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トップアスリートを支えるもう一人のヒーロー

ちゃんと食べて、強くなる。食事面からアスリートをサポート。
小清水孝子

決して表舞台に立つことなく、選手たちの勝利に貢献する人々をクローズアップするこの企画。 第2回目は、選手を「食」から支える管理栄養士・小清水孝子さんを取材。美味しくてローファットなメニューは、今や「小清水メニュー」と呼ばれ、選手からの信頼を集めている。

小清水孝子さん
小清水孝子さん

食べることも、トレーニングの一部だという認識が、少しずつアスリートの間にも定着してきた。とはいえ「高い肉を食べていれば、強くなれる」「少しでも太ったら、コーチに叱られるから揚げ物は一切食べてはいけない」などと、間違った思い込みをしているアスリートがいまだに少なくないのも現状だ。

国立スポーツ科学センター(JISS)の管理栄養士・小清水孝子研究員(当時)は、「まずは食事が競技生活にとって、どれほど大切なものなのかということを、選手や関係者によくわかってもらうことから始めるんですよ」という。

食生活を改善しても、その成果はすぐには見えにくく、取り組みは長続きしにくい。「これだけハードな練習をしているのだから、せめて食事くらい好きなものをたくさん食べて、リラックスしたい」というのが選手の本音だったりする。そんな選手たちに、小清水は次の3つのことを行ってきた。

1つめは、「食に興味を持ってもらうための、きっかけづくり」をすること。2つめは「食への興味を継続してもらうためのアプローチ」。3つめは「体に必要なものを自主的に摂取できる食習慣を身につけてもらう」ことである。 管理栄養士が選手に帯同して、栄養を管理するのではなく、自己管理が自然とできるようになるまでをサポートするのが役割だと考えているのだ。

「最近はジュニアの指導にも重点的に臨んでいます。大人になってから食生活を変えようと思っても、遅いと感じることがあるからです。小さなころからコーチに『食べるな』といわれ続けてきた選手は、それがしみついてしまっていて、一種の摂食障害にまで追い込まれてしまうこともあります」

とはいえ神経質になりすぎる必要はない。食事が楽しくでき、競技生活にもプラスになるように、子どものころからさりげなく正しい知識を『食育』していくことが必要なのだと小清水は言う。

食事への間違った認識に驚き、スポーツ栄養に興味を持った
アテネオリンピックの自転車男子チームスプリントで、日本代表選手は銀メダルを獲得。彼らも小清水の指導を受けていた(写真提供:アフロスポーツ)。
アテネオリンピックの自転車男子チームスプリントで、日本代表選手は銀メダルを獲得。彼らも小清水の指導を受けていた。
(写真提供:アフロスポーツ)

栄養学を勉強しようと大学に進んだのは、糖尿病だった父親の健康を案じてのことだった。小清水はそこで教授の仕事を、アルバイトとして手伝う機会を持つ。仕事内容は「新体操選手の栄養調査」。教授は当時から、スポーツ栄養という分野を、先駆けて研究していた。小清水自身は中学、高校と部活動でバレーボールをしていた経験があったが、取り立ててスポーツ栄養に興味はなかったという。ただ、そこで垣間見た「新体操選手の食事の、あまりにも多すぎる課題」に衝撃を受け、「何かがおかしい」と強く感じてしまったことが、その後の進路を決めることとなった。

「トップ選手が減量のために、りんご1個とチーズひと切れだけで、ハードな練習を何時間も続けていたんです。最悪な低血糖状態の中で、気力だけで動き続けている姿を見て、愕然としました」

何か自分にもできることはないかと、スポーツ栄養関連の就職先を探したが、20年ぐらい前にはそのようなニーズはまだ顕在化しておらず、食品会社に就職。やがて生活習慣病が国の医療費の大きな負担となっていったことから、予防医学というテーマがクローズアップされるようになった。生活習慣病の改善には、運動と栄養が重要な要素だという認識が広まってきたとき、小清水は運動療法と栄養学の両方を、より深く学ぶことで多角的な知識を得たいと、健康運動指導士の資格を取得し、運動療法の一環としての栄養指導を業務とする栄養士を募集していたスポーツクラブに転職。そこでさまざまな年齢層(特に重い持病を抱えた高齢者)の人たちへの栄養指導や運動療法を通して多くのことを学んだことが財産になった。

皮下脂肪測定で、選手の競争心、危機感をあおる
新体操では食事制限をし過ぎないように指導(写真提供:フォート・キシモト)。
新体操では食事制限をし過ぎないように指導。
(写真提供:フォート・キシモト)

競技スポーツ担当の栄養士を募集しているという食品メーカーと、業務委託契約を結ぶこととなったのは1995年。小清水は1998年から、自転車競技ナショナルチームの栄養指導を受け持つことになる。競輪学校も、より科学的な知識を積極的に取り入れようとしているタイミングだった。

「当時はウエイトトレーニングもまだ浸透していませんでした。収入のいいプロ選手は、とにかくお金に任せてサプリメントを購入して、どんどん飲めば強くなれると信じているようなところがありました。どれを飲めば強くなれるかばかりを聞いてきたり。ポパイのほうれん草のような、サプリメントなんてありませんよと言ってもなかなか分かってもらえませんでしたね」。

見栄もあってか、人前で節制している姿を見せたくないという選手も少なくなかった。逆に人といると暴飲暴食が進んでしまうことも。彼らを振り向かせるには、どうしたらいいのだろうか。

自転車競技の強い国、オーストラリアのAISの自転車コーチに、小清水はからだづくりがどう行われているかを学んだ。彼らはすべて綿密なデータに基づいて指導を行っていた。「皮下脂肪厚がありすぎると、スピードが落ちる」という事実から、体の6カ所の皮脂厚測定個所を足して体脂肪を評価する測定を、栄養アセスメントの一環として実施。選手たちには『サムシックス』として浸透していった。

日本選手の皮脂厚を測定してみたところ、「体幹が鍛えられておらず、皮下脂肪が多い」という結果が多く見られた。選手は実際の測定値を見せられたり、他の選手といっしょに測定されて比較されると、ライバル意識が強く出てくるようだった。

「次はいつ測るの?」と聞かれることが増え、「小清水さんの測定で太ったと出たら、ナショナルチームを落とされるらしい」という噂までが、『食事』に注意しなければ、というモチベーションになっていった。

海外の遠征先や選手村での食事にアドバイス
JISSのレストランで、バスケットボールの選手へ食事指導(写真提供:小清水孝子)。
JISSのレストランで、バスケットボールの選手へ食事指導。
(写真提供:小清水孝子)

「トップアスリートほど、食事に対する関心が高く、文句も言わないものなんです。最近では実績を上げている選手が、食事に対して熱心な取り組み姿勢を見せてくれるようになったので、周囲も『自分も』という選手も増えてきました。男性選手の場合は奥様やご家族の方にも個別に栄養相談にのったりもしています」

小清水がスポーツ栄養に強く惹かれるきっかけとなった新体操とは、ナショナルチームの栄養指導を引き受けて7年のつきあいになる。練習前にチョコレートを一かけらしか食べなかった選手が、おにぎりを食べる事で練習で力が出る事を実感したり、食べながら痩せる方法もあることを理解してくれるようになったことが嬉しいという。

「今は海外遠征の機会も多いので、選手やスタッフの方には、現地でどう食事環境を確保すればよいか、それほど味がよいとはいえない選手村などで、オリンピック期間中にどう食事をすればいいかなど、アドバイスもしています。アテネオリンピックの前には現地を訪れて食環境を調査し、JISSのレストランで、現地を想定した食事を用意して指導をしました。選手村の近隣のスーパーの情報や食事に関する細かなアドバイスをまとめた冊子を配布したり。少しでも選手の役に立てたらと思います」

うまく食べて、強くなる。小清水は他の研究員らと共に、食事に対する意識改革にこれからもじっくりと取り組んでいくつもりだ。
(敬称略)

※この連載は、JOC広報誌「OLYMPIAN2006年秋号」に掲載したものです。

小清水孝子
東京都生まれ。大妻女子大学家政学部食物科管理栄養士専攻卒業。日本女子体育大学大学院スポーツ科学専攻スポーツ医学専修終了。管理栄養士、健康運動指導士。2003年4月から国立スポーツ科学センターの管理栄養士、契約研究員として勤務し、2007年4月より福岡大学スポーツ科学部准教授。自転車競技、新体操のナショナルチームの栄養サポートスタッフをはじめ、さまざまな競技のサポートを担当。