日本オリンピック委員会(JOC)は10月31日、JOCパートナー都市・熊本市のくまもと森都心プラザで「第9回JOCスポーツと環境・地域セミナー」を開催しました。このセミナーはスポーツ界における地球環境保全の必要性について考え、その活動をどのように実践に移していくかを学ぶことを目的に平成17年度からJOCパートナー都市で行われ、今年度は地元のスポーツ関係者ら約280名が参加しました。
はじめに、JOCを代表して青木剛副会長兼専務理事があいさつに立ち、「昨今、ますます地球温暖化が加速し、スポーツ界、特に冬季競技の関係者にとって切実な問題となっています。国際オリンピック委員会(IOC)がオリンピック精神の柱に『環境』という概念を加えて来年で20年になりますが、スポーツができる環境をこれからも保つべく、一人一人が環境問題について考えていくことが大切です。今日がそのために有意義な時間になれば幸いです」と述べました。
続いて熊本市の幸山政史市長が登壇。「熊本市は2006年に世界女性スポーツ会議が開催されたことをきっかけにJOCパートナー都市になり、2019年のハンドボール女子世界選手権の開催も決定しました」と熊本市とスポーツのつながりを紹介し、「本日は熊本市の財産であり、世界にも高く評価されている地下水資源に関する報告も行われます。このセミナーがスポーツを通じた環境保全活動のさらなる推進役となることを願います」とあいさつしました。
■アスリートから見た環境問題
前半は「アスリートから見た環境問題」というテーマに基調対談が行われ、大塚眞一郎JOCスポーツ環境専門部会長をコーディネーターに、JOCスポーツ環境アンバサダーの大林素子さん(バレーボール)と宮下純一さん(競泳)、オリンピアンの鈴木絵美子さん(シンクロナイズドスイミング)、環境省地球環境局地球温暖化対策課市場メカニズム室の熊倉基之室長が登壇しました。
まず、熊倉室長から環境省が普及に取り組む「カーボン・オフセット」について説明がありました。カーボン・オフセットとは、事業活動や日常生活で排出される温室効果ガスについて削減努力を行った上で、どうしても削減できなかった温室効果ガス排出量を、他の場所で行われた温室効果ガスの排出削減・吸収量等(クレジット)でオフセット(埋め合わせ)し、自らの排出に責任を持つ取り組みです。実例として約1万人が参加した第1回熊本城マラソンや、2006年にドイツで行われたサッカーワールドカップ、2012年のロンドンオリンピックの事例や、買うだけでカーボン・オフセットに取り組める商品として熊本県小国町の麦焼酎などが紹介されました。
これを受けて宮下さんは「子どもの頃は地球温暖化といえば、先の世代が抱える問題だと思っていましたが、すでに私たち世代の問題となっています。今回、カーボン・オフセットという具体的な手法を学ぶことができてよかったです」と感想を述べ、「競泳ではプールの水温調整のために、多くの二酸化炭素(CO2)を排出しています。このことを知ったのは現役を引退してからでしたが、これからは後輩選手にもこの事実と環境保全の大切さを伝えていきたいです」と、現役アスリートへの啓蒙活動が必要だという考えを示しました。
鈴木さんは自らが出場した2008年北京オリンピック大会のエピソードにふれ、「北京大会は開幕前から大気汚染が問題になっていました。私はぜんそくの持病があったので、試合前に喉の治療をしなければいけませんでした」と実体験を語り、「引退後はゴミを減らし、買い物をする際に環境に良い製品を選ぶことを心がけています」と、オリンピックに出場したことでより一層環境保全に対する意識が高まったことを語りました。
大林さんは日本バレーボール協会が行っている「バレーボールバンク」という取り組みについて、「2009年に公式球が統一されたことをきっかけに、古いボールを集めて小銭入れやポシェットにリサイクルしたり、被災地に寄付する活動を行ったりしています。ただ、ボールの保管費や輸送費など多大なコストがかかり、事業拡大には多くの課題もあります」と紹介。大塚部会長が「ボールバンク事業が確立されれば、バレーボールだけでなく、他競技の模範事業となりえる非常に素晴らしい取り組みです。ぜひ、環境省のご協力をお願いしたいですね」と補足し、熊倉室長は「スポーツ界が率先して環境活動に取り組むことは、普及啓発という観点からも非常に影響が大きく、今後も様々なアイデアを頂きながら可能な限り協力していきたいです」と答えました。
質疑応答ではカーボン・オフセットが再び話題となり、大林さんは「もっと普及して食品の鮮度を選ぶように、日ごろからカーボン・オフセットに取り組んでいる商品を選ぶようになればいいですね」と話し、「紹介されたカーボン・オフセット商品の麦焼酎をたくさん飲めば、かなりのCO2を減らしたことになりますね」と会場を笑わせる一幕もありました。
■「日本一の地下水都市・熊本」を守る活動
後半は、熊本市で行われている「スポーツを通した環境保全の啓発・実践活動」が紹介されました。
まず、熊本市環境局水保全課の永田努課長補佐が登壇。水道水を100%地下水で賄っている都市では国内最大規模の熊本市で、昭和50年ごろから始まった地下水の保全運動を報告しました。熊本市は、太古の時代から続いた阿蘇山の噴火によって厚く積もった火砕流堆積物の地層と、およそ400年前から整備された水田により豊富な地下水に恵まれています。しかし、徐々に水量が減少したことをきっかけに、保全運動がスタート。主な活動として水量を維持するために節水を呼びかけ、転作水田に水を張るなどの取り組みが挙げられました。
そのほかにも、オフィシャルウォーター「熊本水物語」の販売や「水検定」「水遺産」といった啓発事業など、市を挙げて地下水を守ろうとしている活動が紹介されました。
■運営理念に基づき環境保全活動に取り組むロアッソ熊本
続いて、サッカーJリーグ2部のロアッソ熊本を運営するアスリートクラブ熊本の松山周平強化本部普及ダイレクターから、クラブで取り組んでいる環境活動が紹介されました。
最初に、クラブが掲げる3つの理念、「県民に元気を」「子ども達に夢を」「熊本に活力を」に触れ、この理念に基づいて環境保全活動にも取り組んでいることを説明しました。
ロアッソでは、自家用車の利用者数が多い熊本市を中心に、クラブのロゴマークなどをペイントしたバスを走らせたり、熊本市電とコラボレーションして公共交通機関の利用を呼びかけたりすることで、CO2の削減を目指しています。
また、食用油を回収し、本拠地のナイター照明に活用するキャンペーンや、環境問題に対する意識付けを幼少期から行うべく、幼稚園・保育園に直接出向き、子どもたちと一緒に給食を食べながら、「食べ残しをやめよう」と教える活動などが報告されました。
最後に、大塚部会長は「オリンピックはメダル獲得、経済効果だけが目的ではありません。2020年東京オリンピック・パラリンピックを成功させるためには、チームジャパンで環境保全にも取り組む必要があります。本日ご参加いただいた皆さまにはオリンピック・ムーブメントの一環として、環境保全活動の先頭に立っていただき、熊本市もそのリーダー都市となることを願います」と述べてセミナーを締めくくりました。
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