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アスリートのためのカンタン栄養学

我々が、カラダの外から物質を取り入れ、成長や活動に役立たせることを栄養という。 栄養になるのは何かといえば、普通は食品や飲料だと思うだろうが、点滴やサプリメントも栄養なのである。でも、点滴ですべての栄養を摂ってスポーツするなんてできないし、やっぱり食べたり飲んだりすることは楽しい。それに、噛むことでアゴや歯が発達し、味覚も発達するし、胃腸での消化によって内臓も鍛えられる。つまり、食べることはカラダを発達させ、最近では脳も発達させるといわれているんだ。 そこで、この連載では「アスリートがしっかり食べること」の大切さを見直していこうと思う。

第3回 海外遠征時の栄養

オリンピック開幕を直前に控えたトリノ市内。
Photo:フォート・キシモト


オリンピック開幕を直前に控えたトリノ市内。
Photo:フォート・キシモト

トリノオリンピックが開幕する。日本からも多くの選手が、最高のパフォーマンスを披露しに行くのだが、そのためにはコンディションが万全でなければならない。長時間飛行機に乗り移動して、時差ボケも少しあるかもしれない。見知らぬ海外の土地で選手村に入って、部屋は温度や湿度やベッドが快適かどうかわからないけど泊まり、食事は、食堂に行ってヨーロッパのビュッフェ・スタイルの食事を自分で選んで食べ、調整して、ベストコンディションで試合に臨まなければならない。何も考えない選手もいるかもしれないが、このように考えれば考えるほど結構大変なことである。

1990年の北京アジア大会に出場したある選手が、選手村で“栄養を考えて”しっかり食べた結果、1週間で体重が5kg増えたという話がある。当然自己ベストも出せず、入賞もできなかった。帰国してから聴き取りしたら、1日に5,000kcal以上の食事を摂っていたことがわかった。しかも練習は調整練習で軽いので、当然カロリーバランスは摂取が消費を上回り、体重増につながったのである。活躍を期待されていたのに、最後の最後でこんな結果になるのはつらい。

オリンピックでなくても、自分で海外を転戦する選手もいる。高校や大学のチームでも、海外で合宿する場合がある。そういう場合に、いい合宿でいい練習をするために、あるいは、いい試合結果を生むために、栄養面で考えておくことがあるはずだ。というわけで、最終回は、海外遠征の栄養である。

国の悪口を言う気はないが、行く国によって、栄養面では当たりはずれがあると思う。トリノはイタリアであるから、食事もおいしいし、当たりの部類であろう。しかし、ヨーロッパであっても、食べ物の貧しい、味のまずい国はある。中南米、アジア、そしてアフリカでは、「ここで世界大会をやるなよ」と言いたくなる国がある。

一般に欧米の都市部では、立派なレストランを擁したホテルに滞在することができ、またホテル周辺にはさまざまなレストランが立ち並び、スーパーマーケットでは多くの食材が入手できる。衛生面に関しても、管理は行き届いていて問題はない。

しかし、いわゆる発展途上国とか、高所トレーニングのため山間部に滞在する場合には、食材や料理メニューがかなり限定される。国によっては日本人の口に合わない食事が出されたり、新鮮な食材が入手できなかったり、衛生面に問題があったりする場合もある。
このような状況に対応し、コンディションを崩さずに試合や練習を消化するため、栄養面では日本での事前準備と現地入りしてからの準備が必要になる。

事前準備

(1) 現地情報の入手
滞在する国および町がどのような場所であるかを把握しておくことが必要だ。治安、衛生面(特に水)、レストランやスーパーについて大まかに情報を入れておく。大都市なら市販のガイドブックでわかるが、そうでなければ大使館や観光局、あるいは旅行代理店に相談する。現地情報に長けた人、たとえば仕事(商社マンなど)や留学で滞在した経験がある人に聞くという方法もある。最近は、インターネット上で日本人会などが情報交換をしている場合も多い。

(2) 宿泊先レストランとのやり取り
多くの場合、朝食と夕食の2回はホテルのレストランで食べることになる。そこで、レストランからメニューをファックス等で取り寄せ、滞在日程や目的に応じた食事ができるかどうかを考える。メニュー以外の料理や和食が必要な場合は、先方がどこまで対応してくれるかを確認し、リクエストを出す。また、選手団で行動する場合は、食事の場所が一般客と同じか、別室になるかについても確認しておく。食費を含めた滞在費用をどれほど確保できるかも重要である。

(3) 選手の教育
現地での食状況を踏まえ、選手およびスタッフで情報を共有しておく。また、海外に行ってどのような環境におかれても、自分で自分に必要な栄養が摂取できるように、日頃から栄養教育をしておくことが重要である。必要に応じて、食事シミュレーションといって、日本のホテルでビュッフェ・スタイルの食事を供してもらい、選手が選んできたものをデジカメで撮影し(もちろん選手にはすぐに食べてもらって)、その写真をもとに栄養価を計算して、アドバイスをするという教育をする場合もある。

(4) 食材の確保
現地では入手できないが、選手にとって必要な食材があれば日本で調達しておき、選手団の荷物と同梱しておく。重量制限があるので、必要最小限で考える。調理器具では、ご飯を炊くための釜などを用意する必要がある。レンタルで借りることもできるだろう。また、電気を使用する器具を持ち込む場合は、国による電圧の違いを考慮しておく。

(5) 栄養補助食品(サプリメント)の準備
運動量と疲労、環境の変化によるストレスを考慮し、マルチビタミンのタブレットや、鉄、カルシウムなどミネラルのタブレットを用意する。特に海外で摂取しにくい栄養素はビタミンB1と鉄である。この他、必要に応じてアミノ酸、プロテインパウダー、試合用のエネルギー食品を用意し、選手団あるいは個人の荷物に入れる。