルという意味では、試合ごとにあるチーム内のライバル争いに激しさを感じます。試合に出られるのは7人だけ。ベンチにいる5人を含めても、試合に出場できるのはたった12人しかいません。そのためのライバル争いはポジションに関係なくすごく大変ですし、毎回の合宿がセレクションであり、誰もがライバルだと思ってやっています。ベンチに入れなければ、本当に悔しいです。チームメイトのことを応援しながらも、心から素直に喜べない自分も出てくると思います。裏を返せば、試合のたびにそうした悔しい思いをしている選手がいるわけなので、試合に出る時は、彼女たちの思いを背負い、自分自身の責任を果たさなくてはいけません。TEAM JAPANとしての責任や誇りは本当に重いものだと毎試合痛感しています。
――平野選手は、18年からネクストシンボルアスリートとしてJOCから指名されています。そのことについてはどのように感じていますか。
ラグビーというスポーツは日本の中ではまだまだマイナーなスポーツです。このような形で推薦していただけることをうれしく感じていますし、同時にラグビーを広める上でいいきっかけにもなると思うので頑張りたいと思っています。責任を感じる一方で、それ以上に、オリンピックやスポーツの発展に向けて一緒に活動させていただけることは、誰もができることではないので本当に光栄です。
――そうした重責も含めてさまざまな経験を積まれることで、大きく成長されていることと思います。平野選手が感じる自分自身の変化や成長とはどのような部分でしょうか。
若い頃は、何も恐れずにどんどんチャレンジして、とにかくプレーでチームに貢献することだけを考えていましたが、さまざまな大会やいろいろな経験をさせてもらうことで、少しずつチーム全体のことを見られるようになってきたと思います。まだまだ試行錯誤中ですが、チームがいい時や悪い時の雰囲気を把握しながら、周囲にどういう声がけをしたらいい方向に進むのかなどを考えられるようになってきたことが、自分の成長かなと感じています。
――頼もしい限りですね。
ありがとうございます。
―――平野選手の姿を観てラグビーを始めたいと思うお子さんも増えてくると思います。平野選手から若い人たちに向けたアドバイスがあれば教えていただけますか。
ありがたいことに、私はここまであまり大きなケガをすることなく競技人生を続けてこられています。その一番の秘訣はよく寝ることかもしれません。ほかの人より長けているところは睡眠くらいかなと思います(笑)。 私は、よくも悪くも物事全てをマイナスにとらえず、なるべく楽しいことに変換して考えようという性格です。ラグビーも楽しいから続けられていますし、好きなことだから頑張れます。好きなものを楽しくやり続けているから、ここまで順調に成長できているのかなと感じています。
――パリ2024オリンピックに向けて意気込みを聞かせてください。
まず、今年のアジア予選でパリ2024オリンピックの出場権を獲得できるように頑張りたいと思います。東京2020オリンピックは不甲斐ない結果で終わってしまったので、そのリベンジという意味でも、パリ2024オリンピックではもっといい結果を残したいと思います。自分たちのプレーを観て、ラグビーを面白いと多くの人に感じていただき、ラグビーを始めたい、観てみたいと思うきっかけにしてもらえたらうれしいです。メダル獲得に向けて頑張ります。
平野 優芽(ひらの・ゆめ)
2000年3月15日生まれ。東京都出身。小学1年でラグビーを始める。18年3月、TEAM JAPANネクストシンボルアスリートに選出。日本体育大学に進学後の同年9月、アジア競技大会でラグビー女子史上初の金メダルを獲得。19年7月、ユニバーシアードでは史上初の金メダル獲得に主将として貢献した。21年、東京2020オリンピックに出場。22年、日本代表主将としてチャレンジャーシリーズで優勝を果たし、ワールドシリーズ22-23シーズン出場権を獲得。ヤマネ鉄工建設所属。
注記載
※本インタビューは2023年4月25日に行われたものです。
お気に入りに追加
CATEGORIES & TAGS